第15話 ―目まぐるしく巡り行く―
―日々の日課
樹皮の採集は俺一人でどうにかなる量ではない。
クエストを受ける際は普通に数人、時には数十人という大所帯になることもある。
そのおかげで、何かあったとしても一人で行動するよりは遥かに安全になった。非戦闘民である俺にとっては大助かりである。
それに加えて、あわよくば野草や「ジャイアント」と名の付く有益な生き物有益な生き物でも探そうと思ったのだが――
野草はともかく、王都周辺では大蜂どころか、ミミズさえ発見できなかった。
一見すると何の変哲もない平凡な景色に見える。だが、さすがに半年以上も歩いてきたのだ。地域が変われば、生態系も色々と変わるということなのだろうか。
――悲しい。
それはそうと――。
「あ、何時もお世話になってまーす」
今ではすっかり馴染みとなった冒険者ギルド。
採取クエストが新たに追加されたとあって、こちらも忙しくなってきている。
それにしても受付のヤマナさん。最近になってようやく名前を覚えたが、あのニッコニコの笑顔は初回限定の営業スマイルであることが判明した。
初めて訪れた人にはニッコニコの笑顔。ある程度顔を出すようになった相手には、普通の接客。
どうやら俺も、いつの間にか後者に昇格したらしい。
そんなヤマナさんは、栗色の髪を短く切り揃え、頭には三角形の頭巾を巻いている。さらにエプロンまで身に着けているため、冒険者ギルドの受付嬢というより、どこかの店の看板娘と言われた方がしっくりくる。
「いやぁ、でもあなた本当に何も出来ないんですねぇ」
打ち解けているのは良い事だが、最近はこちらが少し気にしている事をはっきりと突いてくるようになった。
「優良冒険者って言うからてっきり私もギルマスも凄腕のソロ冒険者かなんかだと思ってたんですよぅ。でも、実際はただ真面目に初級クエストをこなしていただけだったなんて――」
最初の頃とはうって変わり、今ではネタを見つけてはケタケタと笑う近所のおば・・・お姉さんという風になってしまったのが玉にキズではある。
「一応、紙に必要な樹皮採集という仕事を一つ持ってきてやったんだから少しは褒めたたえて欲しいところだけどな」
「それそれーそれですよー。なんでまた樹皮採取なんてやってるんですかー?せっかく紙を作ったのにその手柄全部持ってかれて、自分はまた冒険者稼業に戻るなんて、ま、おかげでこんな小さなギルドでも普通に紙が手に入るようになったのはありがたい限りですけどねぇ」
「・・・俺には爺さんのような商才は無いしね。それにさ――」
俺は紙を一枚取り出し、それをビリビリと破く。
「高級じゃなくなったら、所詮は紙。紙を作ったから素晴らしい、でも担ぎ上げられるほどじゃないだろ?俺は世界をほんの少しだけ、便利にしちゃっただけさ・・・」
「うわー!かっこいい・・・とでも言うと思いました?それ銅貨1枚です」
「うお!たっか!そんなにしないだろって、今じゃもう50枚で銀貨1枚が相場だぞ!」
「いーえ!物を粗末にした罰です。あと私への日ごろの感謝代も含めてます」
というわけで、かっこよく決めたつもりが、逆に日々の稼ぎの1割を持ってかれるハメになってしまった。ガラにもないことはしない方がよろしいということだ。それに、田舎に籠っていたよりほど効率的じゃないにしろ、毎日森へ行って色々と調査ができるという点ではやっぱりこっちの方が性にあっている。
また森で何かを見つければ、日々の食費を浮かせるしな。
―あの桶、パクられる―
王都についてかれこれ半年以上も経つと、それなりに顔なじみも出てくる。
最初こそどこか活気がなく、よそよそしい疎外感すら感じたけど、今ではすっかり賑やか・・・とまではいかずとも、街の雰囲気は良くなってきていた。
「や、やあ・・・」
いつも全身をフードで隠しているこの人物この街では一番の馴染みかもしれない。歳は俺より少し上、長身で優し気な人だが、体の方は少し良くない。
