悟りの乙女 2
アスピセスとのやり取りを終えたリダスは謎の空間を後にし、再び塔の中にあると思われる通路へと戻ってきた。辺りを見渡し見慣れた場所である事を確認すると、彼は歩きだし装置を起動させその場を後にした。
装置によって移動した彼は見慣れた大扉の前へと到着し、静かに押し開け中へと入った。中は管理課の長である姫と出会ったホールがあり、あの時と同じくバルコニーのそばに1人の人影が立っていた。静かに扉を閉め前へと進むと、ホール内に敷き詰められた大理石と靴が当たり、乾いた足音を響かせた。
一定の距離まで歩きリダスは影を見た後、探していた相手である事を確認し名前を呼んだ。
「テリスター」
「………」
彼の声を耳にした影は静かに振り返ると、逆光と化していた光は徐々に弱くなり色が付きだした。立っていたのは彼の探し求めていた姫であり、あの時とは違い少しだけ嬉しそうな表情を見せていた。それを見た彼は静かに笑顔を見せた後、相手の元へと向かい静かに手を握った。
「ゴメンな、ずっと待たせて……… ようやく、迎えに来ることが出来た。」
「ありがとう、リダスさん。……もう誰も、私の事を迎えに来てくれないんじゃないかって……思っちゃった。」
「そんな事は無いぜ。少なくとも俺は、貴女の元へもう一度やってくる事が出来た。俺も会いたかった。」
スッ
「リダスさん……」
その後互いに言葉を交わした後、リダスは静かに彼女を抱きしめた。寂しい想いを抱き続けた相手の元へ再度戻り、もう一度相手がその場にいる事を確かめられた。彼はそれだけの嬉しさを表現したのだと思い、姫も静かに彼の背中に手を回した。
「……ありがとう。……でも、もう手遅れなの。」
「ぇっ……?」
しばしの間抱きしめあっていると、不意に姫は彼に向かって静かに言った。彼女の声を聞いたリダスは驚き顔を見ると、そこには先ほどまでの笑顔は無く再び寂しそうな表情を見せる姫が居た。
何故手遅れなのだろうかと、彼は質問した。
「この街が改革で変わったと同時に、他の街の住人達が手を組んでココへ向かってる。街を貶めた管理課の長である、私を打ちのめす為に。」
「何で…… 街が変わったのであれば、テリスターには何の罪もないはずだろ。何故罰せられないといけないんだ。」
「街の人達が求める平和を確立するために、もう一度起こるかもしれない氾濫を未然に防ぎたい…… その考えの矛先として向けられたのが、私。なんとなくそうなる事は解っていたから……メイリーさんとアスピセスさんには、ココを離れてもらう事をお願いしたんです。」
『だから……… あの時、アスピセスは『出来る事が無い』って言ったのか……』
彼の問いかけに対し姫はそう答え、街に居た存在達が自分を倒しにやってくると言った。街を貶めた張本人である事実は変えられず、新たに出現した『英雄達』の力をもってすれば難なく倒せる。他力本願と共に集団の力を持って彼等は自分を殺し、自分もまた彼等の平和を脅かしたとして償わなければならない。
それをするために、自分以外の犠牲は生みたくないとして、アスピセス達をこの場から出したのだとリダスは察した。謎の空間で出会ったアスピセスが去り際に言っていた言葉は、最後の願いとして自分に向けられたのだと。
「『今まで一緒に居てもらえて嬉しかった』って、忘れてた笑顔を見せながら私は言えたと思います。……二人ともその行動を拒んで一緒に居る事を望んでくれましたが、もうこれ以上私と居る必要は彼等にはありません。彼等の望んだ願いは壊れ、新たに出来上がった夢と共に街は進む。私はまた一人になって、平和のための礎になるんです。」
「………」
「本当は、もっと皆とリダスさんと……一緒に居たかった。でも私の願いは……夢では無くワガママであって、他の人達の幸せには繋がらない。最初から何かを願う前に、私は願うべきではなかったのかもしれませんね。皆に辛い思いをさせてもなお、こうやって静かに悲劇の姫を演じる事しか出来ない。」
