雨と静音な存在達 2
光が差し込む大扉を抜け、別の地区へと移動したリダス。視界を包む霧が徐々に晴れ出す頃には、彼は再び見知らぬ地区へと迷い込んでいた。
空は薄暗く、静かに降る雨音が辺りを包む地区。昼前にアルダート達と共に過ごしていた地区を後にしたとは思えない天候であり、彼自身が知らない世界が未だに存在していると思われる光景だった。何時しか彼の髪の毛にも雨粒が降臨し、彼の髪を静かに湿らせて行った。
「雨………」
彼の周囲を覆っていた霧は消えると、リダスは近くの屋根のある場所へと非難した。その後軽く服に付いた水滴を払うと、彼は周囲を見渡した。
空は薄暗いが明るい時間帯であるかのように雲がほのかに光っており、敷き詰められた雲からは雨粒が落ちる。しかし豪雨とは違った雨はとても幻想的な光景であり、一人静かに佇んでいれば絵になりそうな風景であった。だが周りの景色は改革前の地区の様な雰囲気を醸し出しており、灰ビルや雑居ビルが立ち並び、瓦礫が散乱していた。
『ココに、クラウが居るのか…… 流星石を託した青年も、きっと………』
しばし雨宿りをするも晴れる様子が無い事を確認すると、リダスは静かに移動し雨の中を歩き出した。
雨で濡れた道路に彼の靴底が触れ、一定のリズムで靴音が周囲に小さく響く。だが周囲に誰も居ない様子で変化も無く、辺りから人の気配が感じられないほどに無音の世界。
そんな天候と捨てられた区域の様な雰囲気の場を歩き、リダスは色味のある小さなガラス店の前で立ち止まった。店の前を飾る色とりどりの窓ガラスが点々と割れている中、その場所だけは人気のある灯火がある事を彼は気付いたのだ。ほのかに揺らぐ灯の正体は、どうやらロウソクの様だった。
『……誰か、居るのか。』
人気がある店の周りを少し見回した後、リダスは静かに店の扉を押し開けた。
ギィーッ………
鈍く錆びついている扉の金具が開きの悪い音を立てながら、彼は店の中へと足を踏み入れた。店の中には落ちて割れてしまったであろうガラス製の道具達が散乱しており、灯りのあるテーブルの上だけガラクタが無く片づけられていた。しかし正確には乗っていたであろう『破片』がテーブルの周りに落ちており、あえて置くためだけに退かしたと思われる光景だった。
静かに服に付いた水滴を払うと、リダスは店の中を歩きだし破片に気を付けながら前へと進んだ。部屋の奥にはロウソクと違い一層明るい場所があり、遠くて良く分からないが吊るされたランプである事を彼は認識した。ランプの下には大きなソファが置かれており、金の装飾が施されているであろうソファの淵は、明りに照らされ鈍く光り輝いていた。
そのソファの上には、誰かがもたれる様に座っているのを彼は見つけた。
「獣人……?」
ランプに照らされた場所の関係上顔までは見えないものの、座っている相手が自分達とは違う存在である事をリダスは認識した。自分とは違う体格の良い相手であり、なおかつ人でもない事を教えるかのように体毛独特の柔らかい手が照らされていた。
そしてその手の色と服に、彼は見覚えがあった。
「……クラウ、なのか。」
静かに歩み寄っていたリダスは少しずつソファの元へと移動すると、吊るされたランプが静かに左右に揺れ、相手の顔を一瞬だけ照らした。暖かい肌色の顔の上からは印象的な藍色があり、静かに目を瞑る存在。まさしく、彼の探し人であるクラウだった。
そんな彼の元へと移動し、あと一歩で彼の手に触れらせそうな所まで来た。その時だ。
パキンッ
「待ちな。」
「……?」
リダスを制止させる声と、散乱したガラスを踏んだであろう音が周囲に響いた。声の聞こえた方角へとリダスは顔を向けると、そこにはロウソクを持った存在の姿が。紫色の髪の毛が印象的な、小柄な存在。
