第24話 ―誰しも等しく挑戦を―
―天と地と
中心街、そこは間違いなく王都の中心だった。大通りは人で溢れかえり、その両脇には露店が隙間なく並び、客引きの声が絶え間なく飛び交っている。
店の方に目を向ければ、高級ブティックや名の知れたブランド店を思わせるような洗練された店構えが目立つ。
そして何より印象的なのは、街並みそのものが持つ透明感だった。建物も通りもよく整えられていて、どこを見ても雑然としたところがない。人で溢れかえっているというのに、不思議なほど美しい。まるで街全体が一つの芸術作品であるかのようで、俺はすっかり本来の目的も忘れ、お上りさんになっていた。
手足を縛られ、布袋で拘束されていなければ、この街の印象はもっと良かったのかもしれない。
色々と見てみたが、どれもこれも目ん玉が飛び出そうな価格表示だったので、少しだけ一瞥した後、俺はナジーム爺の元へと向かうことにした。
一時間程歩き、ようやく目的地へとたどり着く。
それなりに成功したのだろうとは思っていたが・・・そこは家と言うより最早立派な屋敷であった。そして門の横には少し洒落た文字で『ナジーム商会』と書かれている。
しかし、着いたは良いけどこれどうやって入ればいいんだ?
門を勝手に開けて入るのは少し躊躇われる。というか、おそらく鍵がかかっているので侵入する事は不可能だろう。
門番も居なさそうだし、はて、どうしたものか・・・。
と、思っていた時、門のすぐ横に小さな鐘が設置されていた。丁度片手で振れそうなサイズ感で、徐に「ご用がある時はこれで呼んでね」と、でも言いたげに。
とりあえず、ここに居ても仕方ないので俺は鐘を振ってみる。だが、案の定、鐘はそこまで大きな音は鳴らない。どれだけ耳が良くてもあの大きな屋敷の中までは届くま―――
ガチャ
と、思っていたのに鐘を鳴らした瞬間、厳しい目つきをした執事が落ち着いた物腰でこちらに向かってきた。
「――お待ちしておりました。ナジーム様がお待ちしております」
まるで俺が鐘を振るのをどこかで見ていたんじゃないかと思えるほど、無駄のない動きだった。執事は無言のまま一礼すると、手で屋敷の中へ入るよう促した。
それから階段を昇り、ひと際大きなドアの前まで案内されると執事はそのドアを二回ノックした。
「入っていいぞい」
中から聞き覚えのある声。
そして――
「ふぉっふぉっふぉ、久しぶりじゃな」
「そうかな?なんだか紙作りしてた頃がつい先日のようにさえ思えるんだけど」
「時の流れは速いものじゃて。あれからもう――何年程経ったかのう」
「いや、マジで一年も経ってないんじゃないかな?」
「ふぉっふぉっふぉ、そうだったかのう、ふぉっふぉっふぉ」
相変わらず憎めないおじいさんだ。
ぶっちゃけ、特に積もる話も無いので早速本題を聞くとする。
「そういや、新しい工房見たよ。なんだかすごい事になっちゃってたね」
「アレもついこの前に完成したばかりじゃよ。紙泥棒が何度もやってきてのう。まさか、金じゃなくて紙を盗む者があらわれた時はさすがのワシも驚きだったわい」
はぁ、紙をねぇ…。
そりゃ売れるっちゃ売れるだろうけど、俺も盗みをする盗賊の思考回路までは理解できそうもない。
「それで、工房を要塞化したってわけか」
「うんむ、今では昔からの者たちがしっかりと仕切ってくれていて、わしはもう少し顔を出すだけで問題なく回してくれておるよ」
一緒に工房を立ち上げた時は、みんなどこかからの流れ者だったり、路頭に迷って仕事を失っていた人ばかりだったっけか。今ではみんな大出世しているだろうなぁ。
「それで、まさか自慢話を聞かせるために俺を呼んだんじゃないんだろ?」
「ふぉっふぉっふぉ、そりゃそうじゃ。ジャービル、すまないが。これから先は他言無用じゃ。何用があっても、誰も近づけさせんでくれるかのう」
「分かりました。では、何かありましたらおよびつけください」
そうして、この部屋には俺とナジーム爺だけとなる。
「ふぅ・・・金や地位を持つと本当に信頼に値する人間など何処にもおらんようになる」
「苦労しているんだな」
「なぁに、お前さんほどじゃないぞい」
「・・・そりゃお粗末様で」
「それで相談って?」
「うむ、実はな・・・」
「・・・・・・・・・」
「ありすぎて何から話せばいいのか」
「最初に整理しといてよそれは」
「ほいじゃ、少し長くなるが遠慮なくいくぞい!!」
――先に言っておくと、ナジーム爺が抱える問題は、それはもう山ほどあった。
それを全部聞き終える頃には、とっくに日が暮れていたくらいだ。
今や職人たちの絶え間ない技術向上のおかげで、紙の生産力は以前の数倍近くまで上がったようだ。しかし、それでも紙の需要は多く、供給が追い付かないらしい。
「嬉しい悲鳴ってやつか」
