第29話 ―信に足り得ること― 後編
―時間を超越する話術
会話とは一体なんだろう?とそんな漠然とした疑問を抱いたことはないだろうか?波長が合えば時間の概念も忘れて、気づけば、時の流れすら疑うほどに時を超越している事だってある。
それをウマが合うと言い、時には暇つぶしになり、さらに言えば有意義な時間にもなる。だが、互いにきっと寂しいからそこに存在しているのではない。
会話をするが故にそこに存在しているのだ。
と、つい哲学的な感じになってしまったが、俺と姫との会話はあれからさらに時間が過ぎ、気づけば夜もすっかり更けていた。
姫に俺が現在抱えている状況をかいつまんで説明し終えた時、そこに現れたのは達観した呆れだった。
「全く、お前が何か仕出かす度にいちいち肝を冷やしては体がいくらあっても持たぬわな」
「いや、まだ構造の段階ですよ。実際どうなるかは分かりませんって」
「そのような事を考えている時点で、末恐ろしいと思わないか?お前のやろうとしている事は今後の国の、いや、この世界の商売の在り方そのものを大きく変えようとしているのだぞ?」
まぁ、そりゃそう思われても仕方ないか。
うろ覚えとはいえ、俺の知識や記憶は、ここでは無いもう一つの・・・おそらく、今でも何百億人という命を生み出した世界の集大成だしな。
「――前から気になっていたが、お主のその発想は一体どこからくるのだ? いかに後世に名を残す偉人達であったとしても、お前のように突飛な考えなど浮かぬぞ?」
言ったところで
何も変わらない
今を変えるのは
そっぽ向く 覚悟DA!
・・・と、言う風に行き詰まると何故か自然に脳内で替え歌が発生してしまうのは俺だけだろうか。うん、まぁ俺だけだろうな。
とはいえ、あまりにも突拍子のない嘘で誤魔化すのはきっと悪手なんだろうな。うーーーむ、ここは正直に思いのうちを告白するが吉か。
「・・・それはまだ、言えません」
「何故だ?」
「姫の事は信用できる人物だと思っていますが、今ここで本当の事を言ったところで、きっと姫は俺を信じてはくれないっすね」
「・・・・」
「じゃあ、どうすれば私はお前を信じられる?」
「うーん、すいません、違うな…信じるとか、信じないとか、そういう事ではないかもしれない」
「・・・?何を言っているのだ貴様は?」
「物事には順序があると思いませんか?」
「まぁ、それは、そうだな」
「これを話す前に、もっと色々な事を説明しないといけない。積み重ねた時間と経験を踏まえてようやく人は心の中でどこか納得してくれると思うんですよ」
「ふーん・・・よく分からないが、つまり・・・」
「今の時点で言うと、私はうっかりお前を斬り殺してしまうということか」
―到達地点がえげつ!!!
まぁ、でもそうなる可能性は否定できない。
「・・・まぁ分かった。じゃあ、それはそれとして、今はお前の話している事だけを信じるとしよう」
「だが、いずれはきっちり――分かるな?」
・・・すっかり言質を取られた形になってしまった。
「まぁ、それで・・・今の所その案を持ち出し賛同してくれるものはナジーム、そしてマルコー商会だけということか・・・弱いな」
「おそらく、今の時点でその構想を発表したとて、海千山千たる財界の大物どもの耳には届かないだろう」
「でしょうね。でも、今のうちに手を打っておかないといずれナジーム爺さん達も首が回らなくなる」
「そこは少し疑問なのだが、今現在で紙の市場で争いになる程の脅威は生まれていないのだろう?まだ表れても居ない敵の対策予防としては少し過剰すぎるのではないか?」
「それは違いますよ姫。少なくとも、敵はもう動いているはずです」
「ほぅ?」
「なぜなら、俺達はもう既にある一つの巨大な市場を奪ったじゃないですか」
「……つまり、お前は元の流通ルートである東方の商人たちが、黙って市場を手放すはずがないと言いたいのか?」
「そう!やられたら、やりかえされる、倍返しで!!」
「なんだ、それは?」
「いえ、まぁいずれにしても行動を起こせばその責任は必ず本人に返ってくる。と、言う事です、どんな形であれ、です」
「確かに、因果とはそういうものだしな」
「しかし、そうやって考えてみるとまるで商売も戦争のようなものだな」
「よくお気づきで、俺の知っている言葉でそれは『経済戦争』って言うんです」
「なるほど、経済戦争か・・・面白い事を言う」
「身も蓋もない話ですが、人は結局何かを搾取して生き続けている。搾取された方は当然ながら消滅する、いや、もっと分かりやすくいうなら搾取された側の糧になる。と、言うと分かりやすいかな」
「・・・つまり、お前は誰もが平和に生きようとする世界は矛盾すると?」
「いや、その矛盾の先を超えようとするのは寧ろやるべきだと思いますよ。ただ、その矛盾は忘れてはいけない」
「ふう、よもやお前の口からそんな言葉が出るとはな」
「そして今に戻る訳ですが、中々に悩ましいところなんですよね、姫の言う事もごもっともなら今は力を温存すべく、その機会を待つべきなのか、思い立ったが吉日とするべきなのか……」
「ふっ、そういえばマルコー商会だったな。お前、あの商会がどうやってここまで力を付けたか、知っているのか?」
「あー・・・まぁ、身をもって経験しかけましたしね」
「この俗物が!!!」
「いや、ちょっと待って、しかけたって言ったじゃないですか!俺は俺をちゃんと守りましたって!!」
「でも、カメリアさん達もかなり苦労した、と言ってましたよ」
「そんな事は知っている。私が気に食わないのはその上にいる汚い豚の方だ」
「・・・それって、カメリアさんの後ろにいる大物貴族の事ですか?」
「ホラレイゾン・シルパッテ・エモンズ…そう言ってもお前は知らんか」
・・・し、知らないけどなぜだろうなんか妙な既視感を覚える名前だ。
「え…?シルパッテってもしかして…!!」
「そう、奴は平民出身でありながら、その功績を王に認められ、シルパッテの名を賜るまでに昇り詰めた男だ」
はわわわわ!そこまでの大物だったのか。
・・・と、言う事はだよ?
