第26話 ―愛する紙の為に―
―掘った、待った、残った
「ちょ、ちょっと待って待て待て!!俺はそういうのは無理ですって!!」
俺は慌ててドアを開けて部屋を出ようとするが、外側から鍵が掛けられているのか、ドアノブをいくら動かしてもビクともしない。
長い物に巻かれるならまだしも、突かれるってのは聞いてないぞ爺さんよ!!
「ふふふ・・・くっくっく・・・アーハッハッハッハ!!!」
動揺しまくる俺に迫りながら、何故か狂ったかのような高笑いをするカリメア。ん、なんだか声も心なしか野太くなったような・・・。
「ヒーヒッヒッヒ・・・全く、いつ見ても普通な男の反応は見てておもしれぇや」
「おい、カリメア・・・さん?」
「あ?いいよいいよ、そんな畏まらなくたってさ」
そう言うと、カリメアはソファーにドカッと座り込み、纏まった髪をクシャクシャにしながら首元を緩め、さらに露わになった胸元からポヨポヨした何かを無造作に机に置いた。
「ああ? なかなかによく出来ているだろ? 質感とか触り心地なんか、女のソレと大差無いほど精巧に作られてるんだぜ?」
「はぁ・・・」
「ん?まぁ座れよ。ナジーム爺の使いで来たんだろ?安心しな、もう襲ったりしないか・ら・さ♡」
カリメアの男声が後半になるにつれて、女声にシフトするのを聞き、俺は全身に鳥肌が立つ。
というか――頭の整理が追い付かない。
いや違うな、ニューハーフ?
女装おじさん・・・??
それとも男の娘・・・?
「なんだお前、相当混乱しているな?男娼だよ、男娼。まぁ仕事柄、相手にするのは、尻を使われるのがめっぽうお好きな変態貴族連中が主だけどな」
その時になり俺は初めて、様々な心配事がどこかで合致したような気がした。
「じゃあ・・・もしかして、さっきのお姉さんたちも?」
「ついてるぜ?」
「ですよねぇ・・・」
いくらモテたとして、性が不一致ならば何の意味もない。
というか、必死に守らねばならない強迫観念さえ襲ってくるのは何故だろう?お尻の危険?刺される痛み――紫の薔薇、恍惚の表情、やら〇いか・・・。
俺は今しがた連想した妄想を慌てて掻き消す。
これ以上はイケナイ。
「知らなかったのか?ここは商会兼男娼館。それも会員制でしか入れない超高級娼館なんだぜ?」
「もしかして、最近急成長したって言う理由も・・・」
「そう、俺らのパトロンである超大物貴族様の紹介のおかげで、貴族階級にもこうした一味違う嗜好の遊びが流行したってわけ」
「女を抱くのに飽き、子供を弄ぶのにも飽き、だけどさらに快楽を求めるものが今度は自分の穴を差し出し喜ぶ・・・お忍びで素性がバレたら失脚どころじゃ済まない、だからこそ貴族共はここへ通わずにはいられない。・・・チッ、イカれてるぜ」
そう言うと、カリメアは持っている布袋を一気飲みした。
「ぷはー!!昼間から飲む酒は最高だな。どうだ、お前も」
「いえ、酒は飲まないんですよ」
「なんだ真面目かぁ?ますますヒーヒー言わせたくなるねぇ」
一体、どこをヒーヒー言わせるつもりなのか。勘弁してくれ。
このままでは相手のペースに押されっぱなしなので、早いところ本題にかかるとする。
「実は、紙の販売ルートの独占権を一旦解約して欲しいんですが」
「はぁ?そんなの無理に決まってるだろ」
「まぁ、そうですよね。実は――――」
俺はナジーム爺から話された今度の事業計画をカリメアに話す。
「・・・なるほどね。確かにそれなら話は変わってくるし、俺達のうま味も減らない。でも、その後がなってねぇ」
「貴族に金持ち嫌い?そりゃ結構なことだ、俺だってあんな連中に媚びて商売している自分自身が嫌になる事もあるさ」
「でもなぁ、お前、この娼館が一体どれだけのしのぎを削って出来たか想像できるか?」
「いえ・・・」
「ここに居るやつは、俺も含めて皆どこで生まれたのか、親の顔さえ分からねぇ、気づいたら枷をはめられて商品として売りに出されていたやつらばかりさ」
「その辺はナジームの爺さんと同じかもしれねぇ。でも、俺はその後、たいそう身なりの良さげな貴族様に買われたよ。そこで俺は毎日毎晩―――」
