雨と静音な存在達 3
静かに雨が降る外の音を遮断し、何時しかその場にいる3人だけの空間になりつつあるガラス店の中。ほのかに揺らぐ幾多の灯りに囲まれて、リダスはぼうくんに話を続けた。
「君はそれほどにまで、クラウの事を想っている。それだけの思いは……何だって力に変える事が出来ると思う。願望が叶う時、君は……きっと、もう一度クラウを笑顔に出来ると。俺は思う。」
その場に目を瞑りソファに腰かけているクラウを静かに見ながら、リダスはぼうくんにそう告げた。
何も出来ないと言い避けていた行動の裏には、相手を思う優しい気持ちが存在していた。相手の事を羨み外から隔離されたと感じていても、決して離れないと決めた相手が居る。何時だって出来る『別れ』をせずにそばに居ると決めた彼の思いそのものが、力となり活力となって再び相手を笑顔に出来るとリダスは言うのだった。
「『力』ったって、流星石は管理課の奴にあげちまったし…… 今の俺はただの無力な屑だ。何が出来るって言うんだ………」
しかしそんな彼に言われたところで、簡単に顔を立てに振るぼうくんではない。現にクラウを助ける際に使用した流星石は全て手放し、唯一重宝していた【義手着弾】もアスピセスの元に置いてきてしまった。
この街での力は何一つ彼の手元には残っていないため、何が出来るのかと彼は質問を投げかけた。
「君は、クラウの考えを一番良く理解している存在だと、俺の中では認識している。……それは、違うか。」
「……いや、クラウは元々俺の家の住人だし…… 否定しない。」
「なら、君はクラウから託された願いの意味を………きっと解っているはずだ。感情的になりたい気持ちは、俺だってそうだ。テリスターを助けたい……その気持ちが先走って、俺は危うく命を落としそうになった事だってある。」
「………」
「感情的になればなるほど、俺達にとって出来る事も出来なくなる。……でも今の君は、その感情は落ち着いている。彼の願いを、本当は叶えたい。そうじゃないのか。」
ぼうくんからの質問に対しリダスはすぐに答えを言わず、代わりに確認をとるための別の質問をしてきた。その認識が違えばまた違った解釈になるであろうと感じたが、それは無駄な心配でありぼうくんはクラウと一番距離感が少ない間柄である事が判明した。距離感が短い関係なのであれば、なおさら解っている答えが彼の中であるとリダスは感じていた様だ。
気持ちが強ければ強いほど感情的になった際の行動は激しく、自らの身を滅ぼす行為にも繋がる事がほとんどだ。リダスもその事は一番良く分かっており、アルダート達に助けてもらわなければ今の自分はここにはなく、もしかしたら改革者になる前に死んでいたかもしれない。前例を踏まえた結論を述べた後、再び彼はクラウの願いを理解しなおかつ叶えたいと強く想っているのではないのかと、確認を取った。
「……… ……お前、ラプソディさんとどういう関係だ。」
「テリスターは、俺の中で『大切な存在』 ……ただそれだけであり、助けてあげたいと思う……大切な人だ。」
「……そっか。」
一通りの話と気持ちが間違いでない事を理解したのか、ぼうくんはリダスとラプソディと呼ばれていた姫との関係を聞いてきた。
自分と同じなのか、それとも違う存在なのか。
それを理解するには十分な質問内容であり、それ1つで交渉は受理も決裂もする大事な質問。問われたリダスは素直にそう答え、彼女の事を助けてあげたい存在であり大切な相手なのだと、静かに答えた。
そんな彼からの答えを聞いて納得したのか、ぼうくんは静かにソファから降りクラウの乗せられた右腕に触れ、出会った当初から付けられていた赤いスカーフの結び目を解いた。
スッ
「……クラウ、コレ………ストレンジャーに貸すよ。……怒らないでな。」
静かにスカーフを取り除くと、ぼうくんは眠るクラウに囁きかける様に許可を取った。その後右腕を元の位置に戻すと、手にしたスカーフを彼に手渡した。
