黄昏時の傍観者 2
変わり果てて行く街から逃げる事を選び、宛てもなく彷徨っていた彼等の目の前に現れた一人の狼獣人。彼は刀を収めたまま現れた要件を告げ、彼等の返答を待っていた。
【この現実を、お前等は変えてみようと思うかどうか。教えろ。】
彼の言った言葉は、とても現実味のある質問ではない。今広がっている光景を幻想と例え、その幻想を彼等は気に入っているのかどうか。それを知るためだけの、問いかけだった。
「……は、はは……… な、何言ってんだコイツ……? なぁ、皆……?」
問いかけを聞きしばしの時間が流れた後、その静寂を破った声。それは先ほどから発言を拒否され続けていたクロであり、狼獣人の真面目な表情が見せかけであると思い、呟き混じりにそう言った。
しかしその発言は何処か弱々しく、周りの発言によって強気に慣れそうな口ぶりであった。
「あ、あぁ……! 急に刀出して脅して何言うのかって思ったら、そーんなことかよー ばっかじゃねえの?」
「そー……だねっ ビックリしちゃった。」
「何しに来たのかって、ちゃんと現実味のある回答をしてもらわないと。俺達だって返事できないって。」
「散々俺達に『馬鹿馬鹿』って連呼してたと思ったら、張本人が馬鹿だったよ! アッハッハッハッハッ!!」
そんな彼女の発言を聞いた途端、彼等を縛り付けていた緊張の糸が解かれた。彼女を庇っていたソニルスを初めに言いだし、それに続いて凉とハンメルも口々に意見を言いだした。仲間内で同じ意見を持っていた事を知ると、クロはゆっくりと立ち上がりその場で笑い出した。
彼女の声に続いて、他の仲間達も笑いだした。砂嵐に包まれたその空間を賑わす、とても良い質問だったと思いながら笑った。
……しかし、
ガキンッ!!!
「ハッ……… !!!」
彼女を初めとして仲間内が笑い出したのも束の間、その声を遮るかのように金属音が響いた。
それと共にクロの周囲からあっという間に日光が遮断され、紅く光り輝く瞳と影が映り込んだ。
何時の間にか彼女の目の前には先ほどまで前に立っていた狼獣人が立っており、持っていた刀を鞘から引き抜き彼女の目の前に突き刺していた。
刃と擦れて響いたのは彼女が持っていた流星石であり、剣刃で砕け散った音の様だった。
「なぁーに笑ってんだ……テメェ。誰が『馬鹿で明確性のない質問』だぁ……? もういっぺん言ってみろ。」
笑いが一瞬にして止まったのを見ると、彼は彼女を睨みつけたまま少しずつ顔を近づけ、威圧感のある低音でそっと呟いた。何があったのか解らず仲間達はその場に立って彼女を見ており、気が付き行動を起こす前に刀で裂かれてもおかしくない距離であった。
「ぇっ……… ぁっ、えっと……」
「言ってみろっつってんだよ!!! 聞こえなかったのかぁあ! 外道!!」
「うわぁあああああ!!!」
そんな彼からの問いかけに対し、彼女はなす術もなく震えながら言った。彼女の返答を聞いた彼はゆっくり息を吸い込み、大音量で叫び込んだ。彼の声で周囲の空気が変わり、彼女は後方へと後ずさりながら距離を取った。
その後彼との間が取れたのを見て、クロはその場から一番近くに居たカツキの背後に隠れてしまった。不意に背中に隠れた彼女を見て、カツキは驚きながらも少しだけ顔を赤く染めていた。
「……ったく、笑ったり後ずさったり何なんだかな。ちゃんと答えろ、二度目はねぇぞ。」
「ん”ん”ん”ん”!!!」
ブンブンブンブンッ!!
