第19話 ―生きていても、会いたくない―
―慟哭は突然に
「桶要りませんかー?桶どうですか~?ちょっと漏れるけど本当にちょっとだけですよ~」
あれから俺は、変装は完璧だが桶の売れ行きがイマイチな日々を送っている。そりゃ漏れるし、原価もタダみたいなもんだしなぁ。
ま、野宿さえ気にしなければ、なんとやら。
しかし、ここ最近妙に嫌な悪寒を感じずにはいられない。
コソコソしているからだろうか?
何もしていないはずなのに、まるで時効を待ち続ける指名手配のような後ろめたさ。
いや、もしかすると俺のやる気の無さに嫌気がさしたペンネルさんがすぐ後ろに―――な、なんてな。
いや、ほんまにおったらどうするねん・・・こういうのあかんてほんまに。
なんて一人でノリ突っ込みをしているその時だった。
「すいませーーーん!どなたかあの人見ませんでしたかー?」
あれ、あれってヤマナさんだな、なんか誰かを探しているっぽいけども。
――――――!!!
って、おい!隣にいるのあの姫様じゃん!!いや、マジでなにしてるのあの人!!!見つかったらコロされるって言うのに!!!
そして、その声に応じてご近所の皆さんが一斉にこちらを指差した。
そして・・・
あ・・・
いや、いやだ・・・!!
「やはり・・・貴様だったか!!」
「いやああああああああああああ!!!!!」
俺は生まれて初めて女のような悲鳴をあげた。
男でも高い声ってでるものなのね。
ー変質者、拘束する
「いやああああああああああああ!こ、殺されたくなああい!!!」
フードの中の男は、紛れもなくあの時の男だった。
「お、おいちょっと待て!!」
だが、その男は私を見るなり女のような悲鳴を上げ、その場から逃げようとしている。
「・・・逃がさん・・・お前だけは・・・!」
「ルッツ!!!」
「はい!!」
私の号令と共にルッツがすぐさま男に飛び掛かり、その首を絞めあげた。
「う、うぐぐぐ、ぐるじい・・・タップ、タップ!」
タップ?
参ったと言う意味か?
「もういい、ルッツ、離してやれ」
「はっ!」
「はぁはぁはぁ・・・」
「ほう、今回は随分と喚き散らすじゃないか」
「何か余程思い当たる節があるようだな」
「ひぇ!いやいや、何も、何も、俺は何も悪くない!!!」
こいつ……明らかに動揺しているな。
まぁ無理もない。こいつからすれば、今の私は冷酷残忍な悪の暴君に見えてならないのだろう。
ま、とにかく、こいつからは色々と聞き出さなければならない。場合によっては投獄も
――そう考えていた、その時だった。
「ホントなんで急にいなくなったりするんですかねー?こんな書き置きなんか残して」
「あ、ヤマナ殿・・・?」
気づけば、ヤマナが男の後ろ髪を鷲掴みしながら明るい笑顔で問い詰めていた。
「それになんで逃げるんですかー?何もやましいことないのなら逃げなきゃいいんじゃないですかー?」
「ヤマナさん・・・離して、話を・・・これには深い事情が・・・」
「ふふふ、じゃもう逃げませんよねーというか今度逃げ出したら・・・」
「殺しますよ?」
その瞬間、ヤマナの顔が急に真顔に変わる。さすがの私も、その時ばかりは敵に回す相手を見誤ってはいけないと心に誓った。
「・・・は、はひ」
「よし、それじゃここでは何ですし、とりあえずギルドへ戻りましょうか」
「プリシア様方もそれでよろしいですか?」
「あ、ああ、助かる」
「は、はい!」
「あの、ヤマナさん?俺立てるし、そんな何時までも頭引っ張らないで・・・引きずらないで・・・痛い・・・そしてすごく怖い・・・助けて・・・誰か・・・」
その声を無視して、ヤマナは無言で男の髪を鷲掴みしたまま、片手だけで男を引きずり連行していく。
私はその後ろ姿に、覇者の夢を見た気がした。
―尋問という名の再会
そこは冒険者ギルドの応接間。
気づけば俺は椅子に座らされ、その椅子ごと縄でぐるぐる巻きにされていた。
対する位置には姫とその従者と思しき女騎士、そして何故かヤマナさんとギルドマスターまでいる。
・・・一つ聞きたいのだけど、俺、本当に何かしたっけ?
