第20話 ―災い転じて策を成す― 前編
―ペスと呼ばれた芋虫
ちょっとした親切心は時としてさらなる厄介ごとを招く。今回の件はまさに
それを思い知らされたような出来事だった。
姫に目を付けられたあの後――俺は今、自分がどこにいるのかさえ分からず、干し草の香る物置っぽい小屋に放置されている訳だから・・・。
・・・あの後、一体何があったかをかいつまんで話して行く。
不敵な笑みを浮かべた姫とその従者がヒソヒソ話を始め、しばらく部屋を後にしたその数分後、二人に何故かヤマナさんまで加わり、俺は椅子から引きずり出されてすぐに拘束。両手両足をがっつり縛られた挙句、目隠しまでされ、最後には布袋に全身を放り込まれたのだ。
もはや完全な誘拐行為である。
その時の恐怖と閉塞感と言ったら前の世界のどんな恐怖体験にも変えがたい地獄。
その中でも必死に抵抗してもぞもぞしている自分を・・・。
「あははーこりゃいいストレス発散だわぁ」
と、笑いながら聞こえるヤマナさんの声とマジ蹴りに、俺は新たなトラウマでも植え付けられるのではないかとさえ思ったほどである。怖いなぁー怖いよー。
それからは耳と体感で申し訳ないが、俺は恐らく馬に乗せられ、どこかへ連行され、そして――今にいたる。布袋は外して貰えたが両手両足の枷と目隠しはそのままなので、今の状況はさっぱり分からずじまいである。
まぁ、冷静に思考を巡らせるなら――
姫の思惑通りなら、俺を明日騎士団の目の前に立たせ、ついさっき俺が姫に提言したことを説明させる気なのだろう。それで中心街の中へと向かったわけだが、俺の身分を考えると普通に連れて行くのは面倒なので、わざわざ荷物に紛れさせてここまで連行した――という感じか。
「それならそれでさっさとこの拘束を解いてちょっとは礼儀らしい事しろー!!騎士道精神はどこにいったーゴルァ!!」
俺は叫んだ。
そりゃもう大声で叫んだ。
だってそうしないとマジで翌日まで誰も来なさそうな恐ろしさを感じたから。
カチャリ――
しつこく叫びまくっているとドアを開く音がした。俺はようやく解放されると安堵した瞬間、頭に思いっきり拳骨を食らう。
「――っいっでぇ!!」
「おい、今は夜中だぞ。いい加減にしろ」
声から察するに、来たのはあの女騎士の方らしい。
「って、いきなり拘束、誘拐、監禁しておいてそりゃねぇだろうよ!!」
「――プリシア様もそれに関しては心を痛めている」
うそつけ!!!
「だから、こうしてご飯を持ってきた。ほらさっさと食え」
そういうと女騎士は俺の両手の縛りを解く。
そういえばドアが開いた瞬間仄かに料理の香りが漂っていたな。
「この目隠しも取るぞ」
「ああ、でも食べ終わったらまたすぐに拘束するけど」
この人でなしっ!!
だが、料理はさすがに貴族のご飯だけあって、中々にうまい。あれから何も食ってなかった事もあいまって、俺はガツガツと料理を口に運んだ。
「よしよし、しっかりお食べ。ペス」
「誰がペスやねん!!!」
「ああ、すまない。なんか昔飼ってたペットを思い出してな、つい」
「つい、じゃねぇよ!人をペットと一緒にするな!・・・もぐもぐ」
「・・・それで、その犬はここにもいるのか?吠えてないみたいだけど」
「いや、犬じゃなくて芋虫」
「あ・・・そう・・・」
「だって、私の家はそこまで裕福じゃなかったしな。あとここはプリシア様の別邸だ。従ってあまりあの方に迷惑をかけるような真似をするんじゃないぞ、ペス」
「・・・・・・・・」
なんか芋虫扱いされたショックで返事する気力もなくなっちまった。
「あ」
「なんだ?おかわりはないぞ」
「違うわ!いや・・・ほら分かるだろ?俺ずっと拘束されていたからさぁ」
俺は体をモゾモゾと動かし、生理現象が限界に達している事を訴える。
「・・・チッ」
女はあからさまな舌打ちをした後、俺にバケツを手渡した。
「これでしろ。終わった後は隅っこに置いておけ、後で片付けてもらうから」
そういうと女はもう一度舌打ちしながら小屋から出て行った。
俺は悲しみに暮れながら尿を足し、その後は目隠しを付け直し、両手の縄をなんとか縛り直し、もう夜も遅いというので茣蓙を巻きながら眠りにつくことにした。――とても悲しい。
そして――とても静かで穏やかな翌朝。
俺は何故かまた顔に袋を被され、まるで極悪犯罪者のように騎士団が集う詰め所へ連行されたのである。
―新たな突破口
翌日、私とルッツは王蜂騎士団の元へ向かう。その際、この男を盗人に偽装し、盗人を捕らえた口実として、謹慎中である事も誤魔化してしまおうという策である。
「プリシア王女殿下!――敬礼!」
詰め所前に到着し、門番が私に最敬礼をする。
「おい、ここでは騎士団長で良いと言っているだろう」
「ハッ!それでは団長・・・は確か現在は謹慎中だったはずですが、その者は如何いたされたのでしょうか?」
