第14話 ―紙を生みし者、冒険者に戻る―
突然の騒動に工房の皆も何事かと集まってきた。
「おい、これは一体…」
「おい、お前ら!じいさんを放せ!」
だが、借金取りの一人はお構いなしに大声で叫ぶ。
「全く、どいつもこいつも間抜けな連中ばかりだぜ、いいかよく聞け!お前たちはこのクソじじいのペテンにまんまとハメられたんだよ!!」
「ち、違う!!わしは騙してなど・・・」
「このクソじじいはな、お前らを全員奴隷にする代わりに大量の金を借りにまわっていたのさ!なぁ、そうだろ?吐けよじじい!」
「・・・それは・・・お金を借りるには担保が必要じゃった、だから――」
つまり、金を作る口実に俺達を最初から売っていたという訳か・・・。
「大体考えてもみろって、こんな薄っぺらい意味不明なもんが売れるだぁ?こーんなもん売れるわけねぇだろ、お前ら全員このじじいのペテンに付き合わされていただけなんだよ!!!」
「違う!!!」
気づけば、その言葉は俺の口から叫んでいた。
「おい、兄ちゃん何が違うってんだ?」
「この紙は皆で、皆で必死になってようやく出来上がった紙だ。この紙が普及すればあっという間に市場は大きくひっくり返る、この紙には・・・」
「世界を変える価値があるって言っているんだよ!!!」
――あの時は俺自身も驚いていた。自分の中にこんなにも熱い気持ちがあったなんて。
「そうだ、この紙さえ量産できれば――」
「市場を動かす力、世界を動かす力だって――」
「そうだ、俺達だってじいさんの博打に乗ったんだ、もう後にはひけねぇ」
「ここまでやったんだ、もう後には引けねぇ!」
「だったら最後までやってやろうじゃねぇか!」
「おまえ達……」
気が付くと工房の皆も俺の言葉に賛同していた。おじいさんはそんな皆の言葉に思わず涙ぐんでいる。
当たり前だ、ここまで一体皆でどれだけ苦労してきたかを考えれば、これがペテンの片棒担ぎだの言われて黙ってなどいられるわけがない。
「は・・・じゃあ証拠を見せろってんだ!その紙ってやつの価値を!そいつが借りた金を返す程の金を生み出す証拠ってやつをよ!!!」
「そ、それは・・・」
「ほら見ろ!お前らの言っている事は全部何もかもが上手くいったことの前提だろうが!!なにが紙だ、こんなペラペラなもんに己の命かけてる馬鹿どもなんざ・・・」
反論できずに黙っている俺達の前で、男は出来たばかりの紙を地面に叩きつけ、そのまま靴底で紙を踏みにる。さすがにここまでされて歯を食いしばる必要はない。俺は今にも俺達の努力を踏みにじる男の行動を止めようとした、その時だった。
「もうやめな!」
その時、工房中に凛とした声が威勢よく響いた。
「あ、姉御」
「どうしてこんな所に?」
「どうしたもこうしたもありゃしないさ、ほら、さっさとそのじいさん離してやりな!」
声の主に荒々しい二人が一瞬にして恐縮している。
その美しい女性はワインレッドの長い髪を後ろで一つに束ね、左右に分けた前髪が頬へと流れていた。年齢は30代前後だろうか、その熱く塗り固められた化粧とその香りが、工房全体を漂わせている。
「元、東国の大商人――ナジーム・アル=ファリード。お前さんがわざわざ私に頭まで下げて、金を借りて・・・一体何を始めるつもりなのかと思っていたが。なるほどねぇ。これだったのかい」
女性は地面に落ちた紙を一枚拾い上げ、それをおじいさんに突き出しながら聞いた。
「・・・ふぉっふぉ、なんじゃわしの事をしっておったのか」
「馬鹿だねぇ、知ってなきゃ金なんて貸しやしないよ。私はてっきりあんたがまたキナ臭い武器の密売でも再開しようかと踏んでいたんだがねぇ」
「ふっ・・・死の商人か、あんなもの、もうこりごりじゃ」
「ま、そりゃそうだろうねぇ。あんたの売った武器で一体どれくらいの人間が死んだことやら、自分の国も、大切な家族も――」
「よせ・・・もうそれ以上は言うな」
――ただ者ではないとは思っていたけど、ここまでの大物だったとは。おじいさん、いや、ナジームさんもきっと色々なものを失ってここへ辿り着いたのかもしれない。
「それで、今度は何をするかと思えば、なるほど・・『紙』ってわけかい」
「ただじゃ起きないとは思っていたけど、まさかその技法まで知っていたとはねぇ」
「いや、この紙の製法は東方由来のものじゃない。そこにおる青年が生み出したのじゃ」
――女性の鋭い視線がこっちへ向けられる。妖艶の淑女。
目を合わせるだけで心が吞まれそうだ。
「へぇ、お前がかい。じゃあ早速聞かせて貰うけど、お前はどうやってこの製法を知ったんだい?」
「それは・・・」
前はここで言葉を間違えて死にかけたんだっけか。
とはいえ、「異世界の記憶です」など言えるわけがないし・・・。