「……… テリスターは、もう俺達に何かを願ってはくれないのか…… 俺がこの場にやって来たとしても、俺には何も頼んでくれないのか?」
自分のそばに居た存在達を外へと放ち1人となった今、自身の願いは夢ではなかったのだと姫は言った。願い、夢になる希望が人に出来るとしても自分には出来ず、かえって相手を縛り付け不幸にする事しか出来ない。一緒に居たいと言っても本心からの返答は常に帰ってこない事が、その考えに至らせたようだ。
これ以上の変化を望まない姫に対し、リダスはそう言い頼んでくれることは無いのかと問いかけた。しかし彼女は何も言わずに顔を窓のある方角へと向け、ホールに入ってくる風を感じドレスの裾を靡かせていた。
「俺は完璧な存在じゃないし、テリスターの望みを最後まで叶えられる保障は確かに出来ない。……でも俺は、死ぬ事が決まっている様に話す貴女を一人にしておくなんて。俺には出来ない。」
「………」
「俺だけがそう言うかもしれないって、思ってくれても構わない。それでも俺は貴女のために何かをしたい、貴女が殺されるって言うんだったら……俺は。俺が満足するまで、テリスターのために戦いたい。」
「戦うなんて…… ……もう私は、希望に成れない。皆を不幸にする絶望でしかない。護る価値なんて………」
バンッ!
「?」
彼からの申し出に彼女が返事を返そうとしたその時、ホール入口の扉が勢いよく開かれる音がした。物音を耳にしたリダスは開け放たれた扉を見ると、そこには大勢の街の住民達が立っていた。手には様々な道具を持った人達がおり、彼女の言う『自分を裁くために来た人』なのだとリダスは確信した。
「とうとう見つけたぞ……! この街を貶めた主犯格を!!」
「俺達を散々苦しめた奴が生きてるだなんて、絶対に認めないぞ!!」
「………」
姫を見つけた先頭の男は宣戦布告をするかのように言い放ち、背後に居た人々も口々に言い抗議をし出した。その声を聞いた姫は何も言わず、ただその場に立ち彼等を静かに見ていた。もう何も彼に残されていない事を解っていたリダスはどうしたら良いのかと考え、しばらくして連中に声をかけた。
「お前等は……何をしに来たんだ。」
「決まってるだろう。この街を地獄に変えた、プリンセスと名乗るあの大悪党を倒すためだ!」
彼の質問に連中の一人がそう答え、彼等の行動は本気と言わんばかりの発言をし姫に向かって指さした。集団の手に持たれているのは街でかき集めたのであろう武器になりうる物ばかりであり、今は生み出されていない流星石を持つものも居た。
それだけ彼等の憎しみは強く、どれだけの想いを持ってこの場に集ったのかが分かる光景であった。
「奴の決めた制度によってどれだけの命が失われ、どれだけの命が消えて行った事か……! 俺の家族も、奴に奪われたんだ!!」
「あんな存在を放置するなんて考えられない! あんなのはさっさと殺すべきよ!」
「そうよそうよ! アタシ達に向けられた刃を、奴にもぶつけてやるんだからっ!!」
口々に集団である人々は発言し、武器を天高く向け今すぐにでも襲い掛かろうとする体制を取っていた。その様子を見たリダスは彼等の敵であろう姫の元へと近づき、静かに声をかけた。
「貴女は望むのか。死ぬ事を……」
彼等が行動する前に聞きたい事を告げ、無防備な状態で立ちラプソディが死ぬことを望んでいるのかを問いかけた。二人きりの時に話した言葉が本当であれば肯定し、もし違えば否定してくれるだろうと彼は思ったのだ。
だが彼女は何も言うことなく前を向き、彼にだけ聞こえる声量でこう答えた。
「彼等の敵は私自身。私の願いが絶望を生むのなら、消えてしまった方が良いのかもしれない……… 皆のためにも。」
「………」
「私の考えを希望に変えてくれる子なんて、ここにはいない。」
問いかけに対し姫は静かにそう答え、自身の希望はすでに無い事を改めて彼に話した。彼等の改革によって街は変わり、自分の希望を叶えてくれるであろう管理課の存在達をこの場から去らせた。それによって一人となってしまった事を憐れんでいる様子で、希望になる子などいないからこそ死ぬのだと言うのだった。
