定められた学び 2
彼等の住まう地区には、常に通うべき『学校』が幾多も存在していた。それぞれの年齢や学ぶべき種類の学業の数々がその場で抗議として開かれ、それを知識として蓄える場所。そのため、その地区に住まう人々は皆同じ年齢層の者達が多く居た。
昼間は望んだ場へと赴き、夜は自由に過ごすサイクル。シップス達の居る地区では、そんな生活のリズムが出来上がっていた。
『・・・シップ。 シップ・・・』
「んんー・・・」
暗い夜の時間が終わり、朝がやって来た頃。自身が住まう部屋で寝ていたシップスは、まどろみの中で呼ばれた自分の名前を耳にした。その声を聞き現実世界へと引き戻されるも、中々目は開かない。
「後5分・・・ ・・・Zzz・・・」
寝ぼけながら彼は遠くなる意識の中、一言つぶやき再び夢の世界へと飛び立とうとした。その時、
「起きろぉおおおーー!!!!」
「ぅぉおぁああっ!!!」
バタバタバタンッ!!
再びやって来た大音量の声を耳にし、彼は慌てて飛び起きた。しかしその拍子にベットの上で体制を崩し、そのまま冷たい床の上に敷かれたラグマットの上へと転落した。ふわふわな毛皮の柔らかい感触が、彼の顔に伝わる。
「・・・だぁあああーーうっせぇええ!! なんだ!?」
しかしそんな柔らかい感触に包まれたと同時に、シップスは起き上がり声の主を見て睨みつけた。せっかく安らかに寝ていたのを起こされたのと、大音量の声量を耳元から当てられたのが機嫌の悪さに繋がった様だ。
とてつもないほどに、怖い顔をしている。
「うっせぇえじゃねえだろ!! 何時だと思ってんだ!!」
「え・・・?」
声の主であるアシュレーはそんな罵声に逆ギレしつつ反論し、近くに置かれていた時計を指さし何時か確認する様叫んだ。彼の質問に寝癖の付いた前髪を直しながら、シップスは時計を目にし一気に目を見開いた。
「ち・・遅刻だぁぁあああああーーー!!!!」
苛立ちと睡眠が交互に彼の頭にやって来ていたのを差し置いて、彼は立ち上がり慌てて外へと外出する支度をし始めた。そんな彼の様子を見ながらアシュレーは溜息をつきつつ、朝食を用意しようとキッチンへと向かって行った。
『毎朝何回アイツの罵声を聞いたらいいんだかな・・・ 朝食当番、もはや俺みたいなもんだし。』
あちらこちらで物音がひっきりなしにする中、アシュレーは溜息をつきつつトーストを焼きつつ目玉焼きを作り出した。今日は平日の朝と言う事もあり、2人とも行くべき学びの場へと行かなければならない。2人は同じ場へと向かう者の、志望している学科は違うため学ぶ部屋は共に違う。そのため講義終わりの休み時間に会える程度であり、再び会えるのはこの部屋に帰宅してからだ。
シップスにとってみればなんてことのない一日がやってくるのに対し、アシュレーからしたら多少心配になる時間である。心配している事と言うのは、最近のルームメイトの事だ。
『感情豊かな朝が終わると、なーんかアイツ暗い顔して戻ってくんだよな。 学校で何があんだろう・・・』
フライパンの上で焼いている目玉焼きに調味料をかけつつ、アシュレーは近くで顔を洗うシップスの事を見ていた。日に日に笑顔が少なくなっていると言う事をアシュレーは気にかけており、やって来た当初に比べると断然笑顔を見せる事が無い。逆ギレして怒る姿は比較的見るものの、爆笑するほどの笑顔はごぶさたと言えるほどに見ていない。
「んー・・・」
「フゥ、さっぱりし・・・ ・・・アシュレー! 焦げ臭いぞ!!」
「え? ぁっ、やべっ!!」
考え事をしながら料理していた事もあってか、いつの間にかトーストからは黒い煙と共に焼け焦げた臭いがキッチンに充満していた。手にかけていた目玉焼きも半熟を通り越した固焼きになっており、白みの淵が黒くなっている。シップスの声に慌ててアシュレーは火を止めトーストを掴み、その上に目玉焼きを逆様に乗せた。
すると案の定、トーストは焦げ目玉焼きの裏面も黒焦げのダブルブラックのエッグオントーストの出来上がりである。確実に不味そうな朝食だ。
「まぁ・・・難だ。 遅刻しそうなんだし、二度も調理できねーよ?」
「ンな事ぁあ聞いてねぇよ!! ・・・って、遅刻!! もう良いよ、それ食う!!」
「へーい、毎度。」
バターも何も塗っていない状態の朝食を見てとぼけながらアシュレーは言うと、案の定シップスは怒りながらもトーストを咥えながら玄関へと向かって行った。そんな彼の後を追うようにアシュレーは使用したフライパンを水桶の中へと入れ、彼が靴を履き終えるのを待ちつつ事前に用意していたカバンを手にした。シップスも玄関先に置いたリュックサックを掴むと、彼より先に部屋を飛び出して行った。
