第13話 ―紙を生みし者、貞操を危る―
―安定した生活?
謎のおじいさんと密約を交わして三日後。俺はとある場所に召集された。
どうやら俺の他にも数名ほど―――
あれ?この人達って・・・
俺は集まっている人の殆どが、新興街で路頭に迷っていた連中である事に気づいた。
(こんな連中ばかり集めて一体なにをしようってんだ?)
「よし、集まったの、じゃあ、さっそくだけどこれから工房を作るぞい」
そう言うと、おじいさんは見取り図を広げて全員に指示を出し始める。
土木の基礎工事から、木材の組み立てまで・・・はっきり言ってかなりの重労働である。
んー・・・あれ?
確かに紙の製法と引き換えに寝床と温かいご飯を提供してくれるという事だったし、仕事が終われば野ざらしにならない程度の小屋で寝泊りは出来るし、全く味も具もないスープとはいえ、温かい食事は提供されているけど・・・って―――!
「これ普通に仕事してるだけじゃねぇか!!」
『わしならこの紙を――』なんて言っておいて、結局は重労働のあっ旋かよ。
まぁ、仕事ができた事には感謝するが、何処か腑に落ちなさすぎる・・。
そういうわけで一緒に働く全員が雑魚部屋なので自ずと大所帯になり、色んな話が飛び交ってくる。聞けば皆、仕事も見つけられず路頭に迷っていた所をあのおじいさんにスカウトされたらしい。
「寝るところもあって食事もでると言われちゃあなぁ」
「なんでも、今やろうとしている商売が上向けば賃金だって出してくれるそうじゃないか」
「あの人は俺達の命の恩人だ」
命の恩人、そりゃそうなるか。
だが、そんな彼らにも共通した謎が一つあった。
「それで、あのおじいさん一体何者なんだ?」
――そう、結局そこだけは誰も知らないのである。
まぁこれだけの人数を集められるんだし、少なくともどこかの元大地主で、今は隠居暮らしでもしているとか、きっとそういう類の人物なのだろう。
ひとまず、皆の意見はそんなところで落ち着いた。
その翌日――。
「おい、これはこっちだ、それはそっち」
「あ、お前はちょっと齧っていたんだっけな。じゃあ、ここはお前に任せる」
「へい!」
と、何故か段取りを組んでいるオッサンや、その命令に従う若いお兄ちゃんなどが現れ、その場を仕切っていた。
昨日のだらだらムードとは一転して、今日は皆、慌ただしく動き回っている。
「ふぉっふぉふっ」
「いや、ふっ……じゃなくて、おじいさん。もしかして専門の大工を雇ったのかよ?」
「まさか、ありゃお前さんたちと同じ、あの場で路頭に迷っていた元棟梁の親父じゃよ」
えっ? という事は、あの人も昨日俺達と一緒に居たってこと?
全然気づかなかったんだが。
「ふぉっふぉっふぉ、人間と言うのは何もせずに生きてきたわけじゃのうて、皆がそれぞれに何かを成し、何かを失って初めて路頭へ迷うものじゃ」
「―――まさか、そこまで見据えて皆をスカウトしたのか?」
「いや、そりゃもう適当じゃ」
「適当かよ!」
「ふぉっふぉふぉ、しかしこうなる事は予想しとったよ。何もない人間などそうそうおらぬもの。たとえ一人では何もできずとも、ひとたび集まればなんとやらと言うしのう」
まぁ、そりゃ結果オーライだからそんな風に言えるんだろうけど、このおじいさん、見切り発車すぎるんだが……。
皆がまともに仕事しなかったらどうしていたんだろう?
――それからさらに一週間後。
それなりに人は多かったとはいえ、まさか一週間足らずで工房が建つとは・・・と言っても外だけで中身はまだ何もない。地面に至っては土をならしたぐらいだし。後、おじいさんの元ですっかりやる気を取り戻したのか、棟梁の親父たちは粋の良い若いのを連れてこの仕事から抜けてしまった。なんでも新たに大工工房を作って一から頑張るらしい。
感動の別れよろしく、皆で応援して送り出しちゃっているけど、おいおい、人員がごっそり減っちゃったぞ……。
「まぁ、なんとかなるじゃろ」
「それよりもみな集まりんしゃい」
おじいいさんはそう言うと、残っている全員を集める。
「これより話す事は他言無用じゃ。なにせここからが本気の見せどころじゃからな」
いつものほほんと構えているおじいさんから笑みが消えた。なるほど、機密を重視する為にあえて棟梁たちを追いやったのかもしれない。
「これより、わしらが作るのは――『紙』じゃ」
「「・・・神?」」
「そう、神・・・ちがうちがう、神じゃない紙じゃ紙じゃ!」
ざわざわ…
ざわざわ…
「・・・なぁ、紙ってなんだ?」
「紙っていやぁ書くやつだろ?」
「見た事あるか?」
「ないなぁ」
――おいおいおい、そんなレベル?皆、紙をご存じない?