「田舎でたまたま通りすがった旅の人に聞いたんです。もちろん、こんな完璧な方法じゃなくて、もっと原始的なやつだったんですけど」
「ふぅん‥‥」
女性は俺の言葉の真偽を確かめるよう、俺の全身を見続ける。
「まぁそういう事にしておこうかね、ところでアンタ・・・」
そう言うと女性は俺の胸元を上から人差し指でなぞった。
「いい体してるわねぇ・・・」
そう言うと女性はニヤリと笑い、軽く舌をなめずる。先ほど奴隷というワードが飛び交ったが、このお姉さんの奴隷ならば寧ろ大歓――という不埒な考えが過る。
「姉御!その男は俺が先にぃ~」
もう一人の小太りの男が急にくねくねと体を揺らしながら、女性に何かをせがむように口を開く。
おい、本当にそういう変なメスだすのやめろ。
「ふん、私は様子を見てこい。としか言わなかったはずだけどねぇ」
「ですが姉御…本当にこんなもんで商売になるんですかい?」
「私も最初にこの爺さんが紙を作るなんて言った時は半信半疑だったけどねぇ」
女性が持っている紙を食い入るように見る。時折、手で質感を見たり、両手で引っ張ったりして、その状態を確かめていた。
「うん、これはイケるね」
「それで、ナジームさん。あんたこれをいくらでこの国にバラまこうってんだい?」
「10枚セットで銀貨1枚」
「それじゃダメだ、10枚セットで銅貨8枚!それならここで出来た紙は全部あたしが買い占めてやってもいいよ」
「ほ、ほんとうか!」
「ああ、ただし条件がある」
「その売り上げの6割はこっちの取り分とさせて貰う」
「ふっふざけるでないわっ!そんな暴利に付き合ってられるか!2割だ!!」
「5割!」
「いいや4割じゃ!」
「3割!!!これ以上言うなら本気であんたら全部身売りする事になるよ!」
「いいじゃろう!では3割じゃ、この工房で作られた全ての紙はそちらに売り渡す。それでいいじゃろう!?」
「ああ、いいね、それじゃさっそくこの出来立てホヤホヤの紙で書面契約と行こうか」
「ああ、分かった・・・交渉成立じゃな」
その時、おじいさんが俺に向けて軽くウィンクをしてきた。
――本当に、この爺さんには叶わない。
あの時はそう思ったものだ。
――それからおよそ三カ月後
あれから、この国初とも言える製紙工房はまたたくまに盛況になり、人も少し増え、今日も慌ただしく紙を作り続けている。その紙の評判は上々で、中心街でも安価なのに丈夫で質も良いと高い評価を得ているようだった。俺はひと際大きな籠に樹皮を入れるだけ入れ、久々の工房へと顔を出す。
「おお、仕事帰りかのぅ、ご苦労なこった」
「ああ、ナジームさん。どうです?工房の方は?」
「ふぉっふぉっふぉ、おかげさまでごらんの通りだぞい、あのおなごから借りた借金を返済してもまだまだ余裕があるぐらいじゃて」
「おおそりゃ、景気がよくてなにより。しかしナジームさん。あの金貸しの女性の事は知っていたんですか?」
「ふぉっふぉふぉ、もちろんじゃ。あれはこの国で近年急成長を成し遂げたやり手の新興商会。マルコー商会代表のカリメア・マルコーその人じゃて」
「なるほど、カリメアさんって言うのか。急成長って事はやっぱり結構危ない橋も渡っている感じなの?」
「そう・・・見せかけておいてあやつは割と健全派じゃな。そういう商売に手を出せば早々に足をつけて面倒事になるのを嫌っていると聞いたことがあるぞい」
「へぇ、じゃあ意外と真面目なんだなあのお姉さん・・・」
そこまで言ったところで、何故かナジーム爺さんが俺の頭を少し小突いた。
「ふぉっふぉっふぉ、だからお前さんは商才がないと言っておるのじゃ」
「よいか、この世で一番商売をしない方がいいやつは、真面目で、愚直で・・・それでいてなーんも考えとらんやつ、つまり、おぬしのようなやつじゃ」
「真面目で頑張っただけで商売が成功すりゃ苦労はせんわい、ふぉふぉっふぉ」
・・・そりゃナジームさんのような、時には大博打を打つような事をしなきゃ成功は掴み取れないかもしれないが、と、反論したくても結果を出せてないのは事実だし、確かに俺のような真面目で黙々と仕事をしたいやつは大きな成功など得られないのかもしれない。
まぁ、それでも――
「それじゃ、これ今日の分。この後報酬を取りに行くから、じゃあなナジーム爺さん」
「ふぉふぉふぉ、また、明日も頼むぞい」
工房が成功した事により、冒険者ギルドに新たなクエスト、『樹皮の採集クエスト』が追加された。俺はそのクエストの一部独占権を貰い、今では休むことなく半日かけては森へ行き、森の植生や生物などを調べつつ樹皮集めに勤しんでいる。工房に残る道もあったが、こっちの方が俺には向いている。それにギルドにも貢献したいしな。
色々とあったが、
俺はようやく王都での安定した生活と仕事を手にする事ができたのだ。




