第3話 選別ですよ
「……ねえ、拓海。ちょっと真面目な話があるんだけど」
検品作業も落ち着き、拓海が限定ヴァルガイザーのポージングに没頭していた深夜二時。
パイプ椅子でポテトチップスをかじっていた女神が、珍しく真顔で声をかけてきた。
「なんだ? 可動部に神力を注ぐのは二度と断固拒否するぞ」
「ちがうわよ! 私が自分の世界(天界の泉)に帰る方法についてよ!」
女神が立ち上がり、大真面目な顔で腕を組む。
「実はね、人間界と天界を繋ぐ『泉の門』を開くには、膨大な神力と**“純度の高い貴金属”**が触媒として必要なの。……そう、勘のいいあなたなら分かるわね?」
拓海は一瞬固まり、それから静かに部屋の隅——押し入れの下段(積みプラの奥)へと視線を向けた。
「……あの『純金製』と『純銀加工』のヴァルガイザーか」
「大正解! あれはただの嫌がらせアイテムじゃなくて、私が緊急帰還するためのポータブル触媒(兼・予備バッテリー)なのよ!」
ドヤ顔で言い放つ女神。
拓海は押し入れから厳重に布を被せられた2体の金銀ロボを引き出し、床に並べた。
「なるほどな。これをどう使うんだ?」
「フフン、簡単よ! 私の神力でこの2体を共鳴させてエネルギーを充填、そのまま高熱で溶融・再結晶化させて次元穿孔の陣をを描くの! そうすれば一発で天界に——」
「待て」
拓海の制止の声に、部屋の空気が凍りついた。
「な、なに? 急に怖い顔して……」
「お前……今『高熱で溶融』と言ったか?」
「え? うん、エネルギー抽出のために一旦ドロドロに溶かすけど……」
拓海は白手袋をはめた手で純金ヴァルガイザーの頭部をそっと撫でた。
「……溶かすのは絶対に許さん」
「なんでよ!? 金と銀の造形物でしょ!? 帰還用の燃料よ!?」
「バカ言え! 全身純金製とはいえ、この指先のシャープなエッジ、胸部装甲の絶妙な傾斜、プロポーションのバランスを見ろ! これは神造物とはいえ、一つの芸術品だ! それを溶かしてドロドロの塊にするなど、造形物への冒涜だ!!」
「帰れなくなるの私なんですけどーーーっ!?」
頭を抱えて叫ぶ女神。拓海は腕を組み、真剣な目つきで金と銀のロボを交互に見つめた。
「いいか女神。溶かさずにエネルギーだけを吸い出す方法を考えろ。最悪、非破壊検査の要領で共鳴波だけを利用するんだ」
「無茶言わないでよ! 回路を直結しないと神力が足りないの!」
「回路……? このロボに内部回路があるのか?」
「神力回路(魔術的なやつ)が内部を通ってるわよ!」
「……ほう。なら、その回路の『端子』はどこだ?」
「えっ、あー……バックパックのブースターノズルの奥あたりに……」
拓海は即座に精密ドライバーセットと虫眼鏡を取り出した。
「よし、分解(解体)を開始する。内部構造を損なわずに神力だけを外部出力できる『変換アタッチメント』を俺がプラモの余りパーツで作る。それを使えば、原型を留めたまま帰還ゲートを開けるはずだ」
「えぇ……? サラリーマンが神様の帰還システムをDIY改造するの……?」
こうして、金と銀のロボを「溶かして消費する」のではなく、「原型を保ったまま帰還装置のメインユニットとして組み込む」ための、オタクと女神の怪しい深夜の改造作業が始まるのだった——。
「よし……これでバックパックのノズル奥にある神力回路への『バイパスコネクター』は完成だ」
拓海がプラモデルのランナー(枠)と真鍮線を組み合わせて作った自作パーツを、純金ヴァルガイザーの背中にカチリと装着した、その時。
部屋の空間がぐにゃりと歪み、天井付近に荘厳で巨大な「光の円陣」が浮かび上がった。
『——聞こえますか、下級女神よ』
神々しく重厚な声が部屋中に響き渡る。あまりの威圧感に、ポテトチップスを食べていたポンコツ女神が「ひえっ!?」と声を上げて床に平伏した。
