ぷつぷつ 8
「はぁ?鬼の残滓だと、それはどういうことだ」
桂は弦蔵に詰め寄った。
「まあ、ちょっと詳しい話は待ってくれ」
弦蔵はそれだけで話を終わらせると待っていた皆の顔を見渡した。
「私たちも三条家へ行って状況を確認したいんだが、この人数でぞろぞろ動くのも何だな」
だが、見渡した面々は誰も結末を見ずには収まらないと言う顔をしていた。
「・・・仕方がないな、だが今日は私と黎人だけで行ってこよう。とりあえず皆はどこかで待っていてくれ」
ため息まじりに弦蔵がそう言うと、周りを囲んでいた皆は大きく「うんうん」と頷いた。
弦蔵と黎人が三条家を訪れている間、他の者たちは昨日お世話になった藤原氏の私寺に居る事となった。
三条家の屋敷に着いた二人は門番に声を掛けた。
すぐに昨日奥方から紹介された家人がやってきた。弦蔵が東家の家紋を見せ挨拶すると、家人はうなづいた。
さっそく屋敷内を探索したいと弦蔵が申し出た。昨日顔を合わせてはいない男たちがやってきたにも拘らず家人は顔色ひとつ変えずに応対を続けた。
「ご自由に見て下さって構いません。ただ、私も一緒に回らせていただきます」
そう家人は答える。
黎人たちに否もなく、二人は家人の案内で屋敷内を回ることになった。
「何か感じるか?」
弦蔵が黎人に尋ねる。
「うーん、そうだね・・・」
黎人は日差しを受けて眩しそうに辺りを見ている。
「邪気は感じないね」
「でも」と黎人は目を細める。
「何だかへんだね」
言葉を濁した黎人の物言いにそれ以上尋ねるでもなく弦蔵は「そうか」と頷いた。
「夢の中で、ぷつぷつしたものがだんだん近づいてくる。それは近づくにつれて少しづつ大きくなっている気がする、か。姫様の夢はここまでなんだよね?桂が邪気払いをしたから当分呪詛は止められるけど、夢の続きが気になるな。殿に話を聞くことができるかな」
「どうかな?かなり呪いに浸食されると言っていたからな。意識に潜ってもはっきりとしたものが視れるかどうか」
「とりあえず、会ってみよう」
弦蔵の言葉に家人はすぐに三条の殿が休んでいる北対に足を向けた。
家人の案内でほの暗い部屋の中に入り、寝ている殿の脇に立った。
昨日と違い苦しむ様子はなく、三条の殿様は静かに横たわっていた。
黎人は立ったまま全身を見渡すと、ゆっくりと頭の傍に膝をついた。
桂の護符が効いて、呪いの浸食は止まっている。でも、止まっているだけで全身に呪いが残っていた。黎人は人差し指と中指に呪符を挟み、三条の殿の額の真ん中に押し当てた。
「我が目に真実を映せ」
一気に霊気を押し込む。
黎人の霊気が札を通して殿の全身に行きわたる。
すると、布団から出ていた足、手、首、顔、に黒い小さい斑点が無数に現れた。
その斑点はまるで生きているかのように、ぷつぷつと動いている。肌の上にあるのか肌の下にあるのか、呼吸をしているかのように、肌の表面をぷつ、ぷつ、ぷつ、と蠢いている。
黎人は布団を剥ぐと、寝間着の単衣の胸元を開け広げた。
すると、はだけたその胸にはぷつぷつしたものがなかった。手を伸ばし下袴を少しずらす。
「腕の付け根、へその下で浸食が止まっている」
覗き込むように弦蔵も胸元を見つめる。
黎人はまた頭の傍へ移動する。
さっき貼り付けた札の上に静かに指を置く。そして目を閉じ神言を唱え始めた。
「彼岸の淵に佇むもの
その向こうを覗くもの
その目に映る
お前が目にしたすべて
その真実を映し出せ」
三条の殿の頭の中に入っていく黎人を弦蔵は黙って見つめた。
黎人の頭の中に別の思念が入り込んで来る。
それは黒い水たまりのようだった。三寸ぐらいの円がよく見ればぷつぷつと蠢いている。何百、何千かは分からないが細かい何かが蠢いていた。
そしてそこから一本の糸のように伸びていく。その糸は投げ出されている指先に着くともぞもぞと這い上がって来ていた。思わず指を曲げようとしたが身体はぴくりとも動かない。
だが、体に這い上がってきたそれは急に動きを止めた。
その奇妙なものはじっとしている、じっと身動きを止め次の行動の指示を待っているようだ。
黎人の目がかっと見開いた。
弦蔵が背中にそっと手を添える。
「大丈夫か?」
慈愛のこもったその言葉に黎人は頷いた。
そして立ち上がり、用は済んだ、と視線を投げかけた。
家人に「終わりました」と告げ、二人は三条家の北対を後にした。
「他にどこかご覧になりますか」
外に出た家人が聞いてきた。
「そうですね・・・」
弦蔵が黎人の方を見る。黎人は風を顔に受けながら空を見ていた。
「屋根に乗っても構いませんか?」
「えっ」
突拍子もない質問に家人が言葉に詰まった。
「屋敷全体に結界を張りたいのです」
「屋敷全体に結界・・・」
家人は黎人の言葉を繰り返した。
「わかりました。陰陽師の方々の言うことを聞くよう言われていますので」
奥方に尋ねるわけでもなく、短い時間で家人は答えを出した。
「梯子をお持ちします」
と踵を返した時だった。
「いいえ、いりません」
そう黎人は断ると、弦蔵の差し出した組み手を踏み台にして高く飛び上がった。それはまるで羽があるかのようだった。
「あっ」
また家人の顔に表情が浮かんだ。
ふわりと寝殿の屋根に降り立つと、黎人は神言を唱えながらくるりと舞った。ただそれだけだった。
飛び立った時と同じように重さなど一切感じさせない動きで黎人は地上に戻って来た。
「いいか?」
弦蔵が尋ねる。
「ああ」
黎人がそう答えたので、立ちすくむ家人に断りを入れ、二人は三条家を後にした。