「まぁそれにおいては、そこの若いのが詳しく説明してくれるぞい」
「へ・・・お、俺?」
おじいさんはこくりと大きく頷く。まぁそりゃ確かにこの中じゃ俺が一番紙に詳しいが・・・俺はとりあえず紙について、そしてその製造方法について皆にレクチャーしていく。地面が土だったのでそのまま枝で描きながら説明出来たのが良かった。
「紙の作り方についてはこんな感じです。問題は余りにも手間がかかり過ぎて量産が難しい事と、あとはそもそもどれくらいの大きさで、どれくらいの品質に持っていくかが、イマイチ分からない所ですかねぇ」
理解したのか、してないのか、皆神妙な趣で唸っている。
「まぁ、聞くより見るが早いじゃろ、皆にはこういうものを作って欲しいのじゃ」
そういうとおじいさんは一枚の麻紙を取り出した。おお、確かに見本があると断然分かりやすいな。全く用意周到なおじいさんだぜ。
だが、そこからが大変だった。
「これを、大量にねぇ…そうなると俄然この工房の施設もそれなりのものを作る必要があるな」
「確かにこりゃ大した手間だ、役割はしっかりと分担しねぇと」
「――問題はこの簀桁という工具だな。これはもっと精巧に作るべきじゃないか?」
と、その場にいる全員がまるで息を吹き返したかのように熱くなり始め、大会議に発展したのである。
それから俺の方も質問攻めに合い、灰汁の分量や、使用する樹皮の割合、ネリの調達方法だとか、結局、皆の熱が冷めきって工房を解散する頃にはすっかり日も暮れていた。
―それから数週間後
工房内は見違えるように変わっていた。
紙料液は大きな※漉き舟の中に満たされ、その上で複数の人間が簀桁で紙を漉けるように設計されている。
漉き上がった紙は一枚ずつ丁寧に積み重ねられ、ある程度の厚みになったところで圧搾して水分を抜く。そして最後は工房の外で、天日や風に晒して乾燥させる。
そうして完成した一枚も、最初こそ模造品と同等とまではいかなかったが、この様子なら量産型の一枚目が完成するのも時間の問題だろう。
※漉き舟:和紙を手漉きする際に水・植物繊維(楮など)・ネリ(糊料)を合わせて混ぜておく大きな水槽(容器)のこと。
「ふぉっふぉっふぉ、もう少しじゃのぅ」
「ええ、まさかあの紙作りがここまで進化するなんて――」
「だから言ったじゃろう?お前さんには商才が無いと」
商才。まぁ言われて見れば今まで思いついた事は一人で黙々とやってきた。このおじいさんのように最初から人を雇い、設備を整え、事業を起こそうと考えられなければここまでの規模にはならなかっただろう。それもこれも、頑張っている皆一人一人が、かつてどこかの職人か、それに準じる技術を持っていたことにも驚かされる。塗料、木工、干物加工に工芸細工。どれもこれも紙作りに通じるものがあり、それぞれが切磋琢磨しながら新たなる紙と言う技術を生み出して行く。もちろん、本当に何の技術も持ってない人もいるが、それはここで腕を磨いていけばいいだけの事。
俺は改めておじいさんにお礼を言う。
「おじいさん、あんた本当に凄い人だったんだな、疑って悪かったよ」
「疑っておったんかい・・・まぁ、それも仕方なかろうて、ふぉっふぉっふぉ」
そうやって、サボリを誤魔化すためにおじいさんをおだてているその時だった。
「話は効かせて貰ったぜ爺さんよぅ?さぁ貸した金を返しな」
俺とおじいさんが振り向くと、そこには何ともガラの悪そうなイカつい二人組が退路を塞ぐように立ちはだかっていた。
「ふぉっふぉっふぉ、実はまだ採算が取れて無くてのぅ。もうちとばかし待ってくれんかのぅ、というか、そろそろ資金が尽きかけとるんでもうちょっとばかし貸してくれると―――」
「あーー!?このクソじじい、返す当てもねぇのにまだ借りようってか?本当に良い度胸しているじゃねぇか!なぁ?」
そう言うと、ならず者、もとい借金取りの男がおじいさんの首を絞め揚げるように掴み上げる。
「ま、待ってくれ!もう、少し・・・もう少しなんじゃ」
「待てねーよ。というか、じじい。お前、他の所にも借金しているそうじゃねぇか。おかげでこっちもちょっとしたいざこざになっちまってるんだが? お前の首なんざ、百個揃えたって全然足りねぇよ」
首から体ごと宙へと持ち上げられ、おじいさんはもがき苦しんでいる!
というか一体、この騒ぎは――借金って、まさかこのおじいさんここまでの資金全部借金で調達していたって事ーーー!?
「お、なんだい、いるじゃねぇか、イイ男がよぅ」
そう言うと、ちょっと小太りのもう一人が俺を舐めるように見る。
「まぁ、中央にゃそっち系の美男子を探しているご貴族の御方もいるし、こいつを奴隷にして高値で売れば多少は回収に回せるかもなぁ」
えっ、何?
俺はけして美男子では無いのだけど―違うそっちじゃない。
そっち系って?何、それってあっち系?つまり、アレ?
アレの奴隷で俺が売り渡されるって?そう言う事?
え?え?え?ちょっと待って?
「どどどどどどういう事ーーーーーーーー!!!」
もう少しだけ続くんじゃ




