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第12話 ―紙を作る―




―市場を聞く



「文字を書くなら当然紙ですよ。そうですねぇ、とても重要な紙面となると羊皮紙(ようひし)が使われますけど。そうじゃない場合は麻紙(まし)かな?前みたいに登録用で使うなら炭版を用いる感じでしょうか」



放心状態から解放された俺は、そのまま冒険者ギルドへ居座り受付嬢からこの世界の紙について色々聞いていた。



「じゃあ、一般的に使用されるのは麻紙に?」


「――ええ、まぁそうですね」


「それって割と普及してるというか、皆が使っている感じですか?」


「ええ、麻紙にも色々あって、品質が良い物は高級品で、王族貴族、大商会でよく使用されていて――」


「でも、一般にはもっと品質が荒い、色も少しくすんだものが使われていますよ」



「その一般に使われている紙の値段ってどれくらい?」


「そうですね――さすがに一枚で取引はしてないとしても、5枚で銀貨一枚ほどでしょうかねぇ」



なるほど、五枚で銀貨一枚。

これなら、俺が作る紙をもっと安くできれば、それなりに需要はありそうだな。


「そうなると、今の、例えば新興街の人達はどうやって書き写しを?」


「それはもう着れなくなった服の布切れとか、壁とか・・・とにかく炭が乗るものなら何でも・・・?」



――どうやら、聞いていると受付嬢の言う()()は、新興街の人じゃなく、中心街の人達を指しているのかもしれない。と言う事は受付嬢もそっち側の人間と言う訳か。まぁ、冒険者ギルドなんて半分役所みたいなものだろうしな。



「あの、前に記入した時に使った白いのは?」


「ああ、石筆(せきひつ)の事ですね。でもそれは普段はあまり使われませんよ?」



「そりゃ一体、どうして?」


「だって石筆で書くには、炭版が必要になりますし、そんなものをわざわざ用意する人なんてほとんどいませんから」



なるほど、まぁ言われて見ればそうだ。文字を書きたければ炭でも木の枝で地面にでも書けばいい。逆に言えばその程度の認識しかないわけで―――



「あー・・・じゃあ最後になるけど、新興街で紙って需要は」


「ないですね」


――だよなぁ。


「でも、中心街なら普通に需要はあるかと思いますよ」


「中心街って、あの城壁の中の?」



「ええ、あそこで暮らせるのは中流階級に属する方たちなので」



さて、市場調査はこの辺でいいだろう。受付嬢には色々聞いたお礼についさっき貰った差し入れのパンを一つあげた。貰ったものをあげるというのも変な話だが、受付嬢はそのまま受け取ってその場でムシャムシャと食べていた。


なんだか学校で飼っていたうさぎを思い出す。



それにしても、需要は中心街か。そうなってくると新興街で紙を流行らせて安価で売りまくると言う方法は無理そうだな。



―紙を作る



それはそうと、紙を作る際の原価や費用について話さねばならない。


実は紙は高級だとは言うが、その素材に関してはその限りじゃない。



俺の記憶が確かなら材料は――


樹皮(特に木の皮と幹の間にある内皮の部分)


良質な水


つなぎで使用するネリ


灰汁


ぐらいである。



本当のところを言うと樹皮は種類が厳選されていたし、ネリも特定の植物から取れる粘液を使用していたのだが、さすがにそこまでの記憶は覚えてない。まぁどのみちこの世界で似たようなものが採れるとも思えないし、ともかく、材料が自力で採取できてしまうのは大きい。そう考えると紙があれほど高級なのは、その手間に大きな価値があったのかもしれない。



それに問題は材料よりも、道具の方だろう。



まずは桶。紙を大きく()くなら、それに合わせて簀桁も大きくしなければならない。となれば、それを十分に動かせるだけの大きさの桶も必要になる。問題は簀桁(すげた)と呼ばれる特殊な道具が必要であることだ。これは、細かくした繊維とネリを混ぜた紙料液に簀桁を差し入れ、それを掬い上げて前後左右に揺することで、繊維を均一に絡ませるための道具だ。



そうだな、イメージするなら水を吸ってぐしょぐしょになった紙が簀桁の枠の中に出来上がり、、それを天日干しで乾かせば晴れて紙が出来ると言う感じだった。はず――。




まぁそうと決まれば、まずは道具作りだ。



まずは大きな桶を作る。森が近ければ材料に困る事は無いのだが、王都の周辺でも林ぐらいはある。そこで手ごろな枝を結び、それを曲げイメージしている輪の大きさにすればあとは同じように枝を編み込んでいくだけ。


完成したら、内側の枝の間を埋めるように泥で硬め、さらにその上から出来るだけジャイアントワームの脂を塗っていく。脂は常温で固形化するので、ワックスっぽくなり、持ち運びが楽なのがよかった。



出来上がった桶に水を入れてみる。案の定ところどころから水が漏れているが、即席ならこんなもので充分である。


次に簀桁だ。これを簡単に説明すると木で出来た囲いの底に(すだれ)を敷いたようなもの。俺が習った時はさらに細かいスクリーン状の網目を使っていたが、古くは簾でやっていたらしい。まぁ理論上はザル目状になっていれば恐らく何でもいいはずなので、それっぽいものを頑丈な葉っぱ細く伸ばしてひも状にし、それをやや粗目に編み込んでいく。


イメージとしては、繊維を濾すというより、水だけを落として繊維を簀の上に残していく感じだ。


さて、道具作りが終わったらいよいよ素材集めになる。



そう言う訳で、前にもお世話になったアレから取りにいく事にした。


そいつは森へ行くまでもなく、その辺の小川の底を探せば大体―――よし!見つけた!!