「ん、解ればよろしい。」
後方へと逃げ隠れてしまった彼女を見た後、狼獣人は呆れながら刀を収め忠告した。これはあくまで最後の忠告であり、最後のチャンスである事を周囲に居た存在達に言った。すると隠れていた彼女を初め、笑っていた存在達は勢いよく首を縦に振りその意志を示した。皆が同時に首を振った事もあり、その音が聞こえる程彼等の行動は素早かった。
話が出来ない状態にしたら、殺す
とてもわかりやすい脅しであった。
「んで、笑っていた奴等は聞く価値もねぇって事にしておいて……… そこの猫と藍髪獣人と、ゴーグル付けた狐と………あぁ、能無しが隠れたそこの犬もそうだな。お前等が対象。」
「ぇっ、俺…達……?」
その後狼獣人は何度か笑った存在達を睨みつけた後、彼等を話し合いの価値もないと見なし格下げをしていた。皆平等で意見を聞こうと思っていた彼にとっては朗報なのかは解らない新たな情報だった様子で、質問を聞く相手を餞別し最終的に四人が対象となった様だ。
【幻想車】の元に居たぼうくんとクラウを初め、ハンメルの近くに居たシップス、そして背中に居るクロを横目で見ていたカツキ。どうやら彼等が、選ばれた様だ。
「あ、あの……さ。狼さん……?」
「んぁ、なんだ。」
そんな四人が餞別された中、その中に選ばれず除外されてしまったハンメルが遠慮がちに質問をした。彼の声を聞いた狼獣人は首だけ動かし彼を見つつ、とても退屈そうな返事を彼にした。
「俺は……何で駄目なんだ? こう言っちゃ難だけど、言い出したのは………」
「言い出したのは、そこの馬鹿猫だ。……だがな、それに便乗して笑う奴にだ。質問したところで、心からの意見を言うと思うか?」
「ぇっと、その……」
「……… 『笑った』って事は、そいつの意見に同意し、なおかつ賛同したから笑ったんだ。そいつ等に笑うかどうか迷っていた存在達と同じ質問をしたところで、笑った奴を貶した意見。もしくは俺の質問に対し一番好感度の高いと独自で考えた返答しか言わねぇよ。能無しに同意した奴等が、それ以上の行動が出来るとは、俺は思わん。……もし仮に俺の仮説を否定すんだったら、彼等の意見を聞いてからにしろ。俺も忙しいんだ。」
返事を聞いた彼は質問を初め、何故自分達は除外されてしまったのだろうかと気にかけていた。あからさまに彼が嫌っているクロが否定されるならともかく、その彼女の言った言葉に賛同し笑った自分達が何故駄目なのか。例え賛同したからと言って、突っぱねられる理由が解らなかったのだろう。狼獣人はその質問に対し意見を言い、便乗した輩が本音を言うかどうか問いかけた。
しかし彼からの返事にどう返事をしようか迷っていたハンメルを見て、彼は迷っているか解らないか聞かず己の考えを話し出した。偉い上司や賛同出来るリーダーの意見に賛同した下の存在達と、その意見に賛同しなかった他の存在達の意見。もし仮に大きく二つのグループに分けた時、皆が独自の考えを話す事が出来るだろうか。
後者はともかく前者は出来ないと狼獣人は考えており、もし仮にそれを突っぱねられる意見があるのであれば、後者の後にそれを言ってみろ。後から言っても本音だと思える意見が言えたのならば、その意見を撤回しようと彼は言うのだった。
相手の機嫌を伺うのではなく、今はそれすらもない素の意見が聞きたい。それこそが、彼の求める答えの様だった。
「す、すみません………」
「案外素直だな、ちょっと段差上げてやるよ。イチミリくらいな。……んじゃ、自爆したやつらを除いた四人。その場で良いから、俺の質問に答えろ。【この現実を、お前等は変えてみようと思うかどうか】教えろ。」
「………」
彼の言い分にハンメルは詫びる事しか出来ず、ただ素直に頭を下げる事しか出来なかった。だがその行動が彼には好印象だった様子で、何かものに例えながらほんの少しだけ好感を持ったことを告げつつ、選別した四人に再度質問をした。
