第21話 ―災い転じて策と成す― 後編
―意識の改変を説く
色々あったが俺はようやく自由に解放された。
ここに来るまでに一体どれほど身に覚えのない濡れ衣を着せられたか。特に下着泥棒はマジ無い。後でちゃんと弁明させて貰わないと今後の俺の経歴が傷だらけになってしまう。
ま、それはともかく――
右には巨漢マッチョなオッサンが、それでなくとも皆なかなかに鍛え上げられて暑苦し―――いや、何人か美人なお姉さんもいるな。お、白人金髪美人なんて初めて見たかもしれん。やっぱり女騎士はあれぐらいが丁度いい。それにしてもあのヒョロッとした狐みたいな男は何だ。皆が礼儀正しく席に着いているのに、一人だけ壁にもたれて腕組みとは何ともラフなやつだ。
「俺は周りとは違うぜ」ってか。
見るからにナルシストって感じがする。
「どうした、早く始めろ」
うぉ、姫が不機嫌になっていたのでさっさと始めなければ。
それにしてもこの姫、始めて見た時から今日に至るまでずっと不機嫌な顔しているな。そういう性分なのか?
しかし、始めるってもなー・・・。
ちなみにナッシー・ナモスラという名に、特に深い意味はない。
その場で適当に思いついただけだ。
「あのーもう一度確認しますけど、これって野盗対策で良いですよね?」
「そうだ」
「先に結果をお話したいので、出来れば図のようなものがあるとありがたいのですが・・・」
「図か、作戦図ならすぐに用意できるが――」
「あ、それで結構です」
しばらくして、壇上に作戦図が用意された。ありがたい事にこの地図は王城周辺を指しているので簡単に東西南北に駒を配置する事ができた。
「はい、できました。これが野盗対策です」
そう言うと皆が一斉に集まってきた。まぁ大きい地図なのでそこまで見えづらい事も無いと思うが。
「・・・おい」
「はい?」
ドカンッ!!
俺はリアクションを取る間もなく、巨漢の猛烈な壁ドンを受けてしまう。
一歩間違えれば間違いなく顔が潰れていただろう。
「これは一体なんだ!!」
「いや、何だと申されましても」
「お前のその配置の仕方だ!!この騎士団の総数は全部で32名!その数を東西南北に振り分けている!!!」
「はい、それだけですが・・・」
「お前がやっている事はここでの議題でも散々出てきた案だ!!そしてその度に何度も却下になっている、何故だか分かるか?」
「はぁ」
「いざ野盗が出た時!その人数じゃ太刀打ちできないからだ!考えればすぐに分かることだろうが!」
広範囲に唾を飛ばしながら怒鳴りまくるおっさん。
いかつい顔のこめかみにぶっとい血管を浮かせながら、かなりご立腹の様子。
うーん、この様子でこれを言ってしまうと、今度こそ本当に壁にめり込まれそうだが・・・。
ここは慎重に言葉を選ぶ必要がある。
「こちらの事前情報が野盗に知られてない限り、この配置で襲撃される事は無いと思いますよ」
「だから、何故だ!?何故そう言い切れるんだ!!」
「それは相手が野盗だからです」
次の瞬間俺は首襟を掴まれ、頭上を天井近くまで持ち上げられる。
「う…うぐぐ・・・ぐるじい」
「落ち着けガルド、ナッシーはまだ説明を終えてないぞ」
「全く、姫もいい加減にして貰いたい!こんな事は今まで散々議論してきたではありませんか。結局、抜本的な解決策は隊の増員しかない、そう仰ったのは姫!他ならぬ貴方なのですぞ!!」
「そうだ、確かに私もその男の話を聞くまではそれしかないと思っていた」
その時、後ろで壁にもたれていた男が話に割って入ってきた。
「えーっと、ナモスラ君・・・だっけ?できれば続きを聞かせて貰えないかな?」
その一言で巨漢のオッサンは狐男の方をギロリと睨み返し、そして冷静になったように俺を降ろした。
「どうやら、ウチの頭脳もお前の話に興味を持ったようだ。最後まで聞くが、それがただの空論だった場合は、覚悟しておけよ小僧!」
「ぜぇぜぇ・・・窒息で息が」
俺は深呼吸をして息を整える。
そもそも皆に説明するなどした事もない。なのでこの際、俺はあの狐男にターゲットを絞る事にした。
「・・・ふぅ。それじゃ、えっと――あの失礼ですがお名前は?」
「ああ、紹介がまだだったね。僕はフックス・リスティガー。一応この隊の参謀をしているよ」
「では、フックスさん。逆に聞くのですが、野盗の規模はどれくらいですか?」
「うーん、ま、大体15~20、多い時だと30超える事もあるかな」
「襲ってくる時期は定期的、それとも突発的ですか?」
「突発的かなぁ」
「・・・この隊、もしくは近いところで内通者がいる可能性は?」
「・・・それは無いと思うよ」
「その根拠は?」
そこまで言ったところで急に野次が飛んできた。
「おい、お前ふざけるなよ!」
「俺達の中に裏切者が居るって言うのか!!」
「これ以上我々を侮辱すれば、ただではおかんぞ!」
まぁそうなるわな、でもここは念入りに確認すべきところだ。
でないと前提が飛んでしまうからな。
「断言はできないし、根拠も今は示せない。だけど、無いと思う。これじゃダメかい?」
