星へと変わった感情 5
アスピセス達がテラスに辿り着く前に空へと飛び出したストレンジャーは、プリンセスと呼ばれていたラプソディを抱えたまま、地上へと向かい逆様に落下していた。とても高さを図りきれないほどに高くそびえ立つ塔の最上階層から落下を開始した事もあり、今の彼はどれだけのスピードで落下をしているのかさえ解らない程に勢いよく落ち続けていた。
何層も重なっていた雲の間を突き抜け、呼吸し辛い程にやってくる風を感じながら彼はただただ自分が抱えていた相手を必死に抱きしめていた。少しでも手を緩めてしまえば彼女の身体は彼の手から離れ、もう二度と相手の手を取る事すら出来ないかもしれない。ストレンジャーはただその事が怖くて、決して離そうとする事無く相手の背中に手を回していた。
「いやぁ……… 離し…てぇ………」
『テリスター………』
しかしその間も抱かれた姫は泣き続け、ストレンジャーの顔に涙の雫が空へと飛んで行った。重力に逆らう様に彼等の身体へと向かい、そして空へと涙はどんどん飛んでいく。そんな中、彼は違和感を感じた。
ピシッ……
『……! 顔が………』
彼女の涙が触れた自身の右頬が一瞬こわばり、その後凍てつく感覚に彼は襲われた。違和感を感じた部分に目をやると、涙が触れたであろう彼の右頬は部分的に氷の様な物が付着していたのだ。他にも涙が触れた衣服や翼の一部分が同様の変化を見せており、何故氷が出来ているのだろうかと彼は不思議に思った。
大気の雲を突きぬけて行くたびに水分が付着し、それが大量の風で冷やされて氷になったのか。彼は冷静に物事を分析しそうなったのかと思ったが、その考えを変える現象が周りで起こって居る事を知った。
キラキラキラ………
不意に彼の目に乱反射によって飛び交った光が差し込み、眩しさを感じたのが切欠だった。ずっと姫の事を見続けていたストレンジャーは周りに目をやると、そこには街に散布されていた流星石達が次々と生成され、彼等と共に地面へと向かって落下しているのが分かった。
先ほどまで自分と彼女しかいなかった事に不思議に思った彼は、身体の至る所に生成された氷は水分によるものではない事を知った。
「……流…星石…… 鐘が鳴っていないのに、どうして……空に……… ……まさか。」
「うぅっ……えっぐっ………」
『テリスターの……涙………』
空へと登っていた太陽から注がれた光を受けた流星石達は、ストレンジャーに何で出来ているのかを悟らせた後、次々に姿を消して行った。
彼女の苦しみが涙となり、その涙が姿を変えた姿。
その姿を変えた姿を手にした存在達が、その涙を利用した。
そして生まれた改革が、また彼女を苦しめた。
幾多の負の連鎖を目の当たりにし、そして何度となく向けられた矛先によって心が傷だらけになってしまった相手。それが、本当のプリンセスの正体だった。
『……そっか。本人の身体に溜め込まない様に、管理課の存在達がした事が街の存在達の力になって、この街の姿になって行ったのか……… 何度も改革を起こしたところで、平和にならない訳だ。涙を流し続けたテリスターの心に傷がある限り、街に平和なんて……訪れない訳だ。』
流星石達が姿を消え、それでもなお涙を流し自分自身を流星石にしようとする謎の液体。ただの涙とは言い難い感情が混入したその液体が顔に当たるたびに、ストレンジャーは何度も違和感を覚えた。
