悟りの乙女 3
塔のバルコニーから外へと飛び出したリダスは、姫を抱きかかえそのまま塔の下へと向かって落下を開始した。以前彼女を連れて出た際と同じ行動ではあったものの、あの時とは違う部分が一か所だけあった。
「ッ……」
「大丈夫だ、テリスター 掴まっててくれ。」
「うん………」
あの時と違って彼女は泣いておらず、彼にしっかり捕まる様に背後に手を回していた。しっかりと抱きかかえ雲に突っ込むと、彼は翼を羽ばたかせ彼女を抱えたまま空を舞う様に再び飛び出した。薄い雲のカーテンを潜る様に、彼はただ彼女を抱え連れて行く場所があるかのように静かに飛んでいた。
そんな彼の行動を見て、彼女は彼の顔を静かに見つめた後、彼の向かう方向へと顔を向け静かに笑顔を見せていた。
「綺麗な、光………」
「そうだな。」
彼等の視線の先には、雲間から降り注ぐ幾多の日光が筋となり、幻想的な光景を作り出していた。暖かい日差しが曇天を消すかのように周囲を照らし、壊れかけた建造物を温かく包み込んだ。そんな光景を目にした姫が感想を漏らすと、彼はそう答え優しく微笑むのだった。
「……ぁっ、晴れてきたぞー」
「本当だ。」
そんな二人の向かっている先、一軒のアパートでは晴れて行く空を見た存在達がベランダに顔を出していた。そこに居たのはカツキ達であり、改革後新しい住居として地区にあった一室を借り皆で住んでいた。そのためあの場に揃っていた皆がそこにはおり、一部は別の場で同じ地区内で生活をしていたのだ。
ベランダに出てきたシップスとハンメルは明るい日差しを見て、軽く微笑みながら室内に居た皆に声をかけた。
「ようやく太陽が拝めた。あれからずーっと雨だったし、気分が滅入るよなー」
「やっぱ晴れないとなっ! うーしっ、せっかくだしどっか行こう!」
少しずつ部屋に差し込む日差しが増えてきたのを見ると、ソニルスはそう言い身体を解す様にストレッチした。久しぶりの晴れと言う事もあって、皆で何処かへ行き何かをするのも良いと彼は考えていたのだろう。そんなソニルスの考えを聞いて、クロは楽しそうに拳を上げ出かける事を提案した。彼女の声を聞いて涼達は手を上げつつ返事を返し、何処へ行こうかと楽しげに話を膨らませていた。
しかしそんな中、一人だけその返事が無い存在が居た。
「………」
それは窓辺に置かれたベッドを背に外を見ていたカツキであり、話は聞こえているものの聞き流し返事を返さずに居た。そんな彼を気にかけ、クロは彼の居るベットへと近づいた。
「ん、どうした兄さん。」
「ぇっ、ぁ、いや。……何だかんだで皆と生活して、もう普通に馴染んできたんだなーって思ってさ。」
「これはこれで良いってか? 俺は全然満足してるけどなっ」
「まぁ、俺もな。………」
暗そうな彼を元気づけるかのように話を振り、クロは少しだけテンションを上げて話していた。そんな彼女の気遣いにカツキは軽く笑顔を見せて返事をするものの、会話が一通り終わってしまうとやはり表情が暗くなっていた。
珍しく元気がないのを見てクロはしばし考えた後、後方に居たシップスを見つけこう叫んだ。
「マサ、兄さんが変だぞっ!! 弄り倒せっ!!」
「え? ……何で弄り倒さないといけないんだ。お前がやればいいだろ。」
「一緒にやった方が楽しいからじゃんっ わかってねぇな~」
「なんじゃそりゃ。」
彼女の命令が下り弄るよう指示されるも、シップスは驚き彼の様子を見るや否や返事を返した。彼が見てもすぐにわかるほど今のカツキは静かであり、普段楽しそうにしている時とは違った雰囲気を見せているのも分かった。