「多分ラプソディさんなら、これを持っていけば誰のか分かると思う。もしクラウの事を大切に想っているのなら、の話だけどな。」
「ありがとう。………」
「……名前なんて、名乗るの好きじゃねぇんだけどな…… 一応、ここでは『ぼうくん』って呼ばれてる。」
「ぼうくん、ありがとう。……必ず、これは返しに来よう。約束する。」
「期待しないで、待ってるよ。」
助けたい相手を動かす切欠を得ると、リダスはお礼を言いつつ頭を下げた。その後相手の名前を呼ぼうと思うも名前を知らない事を思い出し、言葉を続けようにも続けられず彼の目をしばし見ていた。
そんな彼の考えを察したのか、ぼうくんは少し表情を曇らせながらも自らの名前を名乗った。名前を聞き再度リダスはお礼を言った後『必ず、返しに戻ってくる』と彼に告げ、店を後にして行った。
ガチャンッ………
「………」
錆びついた扉が軋む音と閉まる音が彼の耳元に届くと、ぼうくんは再びやってくる雨音を耳にしながらクラウの隣に座った。その後静かに彼の左手を手に取ると、しずかに握りしめ握手をするかのように指を動かした。
すでに彼の体温は下がり冷たい外気によって冷えているものの、彼が握りしばらくすると、体温が伝わり彼の体毛に包まれた手は温かく彼の手を包んだ。それを感じるとぼうくんは少しだけ笑みを浮かべ、彼の事を見た。
『クラウ……これで良いんだよな。お前の事だから、俺とラプソディさんが仲良くなって欲しい………とか、思ってるんだろ。そういうの、お節介って言うんだからな。』
心の中で彼に話しかける様にぼうくんは言った後、軽くお説教するかのように彼に言った。
そんな自分の軽く怒った言葉をかければ、クラウはなんて言うのだろうか。ちょっとした寂しい気持ちを紛らわせるように、ぼうくんは話しかけ、彼がそばに居る事を忘れずにいるのだ。
その後握った手を離すとぼうくんは天井を見あげ、今度は口を動かし言葉を呟いた。
「でも……… お前のそう言うところ。俺、嫌いじゃないから………」
素直になれない優しさを思わせる、彼の一言。部屋を暖かく包むロウソクの灯りと共に、彼の言葉は優しく溶けて行った。
「………」
ぼうくんと話を終えクラウのスカーフをジャケットの中にしまうと、リダスは外を歩きながら近くの灰ビルの中へと入って行った。中には壊れかけた螺旋階段があり、普通に昇っていても壊れてしまうのではないかと思われる見た目。
しかしそんな階段の事を気にしながらも、リダスは静かに昇り屋上を目指して歩いて行った。
『テリスターならきっと、クラウの物だと気付いてくれる。……後は、俺の行動次第。』
形見として受け取った大切なスカーフをジャケットの中で握りながら、リダスは遠くに居る姫の事を考えていた。何処に居るかは風の噂で耳にする事は無かったが、彼には何処に行けば姫に会えると言う事は予想がついていた。それは彼の向かう屋上に答えがあり、天候は悪くとも向かうべき場所の姿は見えるだろうと、彼は階段を昇り屋上へと繋がる扉を押し開けた。
すると目の前には、何時しか止んだ雨雲が幾つかの綿雲に変化しており、雲間から太陽の日差しを下ろしていた。曇天の灰色の雲から降り注ぐ明るい日差しはとても優しく、その地区にも温かい時間がやってくるであろうとリダスは思い、目的の場所を目視した。
それは以前、彼と彼と共に行動すると決めた仲間達が向かった『管理課の塔』 雲間から降り注ぐ日差しが道を造る様に、今彼の居る位置から塔までを優しく光が道を示していた。
『テリスターは、あそこに居るはずだ……… 俺の事を待っていてくれると言った、あの人の元に……』
バサッ
「俺は何時でも、迎えに行ってみせる。」
心の中で決意を述べた後、リダスは畳んでいた翼を広げ、静かにビルの屋上から飛び立った。その後重力によって身体が静かに落下する中、彼は翼を羽ばたかせ空へと飛び、光を辿る様に塔へと飛んで行ったのだった。