「それ以上クラウに近づくな。……誰であろうと、クラウには触らせない。」
「その声……… あの時の、君なのか。」
「?」
声の主は警戒しながらリダスに止まるよう命じ、移動しながら相手の顔を見ていた。しかしその声に彼は聞き覚えがあり、その時の存在なのかと問いかけた。すると声の主は驚いた様子で口を開けたのが、ロウソクの灯りでリダスは認識した。
問いかけを聞き誰が居るのだろうかと思った様子で、声の主は少しだけロウソクの位置を上げ相手の姿が見えるよう照らした。灯りに照らされたリダスの顔色が浮かび上がり、声の主は誰が居るのかを察した様子でロウソクを下げた。
「ストレンジャー……って、言われてた改革者か。クラウに何の用だ。」
「君の願いと、クラウの願い。……それを、改めて叶えたいと思いここへ来た。少しだけで良い、話を聞いてもらいたい。」
「………」
声の主は相手の名前を言いつつクラウの元へと近づくと、何しに現れたのかを問いかけた。問いかけに対しリダスは静かにそう答えた後、話があってここへ来た事を告げた。
改革は確かに行われ、アルダートの願いが叶った街が新たに形成され出した。しかしそれで全てが終わったわけでは無く、自分自身と叶えられなかったクラウの願いを叶えたい。自らが現れた理由を話すと、声の主はソファの近くに置かれていた別のランプに火を移し、辺りを包むように灯りを増やした。
そこに居た存在、それはぼうくんだった。
「プリンセスと呼ばれていた存在の事、君は誰だったか……知っているか。」
「さぁな。……でも、コイツが俺と同じくらい考えていた相手って考えると……分からなくもねぇんだけどな。改革者が知人知人と来たら、そいつも俺の知人なんだろうな。」
「知っているかは分からないが…… 『ラプソディ』と、呼ばれている人だ。」
「ラプソディさん……か。やっぱりな、知ってる奴だと思ったよ。」
ランプで辺りが明るくなると、リダスは話を開始しクラウが護ろうとしていた相手が誰か、知っているかを問いかけた。しかし彼は素っ気ない返事と共に口を動かし、知っている存在達が改革を起こしたのであればその存在も自分の知り合いなのだろうと、簡単に推測を立てた。
彼の言った事が正しいかを知るべく名前を口にすると、ぼうくんは軽く呆れながら手にしたランプをソファの近くに置かれた別のテーブルの上に置いた。
「管理課であり、この街を暗く沈めたのがラプソディさん……… あの人を護ろうとしていたのがクラウ、か。……本当、訳わからねぇな。」
「………」
「俺には何が真相で、何が偽善なのかはわかんねぇけど。クラウが助けたいって言ったのがラプソディさんって知った今、その気も軽く失せそうだな。」
「気力を、削がせてしまったみたいだな……… すまない。」
「お前が謝る事じゃねーよ。……単に俺が、勝手な事を言って縁を切りたいって思ってただけだし。ラプソディさんは自分にも責任があるからって言ってくれたけど、俺はそんな立派な存在じゃねーから。そんな風に言われても困る。」
クラウの座るソファの空いている場所へと移動しつつ彼はそう言い、彼の身体を気遣いながら静かに座り背もたれに体重をかけた。
嫌な事は連続で続いてくるものなのだと思わせる彼の言い方だが、実際にはそうであり誰でも例外なんていないと彼は考えていた。そんな相手への意識が苛立ちを呼び、なおかつ自分の記憶と相手への意識がそれをさらにふつふつと苛立つ気持ちを高めるのだ。だからこそ嫌な気分にされても彼が悪いわけでは無く、結局は自分が悪く考え方そのものが悪いと彼は決めるのだ。
悪いと言われても、素直に悪いのは相手だとは思えない。
と言った方が、正しいかもしれない。