そんな彼を弄って元気づけられるほど、今の彼は気楽には慣れないだろうと彼も感じたのだろう。彼女の言い分を苦笑いで返答し、彼もまたカツキの様子を見ていた。
「ノリ悪いなー 他にいねぇか~?」
珍しく流れに乗らなかった彼を見て、クロは次の仲間を探すべくハンメル達に声をかけだした。彼女の行動をしばらく見た後、シップスは少しだけカツキに近づき彼の様を見ながら考えた。
『変って言うか…… タカの奴、何か物足りなさを感じてるんだろうな。アイツは解ってんのかどうなのかは知らないけど、こういう時は弄らない方が良いんじゃねえか……?』
視界に入る手前でカツキの顔を覗くのを止め、彼は今の彼女の行動が適切ではないだろうと確信した。しかしそれで放置しておくほどシップスにとってカツキは適当な存在でもないため、親友のためにと彼は頭を捻り何をしたらいいだろうかとしばし考えた。
その後結論に至った様子で、声と同時に身体が動いた。
「……って思ったけど、やーめた。タカぁああ!!」
「ふぉおおっ!!」
相手の名前を呼びながらシップスは彼の肩に手を回し、笑顔で軽くヘッドロックをかけた。技をかけられたカツキは軽く驚いた様子で悲鳴を上げ、半ばされるがままに頭をグリグリと拳と腕で締め上げられていた。
苦しそうにシップスの腕を叩き降参と彼は言うも、それだけではシップスの手は止まらない。
「! 者共っ、かかれぇえー!!」
「うぉおああっ!!」
そんな二人の様子を見た残りのメンバーも、これまたそれぞれが考えた弄り方で彼に襲い掛かった。頭を撫でる者も居れば尻尾を握る者もいればと、行動は皆それぞれだった。
そんな彼等の行動の経緯を考えてか、カツキも軽く笑顔を見せていた。
皆が自分のために、励ましてくれている。
そう感じたがゆえの、笑顔だった。
「……あれ、ラプ……? ラプー!」
「ぇっ!」
そんな襲撃をカツキにかけていると、行動に出遅れていたハンメルは何かを見つけベランダで見かけた相手の名前を叫んだ。彼の視線の先にはビルがあり、そのうちの一つにラプソディとリダスの姿があった。
しかし見えたとは言っても距離があるため米粒並みに小さく、名前を呼んでも聞こえていない様子だった。
彼の見かけた存在の名前を聞いて、シップス達もベランダに出て相手の姿を確認した。
「ストレンジャーも一緒じゃん。何してんだ、アイツ等。」
「………」
バタンッ……!
「? ……タカ?」
一緒に居た相手と共に何をしているのだろうかとソニルスは言うと、皆は軽く唸り思考をめぐらせ考え出した。そんな行動を見るも、先に何かが切欠をくれた様子でその場を誰かが駆け出し住居の入口を閉じていたドアが物音を立てた。
誰が出て行ったのだろうかと皆は居た存在達を見比べ、カツキが居ない事にシップスは気付いた。
「タカが逃げたぞっ! 者共、追えーッ!!」
「んなノリかましてる場合かっ……!! ………」
出て行ってしまった相手が弄る対象だったためか、クロは先ほどから変わらないノリを見せて追いかけようと言い出した。だがそんな流れに何度も便乗している暇も無い様子で、シップスは軽く怒りつつ玄関へと向かって行った。
玄関先に置かれていた靴を履きながら扉を押し開け、彼はふと遠くに居た存在の事を気にかけた。
『ラプ、あんな所で何してんだろ…… 外に出たら、追われるって解ってんだろうに。』
「……街の中を歩く事なんて、何時振りかな。なんか、凄い新鮮………」
「テリスターが満足するだけ、見てて良いぜ。上からじゃ、雲に覆われてて見えなかったんだろ……?」
「うん。……外で生活をしていたら、他の人達に住処を襲撃される事があったから……… 私は結局、逃げる事しか出来なかったのかもしれないね。アスピセスさん達に迷惑をかけて、あんな建造物を造らせて。」