外へと出ると、空は晴れており一面白色の光景が彼等の前に広がっていた。時間も時間と言う事もあってか周囲に彼等の飛び出した光景に陰口を叩く人々もおらず、学校へ向かうだけの気持ちのみを心配すればいい状況だ。どちらかと言うと今のシップスには好都合の条件だが、時間も時間の為そんな事は無い。
「寒ぃいーー!! 遅刻ーー!! 寒ぃいいーー!!」
昇り慣れた階段を警戒に跳び下りながら、シップスは白い息を吐きつつ学校へと向かった。
彼等の通う学校はアパートから数十キロ離れた場所に位置し、アパートからでも遠目に確認出来る位置に立っている。毎日の様に降る雪は朝になっても凍る事無く彼等の足もとに存在し、滑らせるとは違う意味で障害になる。ザクザクと音を立てながらシップスは走るも、軽く空へと跳びながら走っている状態に等しい。
それだけ、降り積もっている量が多いとも言えるのだが、下手をしたら転ぶとも言える。しかし、
「雪国生まれだから、こんなもん転ぶかよっ」
彼の生まれも生まれと言う事もあってか、雪には強く運動神経の良さから転ぶ事は基本ないのだった。登校時に使用する道路を走りながら移動し、途中木から落ちる雪の音を耳にしながら、彼は学校へと到着した。
2人の通う学校は敷地面積が広く、学校を取り囲む塀を大きく上回る外見が印象的な場所だ。降り積もる雪をもろともしないレンガ造りの校舎は、何処か古めかしくも味のある印象を与えており、大人になりつつある学生達に良く好まれている。学校へ通うための試験をギリギリの成績でパスしたシップスは、そんな学校の生徒だ。
遅刻していても門が開かれている事もあってか、彼は気にせず校舎の中へと入って行った。雪の付いた靴を軽く振りながら雪を払い、そのまま土足で入って行く。上履きが無い彼の学校は土足で入る事が基本であり、体育館以外は外履きで活動する。目的の教室へと到着すると、シップスは一度扉の前で止まり息を整え、静かに音を立てない様扉を開いた。
扉を開くと階段の様に段で作られた教室が広がり、一番下には教卓と黒板があり、講義を受け持っている先生の姿が見えた。教室内にはすでにノートを広げた生徒達の姿があり、完全に出遅れた事が分かる光景が広がっていた。そんな教室内に静かに彼は潜入すると、忍び足で近くのカウンター式の机へと向かい、席に座り一息ついた。
『ハァ・・・ 間に合った。』
心の中で安堵するも、全然間に合っていない事は補足で付け加えておこう。そんな束の間の休息を取った後、彼は背負っていたリュックサックを隣の椅子の上へと降ろし、ノートと筆記用具を取り出し講義を受けだした。
彼の受けている講義は『医学』であり、この時間帯のテーマは『正しい薬の制作・服用』となっていた。様々な薬品サンプルを調合しどんな効果を得るのか、はたまた服用の際は『水』以外に何をしたらタブーとなるのか。また調合の際に使用する器具は何を奨め作り、道具を扱う際には何について気を付けなければならないのか。
簡単ではあるが、簡略した説明は以上である。
シップスの受けている講義は基本的に『医療』に携わるモノであり、時々実習に近い物にも率先して参加している。無論その際の周囲の目は常々気にしなければならないものの、一生懸命に作業している際は気にする余地も無い。成績はお世辞にも良い方ではないが、ちゃんとノートは取っているため比較的真面目に講義を受けている。
「Zzz・・・」
『・・・? ・・・寝てるのか。』
同じ教室内ではつい先ほどまでの彼のように寝ている者もいるが、この時間は彼は寝る事は無い。退屈過ぎる時はさすがに寝てしまう事もあるものの、今では他の寝ている相手を軽く心の中で小馬鹿にする程度だ。何時も陰口を叩かれているとはいえ、相手に仕返しをする事は彼はしない。無論喧嘩ごととなれば面倒なのも事実だが、それを彼は望まないと言った方が正しいかもしれない。
何を言われても凹む脆い心の持ち主ではなく、彼は元々優しいのだ。その証拠に、
「・・・ ・・・うしっ、早描き完成。」
不真面目証拠ともなる『お絵かき』を講義ノートに描き込んでおり、そこには優しい顔をした彼自作のオリキャラが描かれていた。少し乱雑に象られた線は丁寧さは欠けるものの、表情は優しく何処となく可愛い存在。
夫婦なのか仲睦まじい様子が、そこには描かれていた。
『・・・そういや、最近暇だな・・・』
落書きをし終えひと段落ついたのか、シップスは外を見ながら心の中で呟いた。
外には雪の積もった針葉樹の姿が見え、その先には立ち並ぶビルの姿。見ていて何か楽しい風景ではないものの、半ば暇を持て余している彼には退屈な気持ちを紛らわせてくれる。ふとそんな光景を見ていた彼はジャケットのポケットに手を入れ、中から携帯電話を取り出し画面を開いた。
そこには待受画面が表示され、シップスともう1人の姿が笑顔でピースをしている男の子の写真。
『タカ、元気かな・・・』
そんな待受けを見ながら、遠くに居るであろう相手の事を考えているのだった。