「だってそうだろ。俺みたいな愚図が生きて立って、世の中を変えられる事なんて出来るとは思わない。現に俺が改革をしなくたって、騒動は終息して俺達は隔離されただけ。……クラウの願いを、俺は他人に押し付けて終わりにした。そんだけだ。」
「……君は、カツキ達とは違う………そう言いたいのか。」
「違うな。俺はタカじゃねぇし、他の奴等でもない。現に俺も敗北者、そんな奴が表に出る事なんてありはしない。」
自分が自ら行動しなくても、街の騒動は静かに終わりを迎えた。何かをするわけでもなくやる事を相手に任せ、そして時間が過ぎるのを待っていた。それを行った結果が彼等の現状であり、周りに誰も居ない環境下の中、二人で過ごす事になったのだ。
そんな自分が表に出る必要などないと、ぼうくんは言った。
「……で、それを話させるために来たのか。ストレンジャー」
「そんな君でも……いや。君の力を借りなければ、俺はこの先に進めそうにない。……だから、頼みたい。テリスターを動かす切欠として、クラウに合わせてやりたいんだ。」
「……ハァー………また『クラウ』か。皆してクラウの事を良い様に振り回して、そしてポイか。」
半分苛立ちながらも話はそれだけかと聞くと、リダスはまだ要件を言っていないと言った後、クラウに協力してもらいたい事があると彼は言った。それを聞いた直後、ぼうくんは深いため息をつき、周りは皆同じように彼を利用するのだろうとぼやいた。
彼の中で飽き飽きしていた事柄であり、自分でも嫌になるほどにそんな相手が難い。だが何かをするわけでもなく静かに怒り、静かに相手を拒絶していた。
「いい加減、俺もそういうの嫌いなんだよな。俺が頼られる事なんてほとんどねぇけど、クラウにばっかり責任を負わせるような現状。俺は一番、それを消したい。」
「………」
「コイツは確かに優しいし、ラプソディさんの事が好きだ。だから素直にそばに居る事を選んだんだろうけど、それでクラウは死んだんだ。……死んでまで何かを背負わせようなんて、俺はしたくない。だから帰ってくれ。」
「だが、」
「いいから帰れよ!! もうクラウの事を……! 苦しめんなぁああ!!!」
「………」
自らが頼られる事もない事、頼りきりにされるクラウを利用する事。双方が彼にとって苛立ちの原因である事を主張すると、どれだけ彼が優しくて、どれだけ相手の事を想っていたかを言った。本人がそれで良いと思って行動した事は全てが今の彼に繋がり、そうならないように出来なかった自分が憎かった。
何時でも笑顔を見せてくれた、クラウが大好きだったから。
彼は激怒し、それ以上何も言うなと叫んだ。
「コイツはもう……頑張りに頑張って、俺に最後の最後まで笑顔を見せてくれたんだ!! この笑顔をまた暗くさせるなんて、俺は嫌だ!! もう一人にさせたくない、ラプソディさんのそばに居る間も………俺の事をずっと考えて、クラウは俺の所に帰って来てくれたんだ!! だから……俺は………!!」
怒りと感情のままに言いたい事を叫び、ぼうくんは涙目になりながら言い放った。
皆クラウが悪いわけでもなく、彼を取り囲んでいた周りが悪い。自分もその中に含まれても、いくら償いたくても償えない。どんなに苦しくたって、笑っていた彼のために居るのだと、彼は言った。
そんな時だった。
「………願い。」
「ぇっ……」
そんな彼に聞こえるか聞こえないかの声量でリダスは呟き、ぼうくんは正気に戻りつつなんて言ったのかを聞き返した。するとリダスは静かに瞬きを数回すると、再度聞こえる声量で彼に言った。
「願い。クラウの願いを、ちゃんと叶えてみたい…… そう、思わないか。」
「………」
クラウから託された願いを、叶えてみないか。
希望ときっかけをくれる、その一言を。彼は静かに言うのだった。