一方その頃、ハンメルが目撃したビルの屋上ではラプソディとリダスが、身に着けている衣服を風に靡かせながら立っていた。目線の先には先ほど幻想的に映っていた光の筋が下りる街並みが広がっており、軽く見とれているかのように彼女は呟いた。
管理課の塔の上では見る事の出来ない、地区の中だからこそ見える光景。それを見る事が出来て嬉しいのだろうとリダスは思い、見れて良かったなと言っていた。
「……でも、この景色を見れて良かった。最後くらい、綺麗な光景を目に焼き付けておきたかったから。」
「最後……?」
彼からの言葉を聞いて嬉しそうに笑顔を見せた後、ラプソディは再び顔色を暗くし目に映った視界を覚える様に見ていた。不意に告げられた彼女の意味深な言葉を耳にし、リダスは気にかけ質問をした。
その時だった。
「ラプーッ!」
「?」
二人の元に別の存在の声が聞こえ、声のした方角へと移動しビルの下を見下ろした。すると道路の中央にカツキの姿があり、先ほど名前を呼んだのは彼だろうと二人は思った。膝に手を付き呼吸を整えながら、彼は顔を上げ彼女に質問をした。
「ハァ……ハァ…… ……ラプ、こんな所で何してるんだよ。お前、外に出たら………」
「……うん。私を妬む人が見つけたら、皆私を殺しに来る。皆も、例外じゃないから………私はずっと、隠れてた。」
「じゃあ、なんで……」
「もう、籠の中の鳥は嫌…… 私は最後くらい、大切な人を助けてあげたい。ただ、それだけのためにここに居るの。……ムーンの顔も見れて、良かった。」
何故この場に居るのかとカツキは質問し、外へ出てくれば危険があるだろうと彼は言った。改革者となったカツキ達が勇者であれば、ラプソディは勇者の敵であり街を貶めた魔王。そんな存在が敵対していた存在達の多い地区へと降りれば、格好の標的であり危険が伴うだろうと彼は心配したのだ。
カツキからの問いかけに頷き同意するも、彼女は降りてきた理由を話しながら彼に笑顔を見せていた。大好きだった人の顔を、もう一度目の前で見る事が出来た。その事が、嬉しかった様だ。
「顔なんて、何時でも見れんだろ。まるで最後の別れみたいじゃん、その言い方。」
「………」
「……ぇっ、最後……なのか………? ラプ……! おいラプ、死ぬ気なのか!? 死ぬ必要なんてねぇだろ! 街は変わったんだ、もうお前が詫びたり罪を被る必要なんてねえだろ!! 死ぬ事なんてねえって!! 俺は嫌だからなっ!!」
彼女の言い方に軽く笑みを浮かべながら言うと、彼女は静かに表情を戻し彼の言い分に否定をしなかった。珍しく否定しなかった事を見て彼は違和感を覚え、これから自分達の前から消えてしまう事を悟り一生懸命に彼は叫んだ。
街が変わったのであれば死ぬ必要なんてない、狙われる理由も恨みや妬みを持った存在達だけ。変わる前と今とを比べれば絶望の量も減ったと彼は言い、死ぬ必要なんてないと彼は説得した。しかし彼女は彼からの言い分に何も言わず、静かにその場で笑顔を見せた。
「……ありがとう。ムーンとリダスさんだけだね。そう言ってくれたの。」
「ぇっ……」
「でも、ゴメンね。私はもう貴方達の所には戻れないし、嫌われている身だから…… 私、やり残したことがあるの。行くね。」
「ラプ!!」
彼に笑顔を見せた彼女は静かにお礼を良い、本当に嬉しく思っている事を彼に伝えた。だが彼の言う事が間違いではなかったとしても、今の自分にはやる事がありその対価を払わなければならない。
彼女は彼に言うべきことを言った後、近くに居たリダスに声をかけ移動しようと言った。
バサッ……
「……良いのか、テリスター 俺もカツキと同じで、貴女が消える必要なんて……ないと思うぜ。」