俺はさっそく小川から狙ったそれを両手で鷲掴みにし、そのまま地面へ放り投げた。そう、こいつに名を付けるとするならカワヌタウナギとでも言えばいいか。水気のある溝にならどこにでもいる、淡水性のニョロニョロの脊椎生物。刺激すれば刺激する程、ヌメヌメのヌタを永遠に出しまくるので、大蜂狩りの時に使った粘着物ではとてもお世話になった生き物である。



ちなみに、さすがの俺もこれを食うと言う選択肢はなかった。


見た目のグロテクスはミミズの比じゃなく、それでいて全身がヌタで覆われているからその歪さも半端ない。そういや前の世界ではこれを食べる文化もあったようだし、まぁ意外に食べるとうまいかも・・・?


そして今回もこのヌタを使ってネリを作ろうと思う。


本来は植物性の粘液を使用するのだけど、こいつでも何とかなるだろう。



さて、ここまでくれば後はメインディッシュである樹皮を探して行く。



とはいえ、樹皮ならなんでも良いというわけじゃなく、それこそこれに関しては試してみないと分からない。それで俺はいくつか植生の違う木の枝をそれぞれに小分けして集めてみた。仕分けられたのは4種類まで。それぞれ事前に皮を剥いで乾燥させておく。



では、ここから紙を作っていく。


まずは灰汁作りを行う。



灰汁自体は木灰で作れるので、持参している灰をそのまま使用。しっかりと混ぜて一晩置き、上澄みが薄黄色っぽくなっていればひとまず完成だ。


次に剥いでいた木の皮を鍋に投下し、柔らかくなるまで煮ていく。そこへ灰汁を投入。余分なものを分解し、繊維を取り出していく。


充分に煮立ったらそこから木の皮を取り出し、木の棒などで叩いてさらに柔らかくしていく。この工程を2回程繰り返す。


繊維が十分にほぐれたところで、叩き終えた木の皮を再び水の中へ戻す。そこへネリを加えると、水全体に粘り気が出てくる。



ある程度とろみがついたところで簀桁を液体に浸し、掬い上げ、前後左右に揺らしながら繊維を均一に絡ませて厚みを整えていく。そうしてできた湿った紙料の層を簀から外し、紙床(しと)として重ねていく。同じ作業を何度も繰り返し、ある程度まとまったところで、重ねた紙を一枚ずつ剥がして乾燥させれば紙の完成――だったはずだが。


()き上げたばかりの湿った状態の和紙を、何枚も積み重ねた束のこと。



―失敗の連続



翌日――俺は乾燥した紙を一枚取り、その出来栄えを見る事に。



「あ、ありゃ・・・あー・・・―――」


記念すべき試作品第1号は、持ち上げた瞬間にボロボロと落ち崩れていった。まぁまぁ、これくらいは想定内である。


考えられる理由


繊維のほぐし不足


ネリの量が足りなかった。


そもそも使用した繊維に問題があった


俺はそこで昨日残してあった液体を確かめる。とろみはしっかりとあったが、やはり、紙の元となる繊維は完全に分解され、水の中で粉状になっていた。



そうなれば、次は別のサンプルを使い、さらに改良を加えて再チャレンジする。


今度はしっかりとまとまった。


「おおっ、今度はいけたんじゃないか?」


そう思って持ち上げてみる。


――ずっしり。


「あれ?」


想像していたよりも、明らかに重い。

そして、乾燥させた紙を立てかけてみた、その瞬間だった。


ゴトンっ。


紙から、ゴトンという音がした。


「紙が出していい音じゃないよね……」


そして倒れた紙は、その衝撃で――


パキッ。


真っ二つに割れた。


「…………」


悲しい。


こうして、結局俺の試行錯誤は何度も何度も続くことになっていく。


白くならない。

灰汁が上手く機能していないのか?