それを聞いたリダスはしばし考えた後、静かに姫と連中の間に立ちはだかった。
スッ
「……悪いが、その行動は止めてもらおうか。」
「何っ……!」
「ぇっ………」
その行動を目にした姫は驚き、連中も意外な敵が登場した事に仰天していた。彼は街を変えた新たな『英雄』となった集団の一人であり、自分達の味方だと思い立ちはだかるとは思ってなかったのだろう。
いつの間にか取り出した流星石を集団に向けており、敵だと言う事を解りやすく証明していた。
「どう……して………」
「希望が無い……と、言っていたな。悪いが俺は、その希望全てが途絶えたとは思っていない。」
意外な行動に出たリダスを目にした姫は、何故そのような行動を取るのかと問いかけた。彼は街を変えた英雄であり、自分を恨んでいた友人達と共に行動してきた相手だ。そんな彼がその行動に出た事が意外過ぎて、何をしたいのか理解できない様だった。
彼女からの問いかけに対しリダスは答え、希望は無くなっていないと告げポケットから何かを取り出した。それは一つの赤いバンダナであり、渡された姫は静かに手にした。それと同時に布地から柔らかい香りが漂いだし、彼女の鼻孔をくすぐった。
「……コレ。この香り…… クラウさん?」
バンダナから香る涼しげな香りを感じ、姫はこれを持っていたであろう人物の名前を口にした。彼女がもっとも管理課の中で信頼し想いを寄せていた相手である『クラウ』のバンダナであり、彼がいつも右腕に付けていたバンダナが目の前にあったのだ。
ぼうくんから託された小さな希望が彼女には通じ、それによってこの後の行動も出来るかもしれない。彼はそう感じ持ってきた経緯を話すと、姫は静かに涙を流した。
「彼は確かに死んだらしいが、俺はそうは思わない…… コレはテリスター、貴女を動かすために俺が用意した物だ。まだ貴女には、やるべきことがあると俺は思っている。」
「………」
「テリスターを死なせるわけには、行かない…… 俺には貴女が必要だ、プリンセスラプソディ。」
「!」
「……貴女を俺に守らせてくれ。伊達に英雄と呼ばれ、この街で行動してきたわけでは無い……! 俺が会いたかった相手、それは貴女だ! テリスター!!」
バンダナを手にし彼からの言葉を聞いた姫は、驚き涙を流す事しか出来なかった。希望が生まれた様子で身体を震わせているラプソディを見た後、ストレンジャーは流星石の栓を取り周囲に液体を散布した。その後生成した氷を集団に向けて発射し、攻撃を開始した。
ガスガスガスッ!!
「クッ!! 英雄が裏切り者だとっ!!」
「やれ!! やっちまえぇぇ!!」
彼等の信じた英雄が敵であったことを悟り、集団は向かってくる氷を避けながら叫んだ。しかし相手は街をも変えてしまった大きな力を持つ存在であり、いかに言葉を聞いても集団達がすぐに行動するのは不可能であった。
相手を恐れ、鬼に金棒であった相手が敵になる。それほど恐ろしい心境は無いのだ。
「……でも、どうするかな……… 流星石の原液は、もう無い………」
スッ
「?」
「大丈夫だよ、リダスさん…… ………」
力を行使するも制限されている流星石を見て、ラプソディは不意に彼の名前を呼びながら流星石に触れた。すると瓶は強く光り輝き、失われていた青き原液が瓶の底から湧き出るように込み上げた。
瓶から中身が出るかどうかの所で上昇は止まり、力が戻った事を彼は悟った。
「私の希望になってくれる人がいるのなら……… 私はその期待に応えたい……! お願い、助けて……! リダスさんっ!!」
「あぁ……! 守ってやるぜ、テリスター!! 俺は貴方の、永遠の味方だぁああ!!!」
使用しても減らない状態となった流星石を見て姫は願い叫び、彼はそれに答える様に叫んだ。部屋中に散布した液体を次々に氷へと変え集団との間に壁を造ると、彼は姫を抱えそのままバルコニーから外へと向かって飛び出した。
託された願いを叶えたい、ただそれだけのために。