それは聞いているだけで、目を瞑りたくなる内容だった。カリメアは幼少の頃から実に様々な大人を相手にしてきたと言い放った。ぶくぶくに太った貴族の男を始め、時にはその妻、見知らぬ大人たちまで男女問わずカリメアは相手をする事を強要された。
「・・・そうして、散々弄ばれた俺は、とある大物貴族様のお眼鏡にかなってその戯れでこの娼館を預かる事になったってわけさ、まぁ今じゃ突っ込まれるより、突っ込む方の専門になったから大分マシにはなったけどさ」
「それだけの苦労を背負ってやってきた側の人間から言わせりゃ爺さんの言ってることは甘ったれのクソの戯言にもならねぇ奇麗話だ。全ての者に機会を与えるだぁ?・・・・おふざけにもならねぇ」
―――まずい、非常に不味い展開になってしまった。
実を言うと、俺も爺さんの理想論には反対の姿勢だ。
だが、これは別に爺さんが悪いというわけじゃない。
普通に生きている大半の人間は、人は生まれながらにして良い人間であるとする『性善説』を前提に生きている。爺さんもそうだし、もしかするとカリメアもそうなのかもしれない。
それとは逆に人は生まれながらにして悪い人間であるとするのが『性悪説』
実は俺の考えの基準の元は性悪説から来ている。どんな人であろうが、教養を学ばなければ悪の道に走る。人間は本質的に悪であるという考え方である。
爺さんの理想論にはいくつかの抜け穴があった。
そもそも平民を信頼しきっている事。
その逆で貴族や有力者を信頼してない事。
最後に金の考え方に偏りがあった事。
俺はこれらをカリメアに説き、逆に爺さんを説得しようと試みた訳だが、カリメアの辛い事情を聞くにカリメアもまた貴族や有力者の力を借りる事に反発をするかもしれない、という問題が出てきた。
俺はどちらにも一方的に肩入れをしない。
例えカリメア達がどれだけ大変な目に遭っていたかをこの耳で聞いたとしても、同情こそしたとて、そこで判断を変えたりはしない。
ナジーム爺にもカリメアにも言えること。それは、彼らにもまたそのような人生になってしまった原因がある。という事を突きつけねばならないからだ。
まぁなるようになるしか――
「カリメアさん、俺はカリメアさんに代わる事はできませんが、さっきの話にはちょっと引っかかることがあるんです」
「・・・なんだ、藪から棒に」
「うーん、じゃあはっきり言いますが、カリメアさん達の苦労を知った上で、俺が貴方を信頼するかどうかはまた別の話って事ですよ」
そう言うと、カリメアは少し考え、そして酒を飲み、そのまま顔を天井へと向けた。
「・・・気にするな、別に信じて欲しいとか思って話したわけじゃねぇよ」
「すみません、てか、俺、実は最初から誰も信じてないんですよ」
「いい人ぶったり、信じていた人間が平気で人を裏切る。人ってのは必ずしも良好な関係でいられるわけでもない――だから」
「俺は・・・最初から裏切られてもいいという前提に保険をかけているんです」
「つまり・・・はなっからナジームの爺さんも俺も信用してないと?」
「カリメアさん『人を信じない』なんていうヤツが信じるものって何だか分かります?」
「・・・・・・・・・」
カリメアは少し考え、そして短くこう答えた。
「金か」
「そうです、人を信じない人間ほど、金の力を信じます。分かりやすいですからね」
「つまり、お前はナジーム爺や俺の金を信じるってわけか」
「もっと具体的に言うなら資本力ですね。資本力が弱ければそもそも紙だって将来的には売れなくなる、力は力で塗り替えられますしね」
「・・・どういう事だ?」
「平民の良心を過信して、今ある紙の技術を盗用されたらどうなります?それをもっと大きな資本力のある勢力に目を付けられた場合、その時点でナジーム製の紙の需要は消滅するでしょう」
「だから!お前はどうしたいって聞いてるんだ!」
俺はその言葉の先をカリメアに近づき、ゆっくりと耳打ちした。
「だから――――」
「お前、それは…可能なのか?」
「やるかやらないかじゃない、やる以外に道は無いんですよ」
これは最早ただの紙を守る戦いじゃない。
己を守る防衛戦ですらあるのだ。




