第18話 ―邂逅ト絶望― 後編
―新興街の製紙工房
その場所へ着いた私は、ルッツと共に目の前の光景に驚愕した。
そこでは紙作りによる一連の工程が巧みに分業され、各工程が無駄なく繋がることで、今までに類を見ないほど効率化されていた。この工房を見れば、あの生産量も納得がいく。しかし――これほどまでの技術がどうして急に?
「ふぉっふぉっふぉ、これはこれは、この国の王女殿下自らのご見学とは、まことに光栄なことでございますな」
「そなたがナジーム・アル=ファリード殿か、なんでもかの東方では名の知れた大商人であったそうだな」
「そんなものは最早何の意味もございませぬよ。ふぉっふぉふぉ」
「ところでナジーム殿、この卓越した技術による工房、そなたが考え抜いたものなのか?」
「いえ、わしはただこの技術に投資したまでのことですじゃ」
「・・・それでは、東方より誰かが技術を持ち帰ったということか?」
「いんや…あやつがここにおればすぐにでも呼んでこさせたのですがのぅ」
「あやつ?」
「左様。かれこれ半年以上も前のこと。この辺りに、何やら怪しげなものづくりをする青年が現れましてのう」
「聞けばその青年、なんと紙を作って一山当てるつもりだったと言う。しかし、その青年が作れたものと言えば…ここにあるものとはまるで違う、陳腐な出来栄えでしてのぅ」
「しかし、わしはその時、天啓を受けましたのじゃ」
「これは・・・世を覆す程の大仕事になるぞ。と・・・」
「そして、わしはその青年と結託し、多額の借金をこさえて、なんとかこの工房を立ち上げ……」
「そして――」
「紙を量産することに成功した……」
「ふぉっふぉっふぉ、その通りですじゃ」
「…………」
「……どうなされました、殿下?」
「いや」
私は思わずルッツへ視線を向けた。
「その青年というのは……一体、何者なのだ?」
「それが何とも無欲な男でしてのう。わしとしてはそのまま共同の出資者という肩書で、うちにおいても良かったのですが・・・」
「原料である樹皮の採集をすると言って、この工房を出ていきましてのぅ」
「・・・・・・何故だ?」
「ふぉっふぉっふぉ、さて、人の心など誰にも計り知れぬものですじゃ、ですが――」
「あやつは森が好きじゃとも言っておりました。おそらくはそうした仕事が性にあってると思ったのでしょうなあ」
それから私はナジーム殿と別れ、休憩がてら少し休む事にした。
「はぁ、ダメです。私にはさっぱり分かりません」
「案ずるな、私も分からん」
あの話を整理するに、その怪しげな青年は紙を作る技術を持っていた。だが、
そこから先の進展を見出すことは出来なかった。それでナジーム殿と結託し、
見事にあのような工房を立ち上げた。だが――その後青年は出て行った。
その理由が森が好きだから―――?
紙を作れる程の未知の技術を持つ男が、森へ帰る??
