定められた学び 1
朝焼けの日の入りを終え徐々に日が天高く昇る、とある街のとある一区。そこは寒空の気候であることを忘れさせてくるかのような、とても明るく華やかなネオン街。『ストリート』と呼ばれる商店街に近くも、巨大な通りとして名高い場所だった。
ウィーン・・・
「ありがとうございましたー!」
「・・・」
そんな商店街のとある店舗の自動扉を抜け、店の外へと出てきた1人の青年。背後から明るく自分を送ってくれるかのように来る声に反応せず、ただ静かに青年は外へと出てきた。その後店の中と外との気温差を感じ、青年は身体を寒さに少し震わせつつ身にまとっていた上着のチャックを締めた。
「ハァ・・・ ・・・この店のゲームも、対外遊び尽くしちまったな・・・ やってもやっても勝てねぇし、イライラすっぜ・・・」
チャックを締め終えると、青年は軽く店の中でしてきたであろう娯楽の感想をぼやきつつコートのポケットに手を入れ歩き出した。額にゴーグルをし、感じたストレスのままに表情をしかめる1人の黄色の狐。それが、この街で行動する事となる1人の存在だった。
狐は1人、華やかな街の至る所から聞こえてくる楽しげな声や集団のたむろをよそに、商店街の通りを歩いた。時折カップルなのか男女のペアがイチャイチャしながら楽しくはしゃぐのを見て、さらに狐は不快そうに睨みつつ視線をそらす。その繰り返しを常に行っており、唯一大人しく過ごせるであろう自宅となるマンションへと向かっていた。
自分だけが不幸、周りの幸せに対する不幸が全て自分に返ってくる。時折やってくる集団の仕打ちで、本当の『安らぎ』を知らない1人の狐。
彼の名は『シップス』
この話の主人公となる、自分の個性を忘れた存在なのであった・・・
彼の居るその地区に『春』と呼べる気候が無くなったのは、丁度街の原石として知られる『流星石』が降り出した頃。幻想的であり街の力として使用されているその原石が降ったと同時に、彼は今まで願ってきた希望と呼べるものを失った。平和だった幼少期とは裏腹に、年を重ねる毎に過激になって行く周りからの対応。
そう、彼は一番ストレスを感じ自らの身を捨ててしまいそうになる経験をしてきた。それこそが、周りからの『苛め』だ。
唯一『教育の場』と呼べる学校があったその地区で、彼は想像以上の過激な苛めを経験してきたのだ。それはドラマと呼べるほどの代物とは違い、一歩間違えば彼を死なせてしまう可能性のある物も中にはあった。そんな場であっても、彼は決して逃げる事はせずただひたすらにその場を卒業する事だけを望んでいた。
・・・しかし、最近の彼はたんに耐えるだけでは身が持たないほどの心の傷を、負っていたのだった。
「・・・」
今の趣味である『ゲーム』が楽しめるゲームセンターを後にした彼は、その足で商店街から遠く離れた場所に位置する自らが住むマンションへと帰ってきた。外装は白く清楚な雰囲気があり、建物自体はシンプルな3DKのマンション。その一室に彼は部屋を設けており、近くのスーパーで購入できる食料を調理し生活していた。
ゲームセンターを好む今どきの若者にしては珍しい、自炊を行う几帳面な性格だ。その日は買い置きの食料で料理をすると決めていたため、買い物はせずシップスは静かに階段を昇って行った。時折同じマンションで住む住人が顔を出し軽い挨拶をしてくるため、それに対し彼は軽く答え足を止める事は無かった。ましてやそのまま会話に発展すると言う事も中々ないため、彼が外で信頼する相手は居ないと言っても間違いでは無かった。
しかし、表向きな対応に対し彼は返すものの。その後の行為を、常に恐れる事が多かった。
『・・・うわぁ、また何か嫌な奴と出会っちゃったよ。』
すれ違いざまに聞こえてくる、誰とは言わない耳打ちに等しい陰口。
『せっかく素敵なマンションに住めたって思ったのに、こんなに酷い風評被害があるなんて思ってもみなかったわ。』
挨拶や会話を軽くかわしただけで聞こえてくる、相手を不快にさせる小声話。
『本当本当、俺等まで同士って思われちゃうんだぜ? ひっどい話だよなー』
しかし遠慮しないで話す存在も中にはおり、それがまた彼を一層酷く害する気分にさせる事が多かった。そしてしまいには、同じ話が最後の締めとして聞こえてくる。
『アイツって本当、気持ち悪い。』
「・・・」
シップスは常に聞こえてしまうその話を聞いてしまい、常に不快に思いながらも早く部屋に帰りたいと思っていた。そして徐々に小走りになるその行動を見ると再度非難の声が聞こえてくるため、彼はフードを深くかぶりその場を駆けて行った。階段を急いで駆け上がり、マンションの一番隅に位置する自らの部屋の扉の前へと到着すると、扉を開けるための鍵を急いで取り出し開錠し、中へ逃げ込むように入り込んだ。入ると同時に周りの干渉を一切避けるかのように、鍵をかけ防犯用のチェーンも扉に欠けた。
それを終えると同時に、彼は深いため息をつき自らの情けなさに気付かされていた。
『・・・俺、何でいつも逃げる事しか出来ないんだ・・・ 俺は何も、悪い事なんてしてねえのに・・・』