「ぺ、ペンネルさん・・・それ」
「ははは・・・そこそこの売れ行きだよ、君も買っていくかい?」
彼もつい半年前まではこの辺りで仕事に喘ぐ流れ者の一人だった。今では製紙工房で働く傍らで、変な露天商売を始めている。
「買っていく?ってこれ俺が前に作った桶じゃん!」
そう、そこに並べられているものはかつて俺が和紙作りの際に作ったあの桶であった。
「そう、これなかなか売れ行きがよくてね。おかげでいい小遣い稼ぎができたよ」
「できたよ・・・じゃなくてね。こういうのって転売・・・いや、技術盗用?ちょさくけんしんが・・・」
「・・・?何を言っているんだい?別に君が今から始めたって構いやしないんだけど?」
「ったく、参りましたよペンネルさんには。それにしても、よくそんなものが売れるだなんて思いましたね」
「そりゃここにいる人は何も持って来れる人ばかりじゃないしね。欲しい人はいるものさ」
「ちぇ、そういうことされると・・・」
「ますます、君は商才がないね。と馬鹿にされるかい?いいね、でも事実だ」
「今しれっと俺のこと馬鹿にしました?」
「してないしてない」
と、そんなやりとりもあり、この街の逞しさを改めて見直した。いや、ここは俺が反省すべきところなのか?まぁなんにせよ、前よりは確実に平和になりつつある。
そう安心していた時だった。
平和で何かを忘れた時、悲劇は訪れるというやつだったのかもしれない・・・。
―襲撃事件
見張り台から、けたたましい警鐘が鳴り響く。
辺りは一瞬にして騒然とする――一体何が起きた?と辺りを見渡す。
「野盗だー! 野盗が来たぞー!!!」
その声に合わせて、一斉に街がざわつき慌て始める。俺にとっては初めての事だったので命の危険を間近に感じたのを覚えている。だが、緊急の際でも中心街の門は解放してはくれなく、代わりに地下水路へ避難するように命じられた。俺は皆に「持っている者は全て投げ捨てろ!」と叫びながら、とにかく地下水路の方へと全力疾走した。それはもう無我夢中だった。
――野盗の襲撃はあっという間に過ぎ去った。だが、戻ってみるとその惨状は酷いものだ。
人の欲望が生み出す台風とでも言うのか、街は荒れ果て、家屋には火が放たれ黒い煙がもくもくと上がっている・・・。
泣き悲しむ人の声、焼け崩れる家の前で絶望する人――娘を連れ去られた夫婦。
そして逃げ遅れた大勢の人の無残な姿・・・その中に―――。
「ぺ、ペンネルさん!!!」
背中を切られ、血を流して倒れているペンネルさんを見つけた時、俺は急いでその体を抱き上げ、声をかけた。――返事はなく、その体の下にはペンネルご自慢のあの桶が無残にも踏みつぶされていた。
彼は――ようやくこの街で自分の居場所を見つけていた。
仕事を得て、工房で働いて、少しでも金を稼ごうと自分で商売まで始めた。
その結果が、これなのか。
必死に生きようとしていた人間から、その全てを奪っておいて、残ったものまで踏みにじる。
その光景を前にして、俺は初めて知った。
人の尊厳を踏みにじるということが、どれほど不条理で、憎らしく、そして悲しいことなのかを。
「今しれっと俺のこと馬鹿にしました?」
「してないしてない」
もう、あの時のくだらない会話は二度と戻ってこないのだ―――悲しい。
その時だった。
焼け焦げた街を、ひとすじの風が吹き抜ける。
黒煙を押し流すように吹き抜けた風の向こうから、馬群が怒号をかき消す勢いで駆け抜けていく。
鎧を纏った一団。
その中央に――。
「――王蜂騎士団、全軍に告ぐ!」
凛としたその声が焼け落ちた街に響き渡る。
「民を傷つけ、我が国土を荒らした賊を――一人たりとも逃がすな!」
「駿馬を駆る誉れ高き騎士よ! 姫君に続けぇーッ!」
「応っ!!!」
突如、土埃が舞い上がり、その中を一気に馬群が走り抜ける。
俺は最初に聞こえたあの声を、どこかで聞いたような気がした―――。




