第10話 ―王都、仕事が、ない― 前編
朝になり、あらためてその城壁を見ると、その巨大さに圧倒される。城壁も巨大ならその門も当然大きく、何かあった時、あれをどうやって閉めるのかと心配になるほどである。そして、様々な人が順番待ちで列を作る中、その横を豪華な装飾を施した馬車が何台も素通りしていく。御者の服装も馬具も明らかに周りとは違い、護衛らしき騎士まで付き従っている。
貴族特権かな?いいね、いいよと心の中ではしゃぎ出す俺の歴史愛。どうやらこの国には君主制がしっかりと根付いているようだ。
一通りその様子を楽しんだ俺はその列の最後尾へと並ぶ。
あの城門をくぐれば、いよいよ王都の中だ。
わくわくが止まらないと言えば、その通りである。
「ところでおめぇ、通行料は持ってるのか?」
列に並ぶ人の一人が、全身を品定めするように眺めながらそう言った瞬間、俺は項垂れながらその列から脱線していく・・・聞けば、通行料だけで銀貨5枚も徴収されるらしい。やはりこの世は世知辛い。
そうなると、見るべきはこの城外に広がる街ということになる。新しい建物は比較的しっかり出来ているようだが、古い建物は今にも崩れそうなほどに朽ちている。華やかな店や建物がある一方で、俺のような流れ者も多く、地べたに座ったまま動かない者もちらほらいた。
色々と聞いてみると、どうやらここは『新興街・東門前』という場所らしい。新しい街というには何というか、活気がない。まるで元にあったスラム街を突貫工事で塗り替えたような、そんな雰囲気である。
「ん、そりゃここが元はスラムだからな」
こういう場所には大抵一人くらいいる、暇そうなおっさんが俺に色々と説明してくれた。
「東があるくらいだから、同じような街は東西南北に存在しているぜ、ここにいる連中は皆門前払いを食らった者達の集まりみてぇなもんさ」
「それで、そんなものをあまりに放置していても治安が悪くなるし、中央からの苦情も多かったもんで、国が重い腰を上げて再開発に及んだ。しかし、それは見ての通り、見てくれだけのお粗末なものでな、だが今度はそれを口実に俺達から税を巻き上げようってんだからたまらねぇったらありゃしねぇ」
「そう言う訳だから、お前さんも早いとこどうするか決めるこったな」
ふむふむ、なるほど、と聞いていたところでそんな事を言われたので、俺は少し戸惑ってしまった。到着早々、どうするか決めろと言われても、どうすればいいのかさえ分かってないのだ。
とはいえ、当たり前だけどここでも税の徴収はあるのか、どこかで「生きてるだけ丸儲け」という格言を聞いたことがあるが、現実はどっちかと言うと「生きてるだけむしり取られ」である。
税の徴収と言えば、俺にとっては馴染み深いあの場所。
そう、仕事と言えば冒険者ギルドである。
まぁ、あんなど田舎にもあったくらいだ。ここにないはずもないと思って探してみると、案の定、探すまでもなく目の前にあった。本当にどこにでもあるな。だが、入ってみると思った以上に人は居なく、受付もすぐに対応してくれた。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
まるで全身から花のエフェクトでも溢れ出しそうな、ニッコニコの笑顔で受付嬢が話しかけてきた。相当な美人だ。こんな笑顔で接客してくれるのだから、さぞ仕事熱心な人なのだろう。
「はぁ、実はもう登録は済んでいて、拠点を移動したいと思いまして」
「ああ、拠点をここへ移すのですね?分かりました、ではここに記入をお願いしますね」
そう言うと俺は意外なものを渡された。それは古い学校にありそうな黒板を回覧板にしたようなもので、そこに色々と記入事項が書かれている。板には紐で白い石灰石のようなものがぶら下っており、試しにこれで記入すると、黒板と同じようにすぐ書けて、すぐに消すことが出来た。
「へぇ、便利なもんだぁ」
と一人で感心していると
「そうでしょう? 前は蝋版だったんですけど、もうそれだと処理が間に合わなくて大変で――これに変えてからは、本当に楽になって助かっているんです」
相変わらず、ポワポワとした雰囲気のまま俺の独り言にも対応してくるお姉さん。さぞ暇―いや、仕事熱心なのだろう。
一通り記入も終わり、俺は登録版を返す。
