苦しさと楽しさ 2
「そういやさ、シップ。」
「ん?」
同じ部屋で同じ講義を受けていたソニルスは、隣で書き物をしていたシップスに声をかけた。目の前では教卓に立つ講師が資料を片手に講義を行っているが、彼は左程聞いていない様子。現に隣に居るシップスに声をかけているほど、今は少し暇なようだった。
「最近ちょっと小耳に挟んだんだけど、知ってるか? この学校の噂。」
「えっ、噂? 何だそれ。」
「最近ちょいちょい聞く様になってきたんだけどさ。 この学校で、時々生徒が『神隠し』に合うって話。」
「・・・ぇ、マジ?」
「マジマジ。」
彼が持ちかけてきた話題、それは彼等が通う学校の怪談だった。目の前の講義よりも少々興味を引く話題だったらしく、シップスは手を止め彼の話に耳を傾けた。
「先輩の先輩の、そのまた先輩の話らしいんだけどさ。 この地区って、全体的に『学校』が多いっしょ? それ故に若い奴等が多くて、時々夜遊びとかしてるんだよ。」
「ふんふん。」
「で、当然の如く夏とかには『肝試し』とか学校でやるって言い出して、夜な夜な悲鳴とか時々上がってるって話なんだよ。」
「まぁ、そうだよな。 肝試しだし。」
「でも、その肝試しなんだけどさ・・・」
次第に小声の小話が徐々に盛り上がり、ソニルスは声のトーンを低くしながら話し出した。心なしか表情に陰りが入るほど、周囲の環境を諸共しない怪談話が始まった・・・
「ある夏の事・・・ 若い男女のカップルを組んだ集団内の一組が、この学校を舞台に肝試しを企画したんだ。 新鮮な刺激と、互いの距離感を深め合うって理由で。 学校側には無許可で、行ったらしい。」
「ぉ、おう・・・」
「企画した男女が初めに突入する事になって、いくつかのお化け役が定位置で脅かす準備をしていた・・・ 誰もが心待ちにしていて、時折聞こえてくる悲鳴が何とも楽しそうな雰囲気を創ってたらしいんだ。 ・・・でも、ある時・・・」
『ゴクリ・・・』
2人の空間が徐々に暗くなっていく中、ソニルスは彼に一言一言囁く様に言った。
肝試しと名を取る行事を主催した学生の一部が、学校に無許可で夜の学校へと忍び込んだ話。普通であれば看守による制止が入りそうな中、彼等を含む集団はもろともせずに中へと入り、懐中電灯片手に行事を開始。半数が別れてお化け役に扮して中へと潜入、後から参加メンバーがコンビを組んで中へと入る。
平和に終わるはずだった夏の風物詩に、ある異変が起きたのだ。
「その男女のペアが、体育館の裏へ入り・・・非常階段を昇った先で・・・突然、彼氏がこう言ったんだ。」
「・・・」
「『俺、実はA子ちゃんに言わないといけない事があるんだ・・・ 実は、俺・・・』 そう口にした、その時・・・」
「っ・・・」
怪談話が徐々に盛り上がりを見せ、いよいよクライマックスと思われる状態へと差し込んだ。シップスは口内に溜まりつつあった唾を飲みこみ、話のオチを今か今かと待っていた。
次の瞬間・・・
「うわあぁああああーーー!!!」
「ギュゥァアアアアア!!!???」
不意に声を上げ、ソニルスがお化けに成りすましたかのように声を荒げたのだ。隣で聞き耳を立てていたシップスは突然の事に驚き、静かな部屋の中で発狂を上げてしまった。一瞬何が起こったのかさえ解らない程に、聞きなれない叫び方を彼はしていた。
「五月蠅いぞ、そこっ!! 奇声を上げるな!!」
「「ハイ、スミマセン。」」※Two FOX's
しかし普通に講義を受けていた人々からしたら、彼等の発狂には動揺どころか心臓を悪くさせる程のハプニング。教卓で弁を取っていた講師さえも一瞬怯んでしまい、慌てて2人を叱りだし、しばしのお説教が彼等の元へとやってくるのだった。