「ああ、こやつは昨日、貴婦人の部屋に入り込み、下着を物色していた賊である。即刻処分を下すべく、私が直々にここへ連行する事にした」
「おお、そのような破廉恥極まりない賊が・・・この中心街においてそのような賊が入り込んでしまうとは、憲兵団は一体何をしているのか!」
「憲兵とて、無数の針の穴を守る事など出来まいよ。そういうことなので、ここは通してもらう、問題無いな?」
「ハッ!勿論であります!どうぞお通りください!」
よし、まずは第一関門を突破だ。
面倒なので顔ごと袋で隠したのはいいが、途中必死になって暴れ始めたのをルッツが手早く鉄拳制裁で黙らせてくれた。
だが、最も難関なのはその次である。
「姫!今は謹慎中ですぞ!?どうして此処に参られた!」
この異様に巨漢の筋肉質の男。
王蜂騎士団副団長を務めるガルド・シュタインハルトである。
無骨で私以上に真面目な性格。騎士道に実直な男と言えば聞こえは良いが、私に言わせれば全身脳筋でさらにその頭も頑固一徹という真の堅物男である。ただ、その風貌に似合わず指揮能力は高い。故に、石像として飾っておくわけにもいかない。
「それにその怪しげな者は一体、まさかいよいよ健全な市民に無理矢理尋問を・・・内通者がいると言うことはまだ議論中だと言うのに…」
ガルドが大きなため息を吐く。
確かに私は、問題解決を急ぐあまりついつい先走る事も度々あったが、今度ばかりは誤解だ。
「まぁ聞けガルドよ。この者はいわば手土産みたいなものだ」
「まーた謹慎破りですか、姫も懲りないお方だ」
ガルドが居れば、こやつも当然いるか・・・。
フックス・リスティガー
王蜂騎士団の参謀である細目の男。ガルドとはまったく正反対の性格をしているが、「鉄壁のガルドにして狐智のフックス」と言わしめるほど、騎士団では双璧の一角を成す実力者である。
・・・最も、私が常々考え抜いた様々な案を、この男には悉く論破されている。故に私はこやつのことが好きではない。
「そんな事より、これより王蜂騎士団緊急会議を行う!フックス、今すぐ全員に召集をかけろ!」
「また緊急会議ですか、今月に入って何度目でしたっけ?」
「今度こそ、本当の緊急だ!なぜなら―――」
「ようやく野盗対策の突破口が見えたのだから!」
私の自信満々の言動に、流石のフックスも思わず目を細める。
「ほぅ……その盗人に扮した者が今回の突破口という訳ですか」
「・・・流石だな、お前がいると説明するのが省けて助かる」
・・・まさか、偽装を見抜くとは思わなかったが。
それから数分も経たないうちに王蜂騎士団全員が集まり、私はさっそく開始の挨拶とその議題について説明を開始した。
「これより、王蜂騎士団緊急会議を始める。議題は――近年、我々を悩ます卑しき野盗跋扈に対する打開案を、ついに発案する時が来た!!」
シーン……束の間の静寂。
遅れて小言がボソボソと呟かれる。
「またこの議題か――」
「何回目だよ――」
「当面はどうにもできないって話だったよなぁ」
「どうせまたフックス様に論破されて顔真っ赤にして飛び出していくに決まっているさ」
「あれは笑えたな――俺はてっきり頭上からトマトソースが飛び出すかと―――」
ドン!!!!
聞くに堪えない小言が飛び出し、私は壇上を思いっきりぶっ叩いた。
言った奴の顔だけはしっかり覚えておこう。
「まぁ、良い。確かに今まで様々な案を出した私だが、狡猾な賊どもに何度も煮え湯を飲まされてきたのは否定しない」
「だが、昨日。長い事燻っているこの問題を見事に解決した者がいる!――紹介しよう、入れ!」
そしてルッツが男を連れて会議所に入る。
男は頭を袋で隠されたまま、両手両足を縛られたまま項垂れるよう――
「お、おいルッツ!拘束は解けとさっき言っただろう!!」
「あ、そうでした!ついうっかりしてしまい・・・」
慌てて拘束を解くルッツ。そして現れたのは顔を真っ赤に泣き腫らし、鼻垂れ坊主のようになった男の情けない顔だった。
「や、やっとで解放されたぁ!!」
ざわざわ・・・
ざわざわ・・・
「ご、ごほん、それでは今回、野盗対策の案を説明してくれる、説明してくれる・・・・」
え、えっと・・・
こやつ、名前をなんと言うのだっけ?
私はとりあえず、打ち合わせを確認するよう慌てて男に近づき、耳元で話しかける。
「おい、まずその情けない顔を正せ!あと、お前の名前を教えろ、この際だ、なんでも構わん!」
「え?あ、これから会議なんですか?もう本当何もかもいきなりすぎて、早くお家に帰りたい・・・家ないけど」
「いいから早く名前を言え!」
私は見えないよう男の腹を強く小突く。
そして―――
「すまない、いきなり招集してしまったので彼も少し混乱しているようでな」
「それでは、今回、野盗対策の案を講じてくれる―――ナッシー・ナモスラだ。では、議題を進めてくれたまえ」
そこでようやく私は議題を男に丸投げする。
さて、これが吉と出るか凶と出るか―――。




