黄昏時の傍観者 3
「今……何て言ったんだ………?」
「ん。お前って、お前自身が思うほどちっさくてよわっちい存在じゃねぇって言ったんだよ。聞こえるかどうか解んねぇ声量で言ったのに、お前聞こえたんだな。」
「………」
絶望に縛られた不安な気持ちの最中、彼の耳に聞こえてきた微かな言葉をカツキは聞き逃す事は無かった。聞き間違えを承知で彼は狼獣人に問いかけると、あたかも聞こえた事が選ばれた結末を掴みとったかのような物言いで相手は言った。
その言葉に不思議と違和感は無く、彼はとても意外そうな顔を見せていた。
「その言葉を聞いた時、お前はどんな風に思った。再び自分を責めたか。……それとも。何故そう言うのかって、疑問を抱いたか……?」
「……うん。何で、俺の事をそう言う風に言うんだ。現に俺は……」
「あぁ、馬鹿に背中を押されていた。……でもな、何でお前にそう言う事をしてくれるのか。考えた事、あるか。」
「理由……?」
呟き混じりに聞こえた言葉に対した質問を聞いて、狼獣人は確認を取る様にカツキに質問をした。その言葉を聞いてどんな感情を抱き、どのような心境でその言葉を言い変化を求めたのか。無意識のうちに選んだ彼の行動を理解させるように彼は言い、カツキは返事を考えながらも正直に答え、まだ自分は立派ではないと再度宣言した。その言葉に狼獣人は肯定し、さらに質問を返して彼に考えさせた。
周りが自分に優しくしてくれてるのは、何故なのかと。
「存在は何だって、行った行動に確実な理由が含まれている。酒で酔って無意識だって言ったとしても、それが本能的に何かをした事に変わりはない。別の意識に責任転嫁をしたって、相手が素面なら……んな事は無い。後ろの彼女は、酔ってるか。」
「いや、そんな事は……無い。」
「なら、お前が無事に事を済ませる様にって背中を押したんだろ。お前の言う通り、その馬鹿は相手の配慮なんかこれっぽっちも考えないくらいに言葉を選ぶことはせず言う事を言う。それがどれだけ相手に重い責任を押し付けてるかって言ったとしても、コイツは理解しようとしない。現に今も『何言ってんだコイツ』って目を向けてるしな。」
「ぅっ……」
「……… お前は確かに弱いかもしれねぇし、現に今俺が選んだ四人の中で一番下だ。今の現状を満足する様に自分を縛り、その糸を解かない限り……お前は前へは進めない。」
「進めない…… ………」
理解した事が無いであろう考えを説明する様に狼獣人は静かに話しだし、つい先ほど背中を押したクロが素面では無いかと質問した。無論カツキはその答えを否定し首を横に振ると、狼獣人は仮説ではあるがその答えに正解を出しつつ彼の意見を受理し、彼女はこれっぽっちも相手がどうなるかを考えずに言っている事を明らかにした。
彼の背中を押したとしても、その先を選ぶのは彼であり自分ではない。まるで全てを『彼自身の選択』に見せる様に彼女はフリをし、その後に出来た溝などを彼女は一切埋めようとはしない。ゆえに、いくら彼女が助言したとしても『責任は全て選んだ本人』とした責任を相手へ全て押し付ける。これほど重く潰れてしまいそうな気持ちは無い事を彼女は理解せず、他人がどうなろうと気にしないのだ。
一通り抉るだけ抉った後に狼獣人は話を続け、改めて今の現状がどうなのかをカツキに告げた。選ばれた四人の内、一番彼が良いと思っているクラウに続いたのはシップスであり、その後にぼうくんとカツキが続く形。狼獣人はその現状のまま彼が進めば『何も変化は生まれず、過去の負目のまま未来を進む事になる』と言い、同じようなトラブルが何度も何度も来てもおかしくないと言った。無論その程度で止まる訳の無い彼であったとしても、過去の束縛からは変化が生まれない限り、解かれない。
彼はずっと、背中を押され責任を擦り付けられる存在のままになってしまう。狼獣人は、それが嫌なのだろう。
「だが、それはあくまで『今のままでいたら』の話だ。」
「えっ……?」
そんなカツキの顔を見ていた狼獣人は言葉を続け、それが今変えられる切欠を得ている事を告げた。彼の言葉を聞いた一同は驚き表情を変えるも、それでもまだ実感がわかない様子で彼に理解出来る様話を求めていた。
「ど、どういう事だよ……それ。」
「お前等って、ガキの頃から今の様な考えを持って生きてきたか。それとも、歩んできた人生で変わったと思える節目を最近経験したか。」
最初に言葉を口にしたのはシップスであり、少しでもいいから理解したいという気持ちから言葉が出た様だ。そんな彼に対して狼獣人は例え話を一つ持ちだし、過去を振り返り最近であったかどうか質問した。
その言葉を聞いて、皆は軽く腕組みをしその場で考え出した。
「節目……」
「経験って、言っても……」
「そんなの、あるに決まってんじゃん。」
「えっ?」