その御仁が味方についたら・・・?
「察したか。だが、あの男がお前の言う構造に素直に耳を貸すとはいささか考えにくい。なにせ貴族の面を被った品性の欠片も無い男だからな」
「だが、まぁ…恐ろしく頭がキレるのもまた確か。もし、カメリアがあやつをうまく説得出来れば…」
「話が認められる可能性はだいぶ高くなるということか」
「あの趣味さえなければ私もまだ見識を見直せるのだがな…全く、汚らわしい!」
確かに姫の性格じゃ、まさに逆鱗ものだろうな・・・。
「それと、そこまでの大物でないにしろ、私も微力であるなら助力はできるぞ」
「本当ですか!」
「ああ、まぁそれをすると少々面倒な事になるが・・・」
「あ、いえ、そういう事なら無理しなくても」
「あ?お前は、紙で世界を変えるのでは無かったのか!?」
「いやいや、変えるのは俺じゃ無くてナジーム爺さんですけどね」
「貴様とて四の五の言ってる場合ではなかろう!大体、素性も知れない今の状態でそんな話を持ち掛け、破談したとしてみろ!それこそ本当に一生、日の目を見れない事になるぞ!!」
わぁお
俺が動くとどうしていつも監獄とか牢獄とか絞首台とか、ロクでもない想像がチラつくんだろう。せめて、危ない綱渡りでも安全ロープだけは付けて欲しい。
「まぁ、そういうことなら是非とも協力して頂けるのは嬉しいですけど、でも本当に大丈夫なんですか?」
「それぐらいなら問題ない。別に悪いことはしてないしな」
「そりゃそうですが」
「しかし、お前。あの男に協力を持ちかけるつもりならそれなりの覚悟はしておけよ?」
「あの男・・・ああ、さっき言ったホなんとかさんですか」
「ホラレイゾンだ。あー思い出してもイライラする!!」
・・・そんなに酷いやつなのか?
むしろ逆に興味が出てきたわ。
と、話がひと段落ついたその時だった。
「はぁぁ、すっかり遅くなりまして、ルッツただいま戻りました!」
あ……やばい。
「ん?んんんーー?」
「お、お邪魔してまーす」
「あーー!なんだーよく見たらお前ペスじゃないかー」
そう言うと、小娘は腰に刺さった鞘から禍々しいものを抜刀する。
「それで、最後に言い残す事は?」
「あの、申し開きを頂ける機会というのは・・・」
「無いな。姫をたぶらかしてこんな夜中まで、それも二人っきり、これ以上に何を申し開く理由があると?」
「おかえりルッツ。そして、いいからその剣を収めろ」
「え?で、ですが・・・賊が」
おい!言うことかいて賊扱いは酷いな!!
「私がこやつをここに招いたのだ、だが、とはいえ…さすがにここまで夜遅くなるとは思わなんだ」
「やっぱり殺しますか?」
「いや…ルッツ。息をするようにそう言われるとうっかり斬ってしまいそうになるからやめなさい」
だから何なんだよアンタらは!!
「まぁ、お主、さすがに今日は泊まっていけ。ルッツ、寝る場所をここへ用意できるか?」
「え?…しかしプリシア様、よろしいのですか?」
「元と言えば私が遅くまで引き留めたのが悪いしな。それになかなかに面白い話も聞けた」
「プリシア様がそう言われるのなら…」
「おい!ペス!!今、寝具を持ってくるから寝る場所を確保しておけ!!あと絶対に私たちの家に押しかけようなどと考えるなよ!!!」
考えねーよ、馬鹿なんじゃないのこの子。
と、まぁ最後にちょっとしたトラブルがあったが、俺は無事に書斎で寝泊まりする事を許される。と言ってもさすがに寝付けるはずもなく、俺は朝日が昇ると同時にお世話になりましたとだけメモを残し、逃げるように帰路へ向かったのである。
そして――それから数日後、俺の元にカメリアから連絡がきた。