その時、私の脳裏に微かな記憶が蘇ってきた。
あれは大飢饉の調査をするよう勅令を受け、辺境伯の馬鹿息子と一緒に
とある村へ立ち寄った時の事だ。その村は周りが困窮する中において、見事なまでに飢饉という災害を乗りこえていた。
そこで出会った青年――。
今にして思えば変な奴だった。
今にも処刑されるというのに、命乞い一つせず、それを受け入れていた姿。
「俺、二回目ですから」
……確か、そんなことを呟いていた。
あの時は何を言っているのか、さっぱり分からなかったが――。
なんとなく、私の中で、何かが繋がり始めていた。
「クク・・・クックック」
「・・・あのプリシア様?」
「ああ、すまぬ。少し、昔を思い出していた」
思えば私が蜂中の王女と呼ばれる事になったのも、全てはあの男のおかげだったな・・・。
「それで・・・何か分かったのでしょうか?」
「いや…私が思い出したのは、かつて同じように奇妙な術を用いてかの村を救った男がいた。それだけだ」
「もしやその男、あの出て行ったと言う謎の青年と関係があるのでしょうか?」
「・・・わからぬ。だが、この世界でこのような奇妙な事をする男が何人も居るとは思わぬ」
「では・・・!」
「ああ、ルッツ。今すぐ冒険者ギルドへ向かうぞ!!」
―見えてきた糸口
私はさっそく冒険者ギルドへと足を運んだ。
今でも、樹皮の皮を採取しているなら、奴がここを出入りしている可能性は高い。
「いらっしゃいま―――これは、プリシア様、ようこそお越しくださいました」
入ってすぐ、勢いよく挨拶をしようとした受付の女性が畏まって大きくお辞儀をする。
「すみません、今、ギルドマスターを呼んでまいりますので」
「いや、礼には及ばぬ。少し聞きたい事があってここへ来たのだ」
私はそこで事情を説明した。
「ああ、その人なら知ってますよ!なにせこの辺りじゃちょっとした有名人ですから!!」
「やはりそうか――それで、そやつは何処にいるか分かるか?」
「はは、それがですねぇ・・・」
そう言うと受付嬢は一枚の紙を差し出した。
そこには、
『一身上の都合により、しばらく旅に出ます。絶対に探さないでください』
「……は?」
「……は?」
私とルッツは、思わず顔を見合わせた。
「これは、一体どういうことだ!!!」
その文を見た時、私は何故か無性に心の底から苛立ちを感じた。
「そ、そう言われましても・・・あ、もしかして――」
「なんだ!!何か知ってるのか!!言え!!!」
「プ、プリシア様!!!首は!首はダメですっ!!!」
「はっ!」
気が付くと私は受付嬢の首を思いっきり両手で絞めていた。けして他意などない。
「うぐぐ・・・死ぬかと思いましたぜ・・・」
「まぁ、えーっと、少し言いにくい事なんですが―――」
それから受付嬢から事情を聞く。
「―――と、いうわけで、何故か『蜂虫の姫』というあだ名がプリシア様を指すものだと分かった途端、突然発狂致しましてですねぇ……」
「『うあああああああああそれ俺だあああああぁぁぁ!!』――って、一体何のことなのかはさっぱりでしたけど」
受付嬢の迫真の演技―――それで、私の中で全ての線が一つに繋がった。
間違いない、あの男だ。
「ククク・・・フフフ・・・‥ハーッハッハッハ!!!」
私は笑いを抑えられず、大声で笑い飛ばした。
「間違いない!私に蜂虫の烙印を押した、あの男だ!!!」
「あー!!!なるほど!そういうことですかー!!」
「え?あの・・・すいません、私だけちょっとよく分からないのですが」
「ルッツ!今は後で説明する!!それよりもそなた・・えっと名は」
「ヤマナです、ヤマナ・ターニャと言います!」
「そうか、ではヤマナよ!あの男がどこで隠れているか・・・いや、何処へ隠れそうか分かるか?」
「いえ、分かりません!!」
「あ、でも、こういう時は近所の皆さんに聞くのが一番かとー!」
「名案だ!ではヤマナ、貴殿も付いてきてくれ!!」
「はい!合点承知いたします!!」
「えっ?あの受付の仕事は・・・?」
「だいじょうーぶです!ギルマスが代行しますから!!」
それから私は意気揚々と、周辺の捜索を開始した。
あんな辺境から遥々ここまで来たと言うからにはきっと、遠くまでは行ってはいない。
故にあの男はきっとこの近くに隠れている――私がそう考えていた矢先だった。
「すみませーん、どなたかあの人見かけませんでしたかー?」
今思えばあれを鶴の一声とも言うのだろうか・・・。
全員が等しく、謎のフードを被った男を指差したのだ。
私は、ズカズカとその方へ駆け寄り、そして・・・その怪しげなフードを強引に引き剝がす。
「やはり・・・貴様だったか!!」




