第17話 ―邂逅ト絶望― 前編
野盗襲撃事件より数週間後――。
聖方スランティア王国の中心。その巨大な王城より遠く離れた場所に、一軒の小さな家がある。
かつて滅亡したとされる没落貴族が所持していた屋敷――そう呼ぶにはあまりにも小さく、もはや屋敷とも呼べぬような家だ。
そこが、私と従者であるルッツの住まいである。
ルッツは私の元へ赴任されて、まだ一年も経っていない。
その先代を務めていたのが、彼女の父親である老騎士アルマーだ。
アルマーは私と母、親子二代にわたって私たちを見守り続けてくれたが、去年、隠居を宣言した。その後を継いだのが娘のルッツである。
ルッツはまだ年も17と若く、
まだ騎士としては未熟だが、アルマーより鍛えられた剣術の腕は確かである。それに、アルマーと同様に私を慕ってくれるよき理解者だ。
まだ華奢で健康的な褐色の肌をした、可愛らしい年頃の娘。髪は私よりもさらに短く整えているが、時折くせっ毛が目立つ。こうして二人で長くいると、まるで妹が出来たとさえ思う。だが、身分の垣根を越えるほどの仲ではない。
「おはようございます、プリシア様」
「おはよう、ルッツ」
毎朝、私の一日はルッツが淹れてくれる紅茶から始まる。
その時間には必ずルッツも同席し、私たちはそれぞれのカップを軽く持ち上げて、朝の挨拶を交わす。
これは、日頃から身の回りの世話をしてくれているルッツへの、私なりのささやかな感謝の表れである。
「ルッツ、お前にも本当にすまないことをした」
「私のような者に謝るなど、恐れ多いです……」
私がルッツに謝罪をしたのは、先日の野盗討伐による懲戒の一件である。あの時の私の行動は、王族としてあまりにも無謀なものだった。
そのお咎めとして、私とルッツは一週間の謹慎を命じられたのだ。
「大丈夫ですよ。いつもの見回りなら副団長を始めとした我が隊の精鋭集団が
抜かりなく励んでいる事です」
「ああ…」
ルッツの明るい言葉に、私は少し浮かない返事で返す。
あの一件以来、私はずっと考えてきた。
あの時、どうするのが正解だったのかを。
「ルッツ」
「はい、プリシア様」
「気晴らしに市場にでも行くか」
「えっ今って謹慎中じゃあ?」
「なに、騎士団に顔出しさえせねば、バレやしないさ」
そう言うと私はルッツの手を強引に引き、素早く支度を済ませて街へ出る事にした。
中心街市場は相変わらずの盛況っぷりだった。王族である私がこうして街を自由に歩き回れるというのもまた皮肉な話なのだが…そんな事にかまわずこうしてルッツと市場を歩き回れるのは私にとって良い息抜きの一つである。
異国から来た様々な品を見て回り、二人で色々と話すのが私は好きだ。
そして何を買い、何を必要とするのかも、私はルッツに任せている。支度金を始めとする生活費の管理は、すべて彼女に任せているからだ。
私は物心ついた頃から、何かを貰ったと言う記憶が乏しい。
私の誕生日にいつも何かを贈ってくれたのはアルマーだけだった。
それも何とも無骨で、不器用さが滲み出たような不格好な木彫りの馬。それから木剣、木で作られた王冠なんてものもあったな。今にして思えば、アルマーにさえ女扱いされていなかったのだろう。まあ、私自身がこんな性格なのだから、無理もない話なのだが。
そんな過去の想いに耽っている時、不意にルッツが私の腕を引っ張った。
「プリシア様!あれ、あれを見てください!!」
ルッツは驚きの目を隠せないといった様子で指を差している。
確かにその光景は今までになかった異様さだった。
「あれは・・・紙か!しかし、何故あれほどまでに大量に!!!」
そう、いつもなら通り過ぎていそうなその露店の片隅に、ひと際目立つ紙の露店が、大きく構えていたのだ。そして、そこには今にも紙を買い求めようとする大勢の人々でごった返していた。
私は驚きのあまり人の目も気にせず、その列に潜り込んで店主に詰め寄った。
「おい、この大量の紙は一体何だ!?」
「ああ、これはプリシア様ではございませんか。ですが本日はごらんの通りの
大盛況でございまして、申し訳ありませんが説明はのちほど致しますので、今日のところは何卒ご勘弁を」
店主に早口でそうまくし立てられたと思ったらすぐに店の外へと突き出された。それにしてもあれ程までの紙を一体どこから・・・?
私はもう一度店主の顔を見る。
どこかで見覚えがあるが、思い出せない。
「おい、ちょっと聞くが、あの店主はどこの者だ?」
私はすかさずすぐそばの露店に事情を聞いてみた。
「ああ、あちらはマルコー商会の者です。最近、新興街で紙の量産に成功したとかで、そのせいでこれまで紙を売っていた商人たちがすっかり商売上がったりだそうですよ」
マルコー商会だと?