しかしそれでも、彼は決して相手の事を離そうとはしなかった。徐々に身体の一部が動かなくなる感覚を感じながら、彼はゆっくり右腕を動かし姫の頭に優しく乗せた。そしてゆっくり撫でると、姫は涙目になりながらストレンジャーの事を見た。
「大丈夫……大丈夫だぜ、テリスター 貴女は一人じゃない、ずっと泣く事なんてないんだ。」
「……リダス……さん………」
「大丈夫だぜ。俺が、そばに居るから………だから、
泣かないでくれ。」
相手の頭をゆっくり撫でながらストレンジャーは言い、静かに目を瞑りながら身を重力に預けたままになった。そんな彼からの行動と言葉を聞いて、姫はただただ零れそうになっていた涙を目に溜めた後、彼と同じように目を瞑った。
そして静かに彼の身体に手を伸ばし、優しく抱きしめるのであった。
互いの身体を支え、その場に居る事を約束した直後。二人は厚い雲の中へと飛び込み、姿が見えなくなった………
「………」
二人が雲へと飛び込んでから、どれだけの時間が経った後か。不意に飛んで行った意識を取り戻したストレンジャーは、ゆっくりと目を開けた。
視界には先ほどまでの空の色は無く、代わりに色彩豊かな暖色がある光景が目に映っていた。彼はうつ伏せに草原の様な場所に倒れており、点々と咲く花々の香りを風が運んでいた。『自分は今何処に居るのだろう』と思いながら彼は手足が動く事を確認した後、ゆっくりと両手に力を入れて身体を起こした。
少し靄のかかったその空間には空は無く、代わりに草原と霧に包まれた空間だけが広がっていた。そして、一人たたずむ相手の姿があった。
『……テリスター………』
相手の名前を呼びながらストレンジャーは立ち上がると、相手のそばへと移動した。すると呼ばれた相手はゆっくりと振り返り、彼の居る方へと向き直った。そして、ゆっくり手を伸ばし彼の胸に触れた。
『リダスさん……… ……ごめんね。』
『………』
『私、もう……あの子達の所には帰れない……… ムーンには酷い事を言っちゃったし、クラウさんの事も護れなかった……… ソリウスの誤解も……解けなかった……』
『テリスター……』
その後留めていた涙を頬に伝えながら口を開き、言いたい事を静かに口にしていた。ただそうしたかった事をしたかっただけなのに、それすらもこなせず後悔だけしか生めなかった。姫にとって一番辛かった事の様で、リダスはただその言葉を聞きながら名前を呼ぶ事しか出来ずにいた。
言葉を口にしながら身体を震わせる大切な人の姿は、とても悲しい姿でしかない。自分自身が会いたかった相手と言う事もあり、彼にとっても辛い出来事でしかなかった。
『……ごめん…ね……… ごめん……ね………』
『……テリスター まだ、諦めないでくれ。』
『ぇっ……?』
そんな姫の謝る言葉を聞いて、ストレンジャーは静かに両手を相手の肩の上へと乗せながら声をかけた。言葉を聞いた姫は驚きながら顔を上げると、零れていた涙が目に溜められ目が潤んでいた。
『クラウは……きっと死んでなんかいない…… カツキ達は俺達と居て、貴女の所に辿り着いた。……その出会いが来たのなら、まだ希望があるはずだ。』
『希望……?』
『貴女が彼等に後悔している事柄があるのなら、それを取り繕えるだけのチャンスを……俺は創って見せる。……だから、待って居て欲しい。ずっと護り続けたかった、貴女のためにも。』
『……リダス…さぁん……!!!』
ガシッ!