彼女はそれを隅から隅まで眺め、色々と聞いてきた。
「へえ、ご職業はモンクなのですねぇこの辺じゃ珍しい・・・」
その時、若干だが声のトーンが少し落ちた気がした。
「それでーあれ、『流派』の項目が無記入ですけど?」
「りゅう、は?」
「はい、流派です。モンクを目指される方は皆最初はどこかの流派に入り、大変な修行をなさるとか、この辺で有名な所だと桃源流とか栗山流、後は、そうそう、柿千流とか」
まずい‥‥‥‥そんな修行、した覚えなどあるはずがない。そうか、ここは都会だからあの消された前文『モンク僧となって厳しい修行を積んだのちに』という条件がまだ生きていたのか。
「あの、その・・・自分、すっごい田舎から来たんです、よね?」
「ええ、それで流派はどちらで?」
「田舎って、その、修行する場がないというか、教える人も居なかったというか」
「それでは、どうやってモンクに?」
「それは、その・・・ほら、本で知ったんですよ!それを見てこれだ!って、それで見よう見まねで、あの本には確か――干柿流って書いてたような」
「柿千流ですね。へぇ、田舎に本があったんですねぇ…」
まずい‥‥‥‥これはもう完全に怪しまれてしまっている。このままでは俺が適当な理由でモンクになってしまったことがバレてしまう・・・と思った時、お姉さんは大きくため息をついて椅子に腰かけた。
「ふぅー、居るんですよねぇ。あなたみたいにどこかの田舎からやってきてモンクだと主張する人が」
「ははは・・・そうなんですね」
「でも、聞けば地方だと修行は免除されているとも聞くし、じゃあ何故モンクになるかっても謎だし、そうなってくると何やら犯罪めいた理由とかも――」
じーっと、見つめられる俺。
「ないない犯罪なんてしてませんって!!」
と、あわてて必死に否定する。
「ま、いいでしょう。登録はこれで完了させて頂きます」
ほっ、とりあえず難関はパスしたようだ。
「それでは登録料は銀貨二枚となっております」
・・・・・・・・・・・・・・・。
「あのツケることって」
「できません」
その後、なんとかごねようとしたが、お姉さんの目が段々と真顔→ゴミを見るような目になりつつあったので早々に撤退した。
まさか冒険者ギルドもダメとはなぁ。
諦めかけたその時だった。
「あのー!さっきのあなた!」
そう言って、慌てて受付のお姉さんが駆けつけてきた。
「はい?」
「本当にすみません。実はあなたの経歴を調べるのを忘れていて、もう一度ギルドの方に来て頂けたらと・・・」
――あのゴミを見る目はどこへいったのか、受付嬢は再度ギルドへ戻るようぺこぺこと頭を下げている。この様子だと上の人間に怒られたのだろうか。
戻ってみると、今度は受付嬢の横に、立派な髭を生やした銀髪の男が立っている。そのスラっとした立ち姿といい、身なりといい、明らかにただ者ではない雰囲気に満ちていた。
「初めまして、私はこの支部のギルドマスターを務めております」
やっぱりギルマスか。だが、ギルマスが俺に何の用なのだろう?
「実はあなたの素晴らしい経歴はここにも届いておりましてな。聞けばクエスト達成率は100%その達成回数もゆうに100を超え、ギルドや村での評価も高く、真面目で実直な人物であると・・・」
いや――本当にそんなすごいものでは・・・。クエスト達成率100%と言うのもただひたすらに大蜂を駆除していただけで。
「これほどまでに優秀な冒険者と言える貴方が、金銭に困ると言うのはきっと何か事情があってのことでしょう。なので、登録料は無料と致しますので、どうか先ほどの無礼はお許し願いたい」
「本当に申し訳ありませんでした」
いきなり二人して深々と謝罪をされたので、俺は恐縮する。まぁ、なんにせよこれで拠点変更の登録は済んだのだから、俺としては何も言う事はない。
それから、なんやかんやでこの国での税金のノルマやら、どのようなクエストがあるのかなど、長い説明が続き、日が暮れるまえに俺はようやくギルドから解放されたのである。まぁ、色々と誤解もあり、誤解されたままだがようやく一歩前進したような気がする。
しかし――その時、俺は気づいていなかった。
この王都を新たな拠点に選んだことが、今後、己の首を絞めることになろうとは……。つづく。