もし、誤解や偏見でこんな目にあっていると言うならこの世界はなんと理不尽な(以下省略)
「プリシア様、お茶をどうぞ」
「貴様はこのギルドの代表か、突然押しかけてすまなかったな」
「新興街東部のギルドマスターを任されております、ヴァルター・クロイツェルと申します、以後、お見知りおきを」
「・・・それにしてもヤマナ君、困るな、仕事中に抜け出すとは」
ギルマスは姫にお辞儀をして、すぐにヤマナさんの方を見る。物腰は穏やかそうに見えるが、逆にそれが怖い。
「すみません、プリシア様が急だってことだったので!」
ぺこぺこと謝りながらもさりげなく姫に責任転移している所もヤマナさんらしい。
「まぁ、いいでしょう。それでお取込み中であれば我々は席を外しますが?」
「うむ、そうしてくれるか。この男には色々と聞きたい事があるのでな」
「分かりました、では、我々はここで失礼します。何かご用がありましたら、遠慮なくお申し付けください」
そう言ってギルマス、ヴァルター氏は部屋を後にしようとした。
「・・・ヤマナくん」
「あっ、やっぱり私もですか?」
ヤマナさん・・・ちゃっかり残ってあわよくば話のネタにでもしようと思ったのだろうが、そうはギルマスが許さなかったらしい。
二人が出て行ったあと、しばしの沈黙―――。
「それにしても、あれから1年半程か」
「はぁ…」
俺は何を話していいのか分からず、適当に相槌を打つ。
下手な事は一切言ってはならない。
「プリシア様、この不届き者、どうされるおつもりですか?」
その返事をやる気がないと受け取ったか、血の気の多そうな女騎士が今にも斬りかかりそうな目で俺を睨んでいる。
「いや、ちょっと待ってくださいよ!そもそも何で俺こんな目に合っているんですか!?」
「それは・・・そう、だけど・・・・・・」
「プリシア様、そもそもこの男、どうして拘束されているのですか?」
「ん、それはあれだ。逃げようとしたからだろう?」
「なるほど、つまり、何かやましい事を企んでいると・・・」
「ルッツ、少し黙ってくれないか」
「え…?は、はい」
姫に注意され、女騎士は直立不動の姿勢を取り、口のチャックを閉めるような仕草をした。
「ところで・・・」
「アレはまだ作り続けているのか?」
「アレですか?」
「ああ、アレだ」
アレ――流れ的に絶対蜂煎餅の事だよなぁ…正直、その流れに持っていきたくはないのだけど。
俺はとりあえず、今は蜂煎餅は作れない事を説明する。
「そうか、ここではあれは作れないか・・・」
「はぁ、今も森にはそれなりに調査はしているんですが、代わりになるようなものはまだ見つかってなくて」
「そうか・・・あのようなものがこの国に広まれば、あの時のような飢饉にも有益に働いたであろうな」
そりゃ、まぁ救荒食と考えれば、ことに辺境で暮らす貧しい村の人達なら大勢生き残る事ができるだろうけど・・・。
・・・ん?
この流れは――――?
「フッ、気づいたか。お前はさぞ私が憎んでいるとでも思ったかもしれないが、私は別にお前を憎んでなどおらん」
「それにあの時、国王陛下を説得できなかった私にこそ非はある」
「それに・・・私は――蜂虫の王女、そう呼ばれるのを寧ろ好ましく思っているくらいなのだよ。お前も聞いただろう?私の噂を」
・・・政権争いからも見放され、国王からも見放されたと言う、あの噂か。
「全く、実に情けない限りだ。王族という地位にぶら下るだけで何も成し得ぬ。その証拠に民草も私のする事をあまり快く思っておらぬようだしな」
「プリシア様、そのようなことは!!」
「よい、私は事実を言ったまでだ」
「そして・・・そんな私の前に、またお前が現れた」
うん、ここは「捕まえた」に訂正して貰いたい。
「辺境の村で非常食とやらを作り、そしてこの王都でも紙の技法を生み出した」
「まぁ、そうなりますかね」
「僥倖・・・いや吉凶か」
そう言うと、少し考え込むよう手に顎を乗せて黙っている。それから少し影を落としたように暗い顔つきになり、さらには思い出したくもないとでも言うかのよう首を横に振った。
「つい先日のことだ。この辺りで野盗の襲撃があってな」
「ああ、あれですか、酷かったですね」
「なんだ、お前もいたのか。私はその時賊を討ったが、街の被害を食い止めるまでには至らなかった」
なるほど、姫はその事を大きく気にかけているらしい。そういえばあの時かなりのご立腹だったっけか・・・。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「あの時、どうして門を解放させなかったんですかね?門の中に皆を誘導させればもっと被害は少なくて済んだ―――」
ドン!!
俺の言葉が終わるよりも先に姫が机をどんと強く叩いた。
「それは言ってくれるな。王は・・・あの男は門の外の人間などどうでも良いとさえ思っているからだろう。故に治安維持の増強にも、決して首を縦に振ろうとしなかった」
「そんな体たらくで私に治安維持の全権を預けると言うのだからな。さぞ心の底では馬鹿にしておるだろうさ」
――ふーむ、治安維持か。
まぁ、上の人間が下の人間にそこまで関心を持たないのは、むしろ当然なのかもしれない。逆に、姫がここまで民のことを想っていることのほうが意外に感じた。
恐らく、理想が高い人なのだろう。
馬鹿正直で
真面目で
全てを背負って
その重圧に押しつぶされそうになりながらも、どこかで道を模索している
だが、助けてやりたくても、俺にはどうしようもない。せいぜい、野盗に財産を奪われないよう、戸締りはしっかりしろなんてアドバイスするしか―――
「すみません、姫様」
「ん、どうした?」
「新興街の治安を脅かす相手というのは、野盗だけですか?」
「うむ、大方、そう言い切ってもいい」
「なら―――」
俺はある提案を姫に持ちかけた。最初こそ二人とも懐疑的だったが、最後の方では見る見るうちにその表情も変わっていく。
「この方法なら野盗相手くらいならイケると・・・」
「ちょっと待て!!!!」
「はい?」
「その話、私とルッツだけでは目に余る・・・」
姫は少し考えた後、何かを決心したように俺にこう言い放った。
「明日、我が王蜂騎士団は緊急会議を開く事にする。そこでお前は先ほど言った話を皆に説明するのだ」
「ちょっと待ってくださいプリシア様!このようなどこの馬の骨とも分からぬものを騎士団に招き入れるなど・・・」
「ルッツ、お前も聞いたであろう?こやつの作戦を、それを皆に納得させる事が、お前にできるか?」
「いえ、それは…」
「こいつが先ほど言った事。それを我が団全員に聞かせる事で言質を取らせる。そして、もし、その作戦が上手くいけば・・・・・・」
「この男は間違いなく本物だ」
その時、俺は初めて姫の笑みを見たような気がした。
そう―――勝ち誇るような、不敵な笑みを。