心の中で常に同じ質問を繰り返し、シップスは徐々に込み上げてくる辛さに涙した。自らが逃げ続けているこの世界は嫌い。周りよりも恵まれた環境下にあるはずのその地域が、何故自分に対しては何の効力も発揮しないのか。彼はそれを感じない日が来ないかと、泣きながら常に願っていた。
しかし、いつまで経っても叶わないその願いは虚しさだけを彼に届けていたのだった。
「・・・ハァ。」
扉の前で流しそうになっていた涙を拭うと、シップスは溜息を付きながら履いていた靴を脱ぎ中へと入った。外の寒さとは裏腹に温かいその部屋は、何処か外とは違う空間を作っており彼の事を温かく出迎えてくれている様な気がした。
その後キッチンを抜け、寝室へと向かうための引き戸を開けた。
「ん、お帰りシップス。」
中へと入ると、そこには外の寒さとは違う空間が広がっており中に居た存在が彼に声をかけた。そこに居たのは灰色針鼠の青年であり、名前は『アシュレー』という彼の同居人だ。本来1人暮らしのつもりでいた彼にとって、軽く面倒でもあり親身になって話を聞いてくれる存在でもあった。
声をかけられ軽く手で返事を返すと、シップスは部屋へと入り自分が使用しているベットの上に倒れこむようにあおむけになった。
「・・・」
「どうしたんだよ、また『つまんねー』みたいな顔してさ。」
小説片手に菓子を食べていたアシュレーは彼の様子を見て、軽く気にしつつ読んでいた本にしおりを挟んだ。その後軽く彼が寝ているベットのそばへと移動し、上から覗き込む形で彼を見た。
「だってつまんねーじゃん・・・ こんな街、居たってなーんも楽しい事なんてねぇし。」
「そうか? 結構楽しい本が多いし、安価でいろんな事が出来るって良い事じゃん。 お前だって漫画くらい読むだろ?」
案の定つまらない様子でボヤく彼を見て、アシュレーは毎度の事ながら少し顔をしかめながら言った。彼もこの街の制度にのっとりその街に似合った暮らし方をしており、それなりに充実した毎日を送っているつもりのようだ。現に外へ出歩く事もあるが、寒い日や留守番込の日は大抵買いだめしてある本を読むことが多い。今日はたまたま小説を持っていた様子で、溜まった本が置かれている本棚は様々な漫画であふれていた。
「そりゃ読むけどさぁ・・・ ・・・ってか、今度は何読んでんだよ。」
「最近気に入ってる著者の本。 四神って人のなんだけど、結構面白いぜ?」
「また変わった名前だな。 ・・・四神?」
「だから『ヨガミ』だって。」
教育の場として発展しているその街の制度は、シップス自身も利用できるところはとことん利用している。学業として使われる書物は安価で購入する事が可能であり、自主鍛錬の場として使える施設はその区域に住んでいる限り無料で使える。そう言ったところはシップスも同意するも、なかなかそうはいかない悩みがあるためか素直には喜べない様だった。
その後アシュレーが読んでいた本が気になり問いかけると、その本の事で話題が盛り上がっていた。彼の持っていた本の著者は『四神夏樹』と言う人の様で、今はその人の書いた小説を読んでいたようだ。どうやらシリーズ物で点々と出ている様子で、漫画を読むことが多い青年達の間でも楽しまれている物だった。
もちろん他の区域で買えば高い代物だが、ここでは安価。アシュレーはとことん読んでいる。
本を見せながら説明されたためか、シップスは軽く目に入った漢字を読むと彼に苦笑しながら突っ込まれてしまった。だがそう言ったところで、自分の発言で笑ってくれる彼の事をシップスは嫌いではなかった。そして、自然と彼にも笑みが戻ってきていた。
「・・・ぁ、そういやそろそろ飯にすっか? 今日は俺の当番だよな。」
そんな楽しげな会話をして気が晴れたのか、シップスは寝室に置かれていた時計を見つつアシュレーに言った。時刻は昼過ぎを差しており、少し遅めではあるが昼食の時間である。
「おう、またチャーハン?」
「【また】とか言うなし。」
「ぁ、悪い悪い。」
それに対し返事を返したアシュレーではあったが、彼の発言で気に入らないところがあった様子でシップスは指摘していた。語句に指摘され軽く笑いながらアシュレーは弁解すると、シップスはちょっと不服ではある様子だが顔はしかめずそのままキッチンへと向かって行った。
『アイツ、日に日に笑顔が減ってるよな・・・ 外に行くたびに、そうなってる気がする。』
寝室から出て行ったシップスを見送ると、アシュレーは持っていた小説をサイドテーブルに置き軽く彼のベットの上に腰を下ろしながら考え事をしていた。軽く天井を眺め、ぼんやりと先ほどのやり取りを思い出しつつシップスの事を気にしていた。同居人であるから、と言う表向きな理由からの心配は彼自身はしているつもりは無かった。
ただ単に彼自身も初めて仲良くなった友人であり、もっと楽しく接する事が出来る日を望んでいた。だがシップスの笑顔が日に日に減る事を想った最近では、励ます以上の事が出来ない様子だった。
『俺って、本当無力だよな・・・』
そして、彼のために何もできない自分を憐れんでいるのであった。