彼からの言葉を聞いて、姫は想いきり目を閉じながら彼の身体にすがり付いた。その拍子に溜めていた涙が宙に飛び、霧の中へと静かに溶け込んで行った。自分の事を頼ってくれた相手の姿を見て、ストレンジャーは嬉しそうに微笑み相手の身体を静かに撫でた。
すると、彼等を覆っていた霧が一層濃くなり、抱けるだけの距離出会ったのにも関わらず相手の姿が認知しづらくなった。それを見た姫はゆっくり相手の身体を離れると、ストレンジャーは慌てて手を伸ばし姫の手を取ろうとした。
彼の手を見て、姫は優しく手を取り静かに握り、小声で言った。
『待ってる……よ。私、貴方の事を………』
『テリスター……!!』
「……ジャーさん。ストレンジャーさん!!」
「……ぅ…ぅっ………」
視界がホワイトアウトすると、彼の耳に別の存在の声が聞こえてきた。それを耳にした彼はゆっくりと目を開けると、そこには姫とは違う存在達の姿が映っていた。自分の身体に触れていたのはアルダートであり、涙目になりながら彼の事を心配そうに見ていた。
「……アルダート………」
「ストレンジャーさん……! 良かったぁっ!! ……えっぐっ……」
「……ゴメンな。」
相手の眼差しを受けた彼はアルダートの名前を呼ぶと、言葉を聞いた本人は涙をこぼし嬉しそうな笑顔を見せていた。辺りを見渡すとカツキを始めとしベルミリオン達がおり、自分の事を探しに来てくれたのだろうと彼は認識した。
その後身体が動く事を確認しゆっくりと起き上がろうとすると、ミークとシップスは手を貸し起き上がる補助をした。手を貸してもらい立ち上がるまで行くと、二人に礼を言いストレンジャーはゆっくりと彼等を見た。
「皆………」
「ストレンジャー あの人……は……?」
そんな彼を見て、ベルミリオンは居るべきもう一人の存在の姿を探していた。それは塔のテラスから飛び出す際に抱えていた相手の事であり、彼の事を『リダス』と呼んでいた『ラプソディ』の事だ。彼女の発言を聞いたストレンジャーは当たりを見渡すも、そこには姫の姿は無かった。
姿を認識する事が出来ない事を悟ると、彼は静かに顔を横に振った。
「そう、居ない……のね………」
「……だが、居なくなったわけじゃない。」
「ぇっ?」
彼の言葉を聞いた皆は表情を暗くするも、ストレンジャーは目を開けゆっくりと言うべきことを言った。意外な発言に彼等は驚くも、彼の言う事に耳を傾けた。
「テリスターはまだ、この街に居る。……大丈夫、あの人は俺達の敵じゃないんだ。きっとまた、会える。」
「ストレンジャーさん………」
「……平気だ、アルダート。俺は諦めてなんかいないからさ。……テリスターにも、クラウにも……会えるはずだぜ。きっと。」
「!! はいっ!!」
彼にしか見えなかったのであろう幻影の中で、彼が交わした言葉の約束。再度成し遂げるために誓った事柄であり、自分にしか出来ない最初で最後の行動。それだけが彼の中で自信に変えてくれる希望であり、自身を持って言える皆への励ましだった。
彼が無理しているのではないかと心配するアルダートに対しても、ストレンジャーは決して暗い顔はせずに笑顔を見せた。それを見た彼は笑顔を見せて、再度彼に笑っているのだった。
その後、彼等の居た場所に少しずつ光が差し込むと、アルダートは自分達が居た場所に帰る事を提案した。それは今彼等の居る塔に向かう前から決まって居た事であり、彼の成し遂げたい事柄が出来た今、戻るべき場所でもある所だった。
その提案を聞いたカツキ達も同様に戻る場所へと戻る事を決め、互いにどうするかを相談し合っていた。
「ストレンジャーさん、僕達の暮らしに帰りましょうか。僕、もっと貴方と一緒に居たいです。ずっとずっと、一緒に過ごしたいです。」
「あぁ…… ……後、アルダート。」
「ぁ、はいっ」
皆が談笑している中、アルダートはストレンジャーの手を取り出会った場所へと帰ろうと言い出した。彼の後ろにはベルミリオン、ミーク、ペルティも微笑んでおり、三人も一緒にその場所へと向かう事を表していた。
そんな彼の提案を聞いて、彼は戻る前に言うべきことがある事を、彼に告げた。
「呼び名。今のまま『ストレンジャー』でも良いが、ちゃんと名前を思い出せたからさ。……君からの最初のお願い、叶えても良いか?」
「僕からの、お願い……ですか?」
不意な問いかけに、アルダートは驚きながら彼の言う『最初のお願い』とはなんだったのだろうかと思いだしていた。しかしすぐに何かを悟り、彼は笑顔で頷きながら返事を待っていた。
「俺の名前は『ストレンジャー・ザ・リダス』 ……俺が気に入るものなら、それに返事をしよう。」
「はいっ、ストレンジャーさんっ!」
彼から受けた最初の願い、アルダートの叶えたかった街での願い事。それは『自由』であり、自分と一緒に居てくれる人が一緒に居てくれる『相手』が居る事。
街への改革を起こし願った相手の夢が叶った、瞬間であった………