「じ、上級神様!? どうしてこのような辺境の人間界に……!?」
『黙りなさい! あなたが童話の規定手順を無視し、人間界の狭い部屋でドライヤーを振り回しているのはすべて天界モニターで監視していましたよ!』
「見られてたーーーっ!?」
顔を青くする女神を余所に、光の円陣から発せられる神威は、床に並べられた「純金製」と「純銀加工」のヴァルガイザーへと注がれた。
『そこの人間よ。下級女神の不手際により、二体の「神造立体物」が人間界へ留まる事態となった。本来、童話の理において、金と銀は試練を経て『相応しき者』へ授与、あるいは天界へ回収されるべきもの……』
上級神の声がより一層厳かになる。
『故に、汝に命じる! 今すぐその「金のロボ」と「銀のロボ」を手に取り、どちらが真に価値ある存在か、汝の魂をもって【選別】しなさい! 選ばれざる一方は天界へ回収し、選ばれた一方は汝の所有と認めよう。ただし——選別を誤れば、汝の魂は永遠に泉の底へ沈むこととなる!』
天界からの絶対的な命。
ポンコツ女神は涙目になりながら拓海の裾を引っ張った。
「たくみぃ……! ちゃんと真面目に選んで! 間違えたら私まで減給処分になっちゃうから!!」
しかし、拓海は白手袋をはめ直すと、静かに、そして冷ややかな目つきで上級神の光に向き合った。
「……上級神とやらに一つ質問だ」
『何だ? 命が惜しくなったか?』
「『選別』ということは、それぞれの特性と品質、およびプロダクトとしての完成度を比較評価し、優劣をつければいいんだな?」
『……む? まあ、汝の価値観において最高の価値を持つ一品を選び出せということだが……』
拓海は虫眼鏡とLEDライトを手に取り、純金ヴァルガイザーと純銀ヴァルガイザーの前にかがみ込んだ。
「いいだろう。これより『神造ヴァルガイザー・金銀比較査定』を開始する」
「査定!? 試練じゃなくて査定なの!?」
拓海はまず純金製ヴァルガイザーの関節を曲げ、重量を手に伝えた。
「まず純金製。総重量による存在感と重厚感は圧巻だ。しかし、金という金属の特性上、柔らかすぎて関節の噛み合わせ(保持力)が経年で絶対にヘタる。自重に耐えかねて腰関節が曲がり、長期的展示には向かない。ディスプレイモデルとしては致命的な構造欠陥だ」
『こ、構造欠陥……!? 神が創りし純金の聖物に向かって何を——』
「次に純銀加工!」
拓海は間髪入れずに銀のロボをライトで照らす。
「こちらはベース素材の強度を保ちつつ、表面に綺麗なシルバーメッキが施されている。関節のクリック感も純金製より良好だ。……だが! 空気に触れることで発生する『硫化(黒ずみ)』への対策が一切されていない! クリア塗料によるトップコート処理(表面保護)を怠っているのは、コレクターズアイテムとして詰みが甘すぎる!」
『な……なにを言っているのだ汝は……!?』
光の円陣(上級神)が動揺で揺れ始めた。拓海はビシッと指を突きつける。
「結論を言う! 『どっちも不合格(選べない)』だ!!」
「えええーーーっ!? 選ばないの!? 命かかってるのよ!?」
拓海はハッキリと言い放った。
「金は重すぎて自壊する! 銀はメンテを怠れば黒ずむ! 俺が求めているのは、ダイキャストの程よい重量感と、塗装剥げを気にせず動かせる耐久性を両立した『特製メッキ版のノーマルカラー』なんだよ!! 金や銀というマテリアルに逃げてプロダクトとしての実用性を疎かにした神造物など、俺の棚には置けん!!」
『くッ……! 純金と純銀の価値を『ディスプレイの耐久性』だけで切り捨てるだと……!? こ、このような偏執的な人間に神の試練が通じぬというのか……!?』
上級神の厳かな声が、完全に引き気味の動揺した声へと変わっていた。