私はその名を聞き、自分のこめかみに皺を作る。
カリメア・マルコー
最近、急成長を遂げた新興商会。
一部の貴族の戯れをきっかけに、一気に成金へとのし上がった変わり者として、その名を轟かせているとは聞いていたが……。
「ルッツ、さすがにあれは気になるな。夕方ごろにもう一度店主に話しを聞こう」
「はい」
立場上、私が直接マルコー商会へ乗り込むのは不味い。ここは一旦退いて、客足が落ち着いた頃に、また出直すのがいいだろう。
――――――
夕方になり、私たちは店主を捕まえ、話を聞いた。
「それで、この大量の紙を一体誰が量産しているというのだ?」
店主は少し悩みながら、それでもすぐ考え直すように返事をした。
「まぁそれくらいなら大丈夫でしょうか、この紙は城外の新興街
にてナジーム・アル=ファリードと言う老練の商人が作り上げていると聞いております」
「ナジーム・アル=ファリードだと?聞いたことがないな、名前からするに
東方より流れ着いた者か」
「ええ、私も詳しい事は存じませんで・・・」
「つまり、マルコー商会はそのナジームという方から大量の紙を購入している
と?」
「はい、その通りでございます。詳しい事は直接お伺いになった方がよろしいかと」
そう言うと店主はナジームがいるという場所を地図で教えてくれた。
「すごいですね・・・こんなメモにまで紙を使用できるなんて」
「全くだ、だが一体何故、こんなに大量の紙が量産できるようになったのだ」
通常ならば紙は高級品であり、一部の者しか扱えないとされる貴重品であった。それが大きく覆るともなれば市場は大きく混乱することは目に見えている。
とりわけ、紙を扱ってきた貿易商などは大変な打撃を受けるに違いない。
とはいえ、これはある種の革命とも言える。
紙が安価になり全ての民に普及すれば、それだけ学術なども大幅に向上するだろう。だが、それはそれで、これはこれ。
私は明日の朝、そのナジーム氏とやらを訪ねる事にした。
――俺、隠遁を計る
あれから色々と考えた末、俺はしばらく街のはずれへと身を隠すことにした。
冒険者ギルドには、
「一身上の都合により、しばらく旅に出ます。絶対に探さないでください」
と、いう書き置きを残しておいたので問題はない。
まあ、俺が抜けたぐらいで樹皮の供給が滞ることもないだろうし。
そういうことで、俺は今、街はずれの郊外にて、前に作ったあの桶づくりに勤しんでいるというわけだ。
「何を言っているんだい?別に君が今から始めたって構いやしないんだけど?」
あの時のペンネルさんの言葉が頭を過る・・・。
まさか、本当に俺がこれをまた作るハメになるとはな。
俺は、失った先人の知恵を無駄にしないためにも、こうして桶を作り、それを売りながら身を隠すことにした。しばらくは、ここでひっそり商売をしていれば、俺の身もくらませられるだろう。
それにしても、あれから色々考えたが、どう考えても不可抗力すぎやしないか?
確かに大蜂煎餅のレシピを教えたのは、まごうことなき、この俺だ。
しかしだ、その後のことまで責任なんて取ってられるか、と俺は言いたい。
俺はあの時、金貨一枚という対価を受け取った。そこで交渉は成立したはずだ。
何をどう言われようが、俺が処刑される筋合いなどない。
とはいえ、あの女性、いや、確かこの国の第12王女だったか。
今思い返しても、あの時の恐怖に戦慄が走る。
あの血走った目、血がにじむような涙と怒り・・・。
間違いない、見つかったら間違いなくこれにされる。
「なんで俺が何度も何度も処刑されねばならんのよ!」
ホントこれに尽きる。
ん?処刑は一回だけであとは自業自得だったって?
まぁ、それはそれとしてだ。今後の俺の商売計画を説明する。
まず、桶を売る。場所はペンネルさんが居た場所が最適だろう。ペンネルさんが地道に培った販路をそのまま利用すると言う手だ。その際はしっかりとフードを丸被りし、こちらの素性が分からないようにする。なに、流れ者ならいくらでもいるし、俺が誰だの皆気にも留めるはずもない。
どや!完璧だろ!!
俺は心の中で自分の用意周到さに感服さえする。
だが――――
何故かこの商売を始めて数日たっても、桶は売れないどころか、何故か俺を見る周りの目がおかしい事に気づく。
「ほら―――あの人」
「いや、まさか…だってあの時――」
「まさか、死者が怨恨を断ち切れずにアンデッドに・・・?」
あれれ、おかしいぞー?
皆なぜ俺を見てそんな妙な顔をしているんだ?
その時だった。
「おいオメェ・・・一体何者だ!?」
ちょっとコワモテのオッサンが俺のフード越しに俺の顔を覗き込もうとしている。
不味い!!
「あはは、わたしゃ最近流れ着いた旅の者でして~けして皆様が思っているような怪しいものなど――」
「あ?‥‥ってお前、一体何してるの?」
その顔は、工房で良く知る馴染みの職人だった。
俺は慌ててフードを深く被り直す。
「ちょ、ダメですって!今ちょっと訳アリで、顔出すと不味いんですって!!!」
「そんな事言ってもお前、このままだとペンネルの亡霊と勘違いされて、その内お祓いされちまうよ?」
――なんということでしょう。
どうやら俺の変装が完璧なあまり、周りの人々に変な誤解を生みだしてしまったようだ。と、いうことで俺はフードから顔を出し、周りのご近所様に全面的に健全な自分である事をアピールし、何とかその場を凌ごうとした。
ああ、よかった。皆、最初こそ怪訝な顔をしていたが、なんとかご理解頂けたらしい。
なんにせよ、これで打つ手は盤石だ。
あとはしばらく時が過ぎるのを待てば、あの姫様だって俺の事なんざすっぽりと頭の中から忘れ去るだろう。
きっと忘れてくれるに違いない。