そして、本音を言えと目で訴えるのだった。
『……な、何て言えばいいんだろう……… 何か変な事を言ったら、本当にアイツに殺されるんじゃ……』
『で、でも好感を持つような意見を言った所で……アイツは満足しないだろうし。……何だよ、この質問………』
とはいえ、質問された四人はすぐに答えを言う事が出来ずにいた。本心を言えとは言われたものの、それがすぐに出来る程の胆が座った彼等ではない。反発しても同意しても殺意が出そうな不可思議な存在に、いったい何を言ったらいいのだろうか。それが、やはり解らなかったようだ。
すると、
「俺は……変えてみたい。もし仮に、それが叶う事が出来るなら……今の現状を、ぼうくんを。変えたい。」
「クラウ………」
その静寂を破ったのは、傷を負ったクラウだった。彼等の中で一番互角に戦えそうな彼ではあったものの、争う気は無くただ素直に彼の求める答えを言った。今目の前に広がる光景に満足していない事を告げ、そして助けたいと思う相手の事を想い言った事を話した。
すると狼獣人は納得したように静かに瞬きをし『他の三人はどうなんだ』と目で言うタイミングを促した。
「……俺も、こんな今は嫌だな。宛ても無く彷徨う事もそうだし、何より良い気分じゃない。俺はもっと、皆で楽しめる未来が良い。」
「お、俺もっ……クラウと、同意見だ。……でも、明確には………俺は説明できない…… ゴメンなさい。」
「ん、まぁ無理に言わなくても良い。言い方が悪いかもしれないが、お前はまだ少し弱いからな。信頼する獣人に、甘えておけ。」
「……うん。」
次に言葉を口にしたのはシップスであり、軽く前へと足を踏み出しながら意見を述べた。続けてぼうくんが同意見である事を口にするも、彼と違い明確に自分の考えを言う事が出来ないと言った。
どう相手に考えを伝えればいいのかが彼は不得意であり、何かを言いたくても言い出せず行動が先走り誤解を招いてしまう。それでも自分の事が分かったうえでの意見である事を狼獣人は悟った様子で、事前に言葉を和らげつつ隣で意見を言うクラウにまだ甘えれば良いと言うのだった。
その言葉を聞いて安心したのか、彼は胸を撫で降ろしクラウを見上げた。すると彼も視線に気が付いたのか、ぼうくんに笑みを見せるのだった。
「狐は中々良い意見だな。良い未来の方が、お前もお望みって所か。」
「ぉ、おうっ 周りなんて糞食らえだっ!」
2人の様子を見た狼獣人は正確に意見を言ったシップスに声をかけ、再度確認する様に彼に質問した。すると彼は威勢よくそう言い、ガッツポーズを取りながら元気に言うのだった。
「あんまり調子のるんじゃねぇよ。……でも、その活気があるからこそお前は強いんだろうな。」
「ぇっ……?」
「んや、こっちの話。……で、そこのワンコはどうした。まだ聞いてねぇぞ。」
とはいえ少し調子に乗りすぎていると取られた様子で忠告をされてしまい、シップスは少し反省する様に肩をくすめていた。それでも笑顔を見せる彼は、狼獣人から見てもまだまだ強い存在らしく、少し意味深な言葉を継げながら残りの一人に意見を振った。
その言葉を聞いた皆は静かに顔を動かし、視線がカツキに集まった。
「お……俺は……… ………」
視線が一気に集まった事を感じた彼は、落ち着きを無くしとても怖そうに言う言葉に迷っていた。餞別された四人の内自分以外が意見を言って認められて、それでも自分が何を言っても認めてもらえる保証はない。ゆえに、言った後の事が怖くて怖くて仕方が無かった様だ。
そんな彼を見て、背中に居たクロは彼の横から少し顔を出しながら小声で話した。
「ほらっ、タカちゃんっ 早く『嫌だ』って言っちまえってっ 皆賛同してるから、否定何て」
バシュンッ!!!