「うむ、まさにあの時お主の言い放った『世界を変える価値がある』の言葉が実現しつつあるという事じゃな」
「今や、ナジーム製の紙は国内に留まらず、周辺各国へ輸出するまでの規模に膨れあがっておる。安価で大量生産できる仕組みが、従来の紙の経済圏を大きく覆したわけじゃな」
「そうなってくると、当然のことながら新たな工房を作らねばならないという声もあがってくる。それもひとつやふたつじゃない。何十という途方もない規模で、じゃ」
「そこで、周辺各国を含め、様々な有力者達がこぞって出資の話を持ち掛けてきておる、が・・・今のところわしはそれをすべて断っておってな」
「どうして?」
「一つは、マルコー商会じゃ。わしがこうして新たに商会を設立できたのもマルコー商会あってのこと、その信頼を崩す訳にはいかんでの」
「そしてもう二つは、もっと単純じゃ」
「わし、実を言うと金持ちが大嫌いなんじゃ」
「・・・・・・それを今言う?」
「ふぉっふぉふぉ、まぁ聞くがよい」
「わしは気づけばもう奴隷だった。所謂、みなしご奴隷と言うやつじゃな。親を失った子供を保護する名目で引き取り、そのまま奴隷として扱う制度じゃ」
「ある者は、それはお前が前世で罪を犯したからだと言った。当然、わしは納得しなかった。前世の記憶などどこにもないのにどうしてそんな事が言えるだろうか」
「まぁ結局、散々酷い目にもあったんで、わしは思い切って逃げ出したんじゃ。それからはとにかく逃げ続ける日々だった。逃げに逃げ、新たな新天地で名を変え、時にはキナ臭い事にも手を出し、結果わしは東方で名の知れた武器の密売人までのし上がったのじゃ」
「・・・結果的にわしは人に裏切られ、その全てを失ってもうた。今度ばかりはもうダメかと思ったんじゃがのう。人生とはなんとも数奇なものじゃ」
「爺さんには才能があるんだよ」
「そう言ってくれるのはありがたい。でも、その才能も恵まれた者から順番にその機会を与えられる。不幸なものはそもそもその機会さえない」
「わしは・・・誰にも等しく挑戦できる権利を与えたいんじゃ」
奴隷に格差社会。
いっきに重いワードが出てきたな。
確かに貧しい環境を抜け出した者なら、その理不尽に抗おうとする気持ちがあるのは理解できる。弱者を救済したいという気持ちも本物だろう。
「でもさ、爺さん――言いにくいけど」
「わかっておる。わしの理想が所詮奇麗事でしかない。そう言いたいのだろう?」
「うん…」
「世の中、金じゃ。結局のところ、何をするにも金がいる」
「わしは金の力を誰よりも知っておる。金さえあれば人も動く。物も手に入る。」
「金の力に物を言わせば、今抱えておる紙の供給不足などあっと言う間に解決するじゃろう。そしてその力は、もっともっと多くの金を求めようと暴れ回るじゃろうな」
「そうなれば、もうそれは誰の手にも負えん。燃え尽くすまで誰の手にもな・・・」
「爺さん、怖いのか?」
「いんや、どうせ犠牲になるのは金に目がくらんだ連中じゃしな。そこは自業自得。いい気味じゃ」
「だが、それならなおいっそのこと金をもっと正しき道へ使うべきじゃとは思わんか?」
「金に人を使わせるんじゃない。人が金を使うんじゃよ」
人が金を使うか。なんだか至極当たり前のことを言っている様に聞こえるけど、一度金で地獄を見ている人が言うと重みが違うな。
「それで、爺さんは貧しい人にもチャンスを与えつつ、出来る限り金持ちは頼らずに市場を増やし続ける方法を模索しているというわけか」
「まぁ、大体そんなところじゃ」
――全く、無理難題もいいところだよ。と、言いたいが方法がない訳でもない。だが、それを実現させるには一つだけ、絶対に外せない条件がある。
「なぁ、爺さん。この話、マルコー商会にもかけ合わせるべきじゃないのか?」
ナジーム爺は大きく首を振った。
「ならんならん・・・カリメア嬢は見ての通り現実主義者じゃ。余程の条件を提示せん限り、独占を切るのは難しいじゃて」
「その条件なんだけどさ―――と、するのはどう?」
「・・・なるほど、それならもしやすると・・・」
「と、言ってもそんな簡単に進む話じゃない。せっかくだし、俺が直接会って色々と聞いてみるよ」
「ほ、本当か!?実は、向こうからもお主に是非もう一度会いたいという要望は出ておったんじゃよ」
「へぇ、ああ、なんか俺のカラダがどうのとか言ってた気が・・・」
「うんうん、ワシは無理だけどお主なら・・・まぁ、嫌よ嫌よも好きのうちとは言うしのぅ」
ん?なんだろう、最後の含みは・・・。
まぁ、この際マルコー商会に挨拶したいと思っていた事は事実だし、爺さんで無理な話も俺なら―――とにかくまずはマルコー商会の独占販売権を切り崩さなければ先には進めない。
乗り掛かった舟だ。
ここは一つ、俺も男を上げてやろうじゃないの。