疑問によって包まれた空間の中変化を造ったのは、クロだった。先ほどとは違い何処か誇り高そうな顔をしており、弱気な自分を見返そうと言わんばかりに堂々と立っていた。
そんな彼女を見た狼獣人は静かに目を向け、何を言い出すのだろうかと見ていた。すると、
「現に俺は、皆に出会う前に変わったんだからなっ」
彼女は誇り高そうに胸を張って、皆が聞こえる声量で宣言した。しかし、
「はい馬鹿一名。」
「なっ!! 何でだよ!?」
呆気なく彼女の意見は突っぱねられてしまい、再び憤慨し彼女は怒鳴った。それを見た彼は呆れてものも言えないと言わんばかりの顔を見せた後、面倒そうに顔を向け目を見て言った。
「俺の言った事聞いてなかったっつってんだよ馬鹿猫。俺は『最近』と言ったはずだ。何あからさまにそれが『最近ありました』って言わんばかりに胸張って言ってんだか。お前の最近って言うのは、五年以上も前の事を指してんのか。」
「でも俺は」
「ぁーはいはい変わりました変わりましたねーっと。俺が言う『能無し』って言うのはこれであって、配慮が無いって言うお前のコトバには最初から同意してる。『でも』とか言って食い下がった挙句、こんな前後の話すら見えてねぇ低能に俺の質問に完璧に答えられる訳がねぇだろうが。悪いがお前は、この集団の中で一番下の下。
下の下だ、ぶぁあーーーかっ。」
「クッ……」
そんな彼女が理解出来るようにと狼獣人は気だるそうに説明するも、食い下がる彼女に再び『馬鹿』と言い罵るのであった。再び唇を噛んで言葉を考えているクロを見て彼は鼻で笑った後、目線を変え再びカツキの方へと向けた。
「……で、話を戻すが。お前はどうだ、無かったか。」
「そう、言われても…… 最近って言うほど、最近に変わった事……は…… ………」
その後質問をし彼は何かあっただろうかと記憶を巡らせた、その時だった。
【ムーンの顔も見れて、良かった。】
「……ラプ………?」
「えっ?」
彼の脳裏にあるワンシーンが映り、彼の耳に優しげな笑みを浮かべながら彼を呼ぶ一人の存在の姿が目に映った。その相手の名前を呼ぶように口にした時、狼獣人を除く周りの存在達は驚きを隠せない様子で彼を見るのだった。
「気づいたか。姫に。」
「ぇっ……ラプを、知ってるのか……?」
不意に言葉を口にしたカツキを見て、狼獣人は目を細め先ほどとは違う眼差しを彼に向けていた。まるで護るべきものを見つけた相手を見つめる優しい存在の様な目をしており、目を向けられたカツキも驚きながら彼の事を見た。
彼からの質問を聞いて、狼獣人は静かに瞬きを一つした。
「知ってるも何も、俺はあの街に住んでいる輩の内、俺の目星を付けた奴等の行動は全部見ているつもりだ。特にあのお姫様とは、少し縁があるからな。」
「じゃあ……変化って………」
「お前がアイツと出会った事。それこそ、お前が一番に変わったと言っても良いほどに……変わったんじゃねぇか。お前は、この街で。」
「………」
その後問いかけに答える様に彼は言い、ラプソディとはどんな関係であるのかを言った。しかしそれはただ単に『傍観者であった』と言っているようなものに変わりは無く、的確な答とは言えない不明確な物だ。そのため補足として『縁があった』とだけ言うと、カツキは話を続け彼の言う変化が彼女の事なのかと問いかけた。すると彼は静かにそう言い、確実に影響を与えたであろうことを彼等に告げるのだった。
ただ一人街の悪人として頂点に君臨し、その後命を絶たなければならない程に責任を背負い続けた存在。
それこそが、最近一番に影響を与えた切欠に過ぎなかった。
「……まぁ、認めなくても良いけどな。現にそれだけがお前の人生を変えたわけじゃねぇし、そこの能無しと、獣人と一緒に居る少年にも変えられたようなもんだろうからな。変化って言うのは、気づけば近くで起きてるんだよ。」
「俺も……変わった……? タカみたいに、俺も変わってるのか?」
「あぁ、十分にな。……もっとも、お前等二人は『悪い変化』も得ちまってるようだが、それもまたお前等が自分で変えて行けば、俺は立派な存在になると思う。カツキ、ぼうくん。」
「ぇっ、名前…… 何で……」
彼等が何を求めていたとしても、例え狼獣人本人が望んでいた理想とは違っていたとしても。気づかなければ行けない道筋が何処かにあり、それを彼等にも知ってもらいたいと狼獣人は望んでいる様だった。
変化の良し悪しは有れど、それでも彼等が立派に輝ける存在になれば良い。そう心の中で想いながら、彼は二人の名前を呼ぶのだった。
「言っただろうが、姫とは縁があったってな。……で、どうするんだ。お前は。」
「俺は…… ………」
何故名前を知っているのかを問われ簡単に答えると、彼はカツキにどうしたいのかを問いかけた。長々といろいろな情報を与えたがゆえに答えない事はさせず、ましてや背中から何かを言おう者が居ない様に目を光らせる中。
カツキは一人深く考え込み、そして一つの結論へと行き着いた。