「! わぁぁあっ!!!」
「あーさっ!?」
しかしそんな二人のやり取りに刃が飛び込み、風圧で彼等の間に一瞬壁が出来た。どうやら狼獣人が刀を振った反動で出来た物だったらしく、すぐに鞘に収めている所から見てもとても好まれるやり取りでは無かった様だ。
一瞬反応が遅れれば、彼女の身体は真っ二つになっていただろう風だった。
「蚊みたいに言う奴が、意見言おうとしてる奴に茶々入れてんじゃねぇーよ。一回死んでみるか?」
「ぁ、ぇっ……… ぃぅっ………」
「……ッ!! 止めてくれっ!! 彼女を傷つけないでくれっ!!」
「………」
そんな二人の間で再び論戦が勃発しそうになったのを見て、カツキは声を張り上げて彼に言い放った。肩を震わせながら言い放ったその言葉を聞いて、狼獣人を除く皆は驚き彼の事を見るしか出来なかった。
「俺が……言えないだけなんだ。彼女は悪くない!!!」
「何でお前が悪いって、決めつけんだ。意見を言ったのはコイツだろうが。」
「彼女は、背中を……押してくれてるだけなんだ。俺が弱いから、押してくれようとしてるだけなんだっ! 相手の考えへの配慮が、一切無いだけなんだ!!!」
「なっ……ぉ、おいっ! 事に何付けて」
「黙ってろ。」
「……ハイ。」
自分を頼り背後に隠れていた彼女を庇うように彼は言うと、狼獣人は何故そう思うのかと質問を返した。すると彼は自分のために彼女はそう言ってくれていただけであり、弱いのは自分である事を彼に言った。仮にそれだけで信用してもらえないのであればと彼は補足で付け加え、癇癪に障るのはおそらくそこだろうと言い放った。しかし彼女からしたらフォローでもなんでもないと突っかかろうとした時、次の発言を狼獣人は一喝し遮った。
もはや上下関係が出来上がっていると言っていいほど、彼女は彼に逆らえそうになかった。
「お前は背中を押して貰わなければ、前へと進めない存在。それって『ガキ』と左程変わりはねぇんだが、お前はお前自身がそんなに弱い存在だって決めつけてるのか。」
「……そう……だと、思う。………」
「曖昧なのは、あんまり好かねぇな。思うって何だよ。」
「………」
相手を庇い自分自身を下げる言い方をしたカツキに対し彼はそう言い放ち、確認を取る様に彼に再度問いかけた。自分がそれだけ弱い存在であり、フォローをしてもらわなければ生きられない程弱い存在なのであれば、それは彼自身が想っている事であり否定する事ではない。返答によって、狼獣人も態度を変えるつもりだったのだろう。表情は一切変えなかったものの、彼を気遣う言葉であった。
そんな彼に対し、カツキは曖昧な返事を返す事しか出来なかった。無論その返答で納得する狼獣人でもないため、あっさり突っぱねられ彼は言葉を失っていた。次第に顔色が暗くなっていくのを、周りの存在達はただ黙って見る事しか出来なかった。
『駄目だ…… 俺、マサにも……ヒロにも負けてる。何で、俺は………』
前を向けるように慣れたと思っていた自分にやって来た言葉を聞いて、カツキは暗い気持ちで押し潰されそうな感覚に陥っていた。クロの言う事に同意して笑うところかどうか迷っていた自分が何故か選ばれ、自分以外が自分の気持ちをはっきりと伝えていた。あからさまに考えのはっきりしていたクラウは愚か、親友であり雄々しいシップスも、言葉数の少なかったぼうくんも認められ、自分だけが何時の間にか残された。
その上意見を言うところで彼女に背中を押され、その事で彼女が殺されそうになった。自分は何も出来ず、何かをする事すら周りは常に目を向け1人ではいかせてくれない。それが、今の彼を縛り付けている感情の束縛だった。改めて自分が無力である事をカツキが悟った、その時。
「……んな事ねぇのに、まだ気づけてねぇんだな。お前は。」
「えっ……?」
狼獣人はふと言葉を告げ、その言葉にカツキは耳を疑っていた。まるで何かを解っていて、それを見届けようとしてくれていたかのように。