それからしばしの時間が流れ、無事に講義が終了した後。
「・・・ったく、急に大声出すなよなー マジで叫んじまったじゃねえか。」
「めんごめんご、つい本腰入れすぎちゃって。」
「入・れ・過・ぎ・だ!」
2人は並んで講師に頭を下げ詫びの言葉を告げた後、他の生徒達とは遅れて部屋を後にした。並んで歩きながらもシップスはとばっちりを受けたとばかりに怒っており、ソニルスは両手を合わせ謝りながらも楽しそうに歩いていた。
今回の場合、どちらが悪いかと言われると何とも言えないが、あえて何も言わないでおこう。
「ソニルスー」
「ん? おぉ、ライトー」
そんな楽しげな雰囲気を見せる彼等の元へ、彼等とは違う橙色の狐の青年がやって来た。
彼の名前はライト、ソニルスのルームメイトでありシップスとは親しい友人同士の仲だ。ソニルスよりも黄色掛かった肌をしており、ソニルスと同じく鬣がとても長い元気な青年だった。
「お前もう終わり?」
「そそ、ソニルスも終わりっしょ? さっき廊下に声が響き渡ってたから、居残りかと心配したよ。」
「あれはシップだよ。」
「誰のせいだっ、誰のっ・・・!」
後から合流したライトと共にシップスは歩きながら、先ほどの奇声に対する弁解を求めていた。結局のところ両者が悪いと言えば悪いため何とも言えないものの、彼からしたらやはり言いたい事はいろいろある様だ。
しかし上手く言葉を表そうにも言葉が出ず、自身の足りない単語力に頭を悩ませていた。
「でもさ、何の話してたんだ? 講義中で無音の廊下に響くとか。」
「肝試しから始まった、神隠しの話。 ・・・あぁ、そういやオチとか言ってなかったっけ。」
「言う前に掻き消されたからな・・・」
とはいえ叱られる原因の片方であるソニルスは左程気にしておらず、シップスは軽く諦めながらも先ほどの話を求めた。2人のやり取りを見てライトが軽く苦笑する中、ソニルスは怪談話を再開し普段通りのトーンでこう言った。
「あの後、彼氏が言葉を告げようとした途端に階段の底が抜ける音がして、2人の悲鳴と共に姿が消えちまったんだってさ。 元々非常階段で錆びてたから、穴が開いても不思議じゃなかったんだけど、何度かそこで消えるって話が出てるんだと。」
「学校側の策略とかじゃなくてか?」
「うん。 マジで修繕した後とかに強度チェックしてるんだけど、誰かが悲鳴を上げた次の日にはぜぇーったい穴が空いてるんだって。 しかも3階と1階だけ。」
「え、2階は空いてないのか?」
「うん。 変だよなーって噂になって、それからはそんな感じ。」
「へぇー」
講義中の迫力ある演技とは違った話し方をしたためか、シップスはあまり驚きもせず平然とオチを聞いて納得していた。
つい先ほどの驚き振りを視ると、どうやら演技力と空間変化による心理的な物だったのかもしれない。しかし彼が怖い物が苦手かと言うとそう言うわけでもなく、どちらかと言うと雰囲気を楽しむ傾向がある。
何故発狂したのか、その辺はご想像に任せるとしよう。
「んじゃ、俺達こっちだから。」
「おう、また明日。」
「バイビーッ」
怪談のオチを話してスッキリしたのか、ライトに促されソニルスはその場で別れ楽しそうに去って行った。2人と別れたシップスは軽く手を振りながら2人を見送り、自身も戻るべき寮へと向かって帰路を歩き出した。
『・・・神隠し、なぁ・・・ 何処でもあるんだな、そう言う話。』
道中をてくてくと歩きながら、シップスは階段を思い出しながら楽しく帰宅して行った。