「私はもう、あの人達の中には居ない方が良いから…… ………お願い、運んで。」
「………」
カツキの叫び声を聞いていたリダスも同じように止めても良いと言うが、彼女は静かに顔を横に振り再度運んでほしいとお願いした。そんな彼女を見た彼はそれ以上は何も言わず、静かに彼女のを抱きかかえ翼を広げビルの淵に立った。
「ストレンジャー………」
「……ゴメン、カツキ。」
「!! ストレンジャーーー!!!」
止まって欲しいと願いながらカツキはリダスの名前を言うも、彼はそう言い空へと飛びだった。彼が走っても追いつけない程に早く飛び、リダスはラプソディの求める場所へと飛んで行ってしまった。
二人の行動を止められなかったと知ると、カツキはその場で泣き叫んだ。
「あぁっ…… ……クソッ………!」
「タカっ!」
そんな彼等の元に遅れてやって来たシップスは、泣きながら地面を叩く彼を見つけ声をかけた。出て行った先に何があったのかは彼は知らないため何があったのかと質問するも、彼は何も言わずただただ泣いていた。
それを見たシップスは問いかけるのを止め、飛んで行ってしまった二人の姿を見つめていた。
「やぁーっと見つけた…… 何してんだタカ……あれ、ラプか?」
「また街を変えに来たのか。懲りない奴だなー、マジ幻滅するぜ。」
「本当、どうしちゃったんだろう………」
「前に現れたって、俺は話す事なんて」
「止めてくれっ!!!」
「ね…… ………どうしたんだよ、タカ。」
その後に遅れてやって来たクロ達は状況を見て不思議そうな顔をした後、空を飛ぶリダスとラプソディの姿を見つけた。何をしにやって来たのだろうかといろいろと仮説を考え感想を口々に漏らす中、カツキは再度叫び声を上げそれ以上言わないでくれと言った。
どうしてしまったのだろうかとクロは再度質問するも、カツキは何も答えなかった。
「止めてくれ……… ……そんな風に、言うな! ラプ、これから死んじまうんだぞ!? 俺達友達だろ、何でそこまで拒絶すんだよ!!」
「………」
「ラプが悪いのは解ってる、俺が悪くないって皆が言ってくれたのも分かってる…… でも、俺のせいでラプが……皆がラプを嫌いになって、ラプが逃げてばっかりなんて……! 俺はそんなの嫌なんだ!!」
「タカ……」
肩を震わせながら彼は呟き、徐々に声のボリュームを上げもう一度叫び彼等を見た。彼の眼は涙でいっぱいになってとても潤んでおり、絶えず流れてくる涙を拭いながらそれ以上言わないでくれと言った。彼の声を聞いた皆はそれ以上言う事は無く、何を言ったらいいのだろうかと考えていた。
そんな中、一人だけ違う行動に出る者が居た。
「………」
ポンッ
「? マサ……」
それは一番最初にその場にやって来たシップスであり、何が出来るかは解らないものの何かをしようと彼の肩に手を置いた。不意に置かれた手をカツキは見た後、再度涙を拭い彼の顔を見た。
「行こうぜ。もしラプがこの後死ぬんだって言うなら、俺達が止められるかもしれないだろ。……少なくとも、流星石がある限りな。」
「……… ……あぁ!」
彼から告げられた言葉を聞いて、カツキは表情を明るくし彼と共に二人が飛んで行った方向へ向かって駆け出した。それを見た皆は驚き追いかけようとするも、一歩出た足以外は後に続く事が出来ずにいた。
「ぉ、おいっ!! ……ったく、しょうがねぇねなあ!」
「ま、待って姉御!!」
それを見たクロは怒りながらそう言い、止まってしまった皆の前を走る様に飛び出した。彼女の行動を見たソニルスも慌ててそれに続くと、残された凉とハンメルも続いてその場を走り出して行った。