この狐男、見た通り頭は相当キレるみたいだ。恐らく、絶対に居ないと断言できるまでには調べ尽くしている。しかし、それを公にできない事情がある。そういう事なのだろう。
「分かりました、ではやっぱりこの配置で野盗はほぼ対策可能ですね」
「うん、その理由は?」
「理由は簡単ですよ、これはそもそも戦争じゃなく、ただの防犯対策だからです」
「ほう?」
「たぶんですが、皆さんは誇り高き騎士で、格式も高く、多くは真面目でそれでいてプライドも高い、ですよね?」
「まぁそれは、そうかもしれないね」
「対して野盗の方はどうでしょう?」
その時、フックスの目がピクッっと動いた。
「うーん、まぁ連中はたいして何も考えちゃいないんじゃないかな。つまるところ、目的は略奪に蹂躙だろう?」
「それですよ、連中に道理なんかありません。あるのは犯罪を犯すことをいとわない事、それだけです」
「だから、盗賊をする側の思考を思い描けば、連中がどのように考えて、どのように動くかも大方予想がつく、そうですよね?」
「う、うん・・・そうだね。でも盗賊の思考なんて一体どう考えるんだい?」
「まぁ俺も実際に野盗をした事なんてないんで、連中が何考えているかなんて分かりません」
「でも、それが例えば一つの家に盗みに入る盗賊と考えた場合はどうです?」
「盗賊・・・そうだなぁ。僕が盗賊ならまずはその家の警備の有無、それと防犯の脆弱性を調べ尽くすだろうね、あとは逃走経路とか」
「そうですよね。では――防犯のために、騎士団の全兵力を投入する必要はあると思いますか?」
ここでフックスの返事が遅れ、しばしの沈黙が流れる。
フックスだけじゃない、この場に居る全員が恐らく気づいたのだろう。
「分かりましたか。つまり、しっかり兵を配置して全範囲に警戒網を敷いておけば、少なくともこちらの配置を把握していない限り―――」
「賊は近づけない‥‥という事か」
「はい。でも、これはあくまで推測という事。つまり、状況証拠を元に俺が組み立てた仮説ということです。まぁ、この案で野盗は容易に襲ってこないと言う自信はありますけどね。でも、それは実際にやってみないと分からないし、もしそれでも信じて貰えないのなら―――」
「いや、もういい。僕は君の案を信じるよ」
その場合はデコイ、つまり偽造兵力でも準備したらいいよ。と付け加えようとしたが、どうやら蛇足のようだった。
「ふふふっ、姫はもうとっくに知っていて僕ら全員に言質を取らせた、というわけか。他に彼の意見に反論するものは?」
「し、しかしだな…もし、万が一野盗が大勢で攻めてきた場合は・・・」
「それこそ、もう国の正規軍全てを投入するしか無いだろうねぇ」
「でも、現状はそんな事にはならないと思うし、それほどの規模まで膨れ上がればさすがに斥候も気づくはずだ」
「あと、シュタインハルト卿。これは小規模の野盗に対する対抗案だったはずでは?」
「ぐぬぬ・・・」
それ以上、意見が出る事はなく俺の出した案は満場一致で承認される事が決まった。
まぁ、キッカケは姫のことを考えた時に思いついた、ただのヤマだった。
誇り高き騎士からすれば、下種な野盗風情の考えなんて理解できないんじゃないか――そう思っただけ。
でも、それが結果的には当たっていた。
所詮は野盗。そんな連中と真面目に渡り合う必要なんてない。適当に見張りを強化して、警戒網さえしっかり敷いておけば、すぐに諦めて別の方法を取るだろう。
少なくとも俺ならそうする!
ネズミだってチーズより命が欲しいに決まっている。
――それから俺はようやく役目を終えたという事で無事に解放された。
だが、さすがに今の格好ではすぐに憲兵にご用になるということで、気の良さそうな騎士が俺に服を提供してくれたのである。
「少し前のやつなので大きさが合うかどうか」
てっきり貴族風のどぎつい服が来るかと思ったが、
意外とそれは普通の服だった。
「いや、ありがとうございます、本当にいいんですか?」
「ははは、実は俺、平民出身なんですよ。近くの田舎から王都に来て――」
そりゃあ親近感も沸くと言うものだ。
騎士も王族もロクでもない奴しかいないと思っていたが、こういう人も居るんだなぁ。ってこの人も平民か。
「ま、何か縁があれば…って言っても俺、新興街に居るんでもう会えないかもしれませんが」
――正直、これ以上ここに居るとまた何かの際に拘束されかねない。
気持ち的はさっさとこんな所はおさらば願いたいところだ。
「あの!!」
早々と帰ろうとしたその時、平民騎士が俺を呼び止める。
「俺、ラント・ユンゲラーと言います!ナッシーさん!先ほどの話、とても感動しました!!!」
「また、何か問題があった時、その時はよろしくお願いします!!!」
そう言って気持ちのいい平民騎士、ラントは俺に大きくお辞儀をした。
俺は無言で手を振ると、貰ったばかりのマントを翻し、踵を返す。
――中心街なんぞ二度と来るかボケェ!!!