ならば濃度を変えてみる。

繊維が残る。


もっとしっかり解してみる。

――解しすぎた。


今度は粉になった。

ネリの量を調整する。


原料を変えてみる。

四種類あるサンプルを組み合わせてみる。


一つ問題を解決すれば、また別の問題が出てくる。

何度紙を作ったのか、もう分からない。


失敗した紙は積み上がり、気がつけば作業場の隅には失敗作の山が出来上がっていた。


それでも、少しずつではあるが、完成品には近づいている。



――それから数カ月後。



「……できた」


出来上がったのは、はがきサイズの分厚く丈夫な紙だった。

少なくとも、俺の記憶にある和紙と同じようなものは作れた。


今度はこれを実用化に近づけるように改良していく必要があるのか・・・・・・――。


俺は後ろを振り向き、今までの失敗品や数々の試行錯誤の日々を思い出す。


「そりゃあ、誰も紙なんて作ろうとは思わないよなぁ」


こんな紙を一枚作るのに、俺は今までろくに休むこともなくここまでやってきた。

だがもう、色々と限界である。そもそも紙に対する情熱?そんなものは俺には無い。


欲しいもの安定した生活。それだけ。


だからだろうか、せっかく出来上がった喜びより、押し寄せる疲労感の方が強い。


それを嘲笑うかのように、ポツポツと雨も降ってきた。他にも乾かした紙はあるが、もうそれを取りに行く気力も無く、俺はその意識が本気で途切れようとしている事に気づく・・・。



ああ、今度の今度こそ本気でチートやハーレムのある世界に―――。





――謎のおじいさん



「ふあぁ~~あーよく寝た」


「ふぉふぉっふぉ」


「あ、それ片づけてくれたんだ、ありがとう。それでおじいさんだれ?」


「ふぉっふぉふぉ」



結局、都合のいい神様は登場せずに俺は普通にむくりと起きる。


それにしても長い事真面目やっていたせいか、本当に良く眠れた。


神様の代わりにいた謎のおじいさん。どうやら雨でずぶ濡れになりかけた紙を塗れないように移動してくれたようだった。



で、本当にこのおじいさんだれ?



「ふぉっふぉっふぉ、実はわししゃお前さんの事をずっと見ておったんじゃよ」


「えっ?なにそれ、ストーカーこわい」


「違うわ!こんな歳でもわしぁ今でもぴっちぴっちのおなごにしか興味ないわ!!」


「まったく、街のはずれで一人で変な事している不審な男がいる、もうとっくに噂になっとるわい」



―――あれ、俺、また目立っちゃいましたか?



「のう、お主、これは・・・・・・・・・紙じゃな?」


「はい紙ですよー」


「ふむ、これを一体、誰から習ったのじゃ?」


「んーまぁちょっとした思い付きというか、自己流っすね」


そう言うと謎のおじいさんは俺の作った紙を丹念に見続ける。余程気に入ったのだろうか?


それとも紙が珍しいだけかな?



「これで一山当てようかなと思ったんですけどダメですね。せめてこの世界でも郵便ポストがあって、年の瀬に皆で年賀状でも書いてくれりゃもっと使い道はあったんでしょうけども」



「――すまん、お主が一体何を言っているのかちょっと分からないが、そんな事は無いと思うぞ?」



そう言うとおじいさんは、ちょっとだけ姿勢を正すような仕草をした。



「おっほん、わしゃ実をいうとな、遠い東の国からやってきた元大商人なんじゃよ」


「へぇ、そりゃすごいっすね、自慢ですか?」


「まぁまぁ、そう邪見にとらんでも・・・それで知ってるんじゃが、お主、そもそもこの国の市場に出回っている紙はどこから来とるか知っとるか?」


「いや、でもまぁ中心街のどこかで国が独占してクーラーの効く涼しい工房で作っているじゃないんですかねぇ」


なんだろ、疲労が取れてないせいか、いちいち言葉まで配慮するのが面倒になっている。


「クーらー・・・?まぁ、本当に何を言っているのかよく分からないけど、それは間違いじゃて」


「・・・麻紙ってのはの、はるか東方の、それもかなり厳重な機密の元で作られ続けておるものじゃて。そして、それに代わる代用品は未だに出てこなんだ、その理由は、おぬしが一番よく分かっている事じゃろうが」


「ええ、嫌でも分かりましたよ。簡単かなと思ってやってみたら全然。失敗ばっかだし、毎日臭いし、ヌメヌメしてるし、仮に作ったとしてもこんだけ面倒だと量産もできないし、それに今度はこのはがきサイズの大きさをもっと薄く、大きくせにゃならんし」


「ふぉっふぉっふぉ」


俺の苦労話をせき止めるようにおじいさんはふぉっふぉ笑い始める。


「お前さん、知識はあるが商売の才はあまりないようじゃの」


「まぁ、それは否定しませんけど――」


「まぁ、そうじゃな、わしらちょっと協力せんか?」


「協力?」


「そう、協力じゃ。お主が頑張ったその苦労、わしに買わせてくれんかの」


「苦労を買う――?って事は」


おじいさんはこくりと頷く。


「わしならば、お主の作ったその紙を世界中へ広める事ができるぞい」


「え?うっそだー、語尾に「ぞい」なんて付けるおじいさんは信じちゃダメだって常識ですよ」


「どこの常識じゃー!まぁ別に信じる信じないはワシの話を聞いてからでも遅くはない、そうじゃろ?」


「まぁ、そりゃそうですど」


「なら、交渉成立じゃな」


「話を聞いた後ですけどね、あ、ちなみに――報酬は?」



「快適な寝床と毎日の温かい食事を」



「是非ともお願いしやす!!!」




こうして俺はおじいさんの策にまんまとは―――ではなく、今後生きていく望みにようやく希望の兆しが見え始めてきたのである。









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