超速戦騎(2)
王城から十時の鐘の音が聞こえる。
旧王国時代より時を刻み続けてきた鐘は、現在では魔術学院の管理下にあり、今でも変わらぬ音色を届けている。
「アリス、いつも通りに。それと今日は午後に別館――家の方に戻って用事があるから。」
「うむ。」
アリスが外へ出ていき、看板を開店中の表示にする。
その日の店の風景は、まさしく普段通り、と言って差し支えないものであった。
「いらっしゃい、今日はどんな御用で?」
「儀式盤の見積もりですね。では魔術の使用頻度と規模、ご予算をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「その規模ですとこちらの盤が――いや、その額だと少し厳しいですね。やはり学院で使うのであればもう少し等級を上げた方が――」
「はい、購入ありがとうございます。三日以内で大きな傷・歪み等無ければ返品・返金をお受けしておりますので、遠慮なくお申し付けください。」
「いらっしゃい、今日はどんな御用で?」
「修理依頼ですね。修理する品物をお見せください。」
「そうですね。こちらですと銀貨三枚、二時間ほどで仕上げましょう。半金とお名前を――はい、では店内で待たれますか?外出希望でしょうか?」
「承知いたしました。では、二カ月以内にお受け取りをお願いしますね。」
「いらっしゃい、今日はどんな御用で?」
「魔術武具のご相談ですね。腕当て、杖などの希望はありますでしょうか?」
「そちらのご予算ですと、そちらの品よりももう一段階上の等級の品のオプションを外して――」
「はい、購入ありがとうございます。三日以内で大きな傷・歪み等無ければ返品・返金をお受けしておりますので、遠慮なくお申し付けください。」
「いらっしゃい、今日はどんな御用で?」
「薬剤保管庫の購入ですね。保管予定の品物の大きさをお聞きしても――いえそちらですと大きすぎてマナ濃度が落ちるので少し小さいものの方が――」
「はい、購入ありがとうございます。三日以内で大きな傷・歪み等無ければ――」
「いらっしゃい、今日はどんな御用で?」
「って、爺さん、一応忙しいんだから茶なら茶店で――」
「いらっしゃい、今日はどんな御用で?」
例年、年末年始のこの時期は魔術学院への入学予定者や浪人生向けの商売が捗る。学生街の南地区にある魔道具店や、西地区王城周辺地域の高級店ほどではないが、それはこの三日月においても例外ではない。とはいっても――
「にしても、忙しいという時期に数人しかまともな客が来んのによく店がもっておるの。」
「まあそうだな。悲しいことに、うちの一番の収入源は下の店の家賃だからな。」
「いらっしゃ――」
「精が出るなぁ~!クロウ!」
客の波が凪ぎアリスに休憩をさせていたところ、豪胆な声が店内にこだました。入店した声の主は、その声色に相応しい、脂の乗った色黒で筋肉質な壮年の男だった。
「お前か、ロン。」
「お前とはなんだ!ひどいな~クロウ、俺とお前の仲じゃないか!冷たくするなって!」
(お前も「お前」って言ってんじゃねえかよ、お前。)
「はぁ――今忙しい時期だろ?」
「新しい助手が有能でな!ところでよおクロウく~ん……ちょっと匿ってくれない?」
さっきまでの豪胆さとは一転、困ったようにおどけて耳打ちしてくる。その見た目と行動のアンバランスさは、見る者に滑稽さを感じさせる。
「はぁ……ま、茶を飲んでくぐらいなら許してやろう。」
「ありがとよ親友!恩に着るぜ!」
暑苦しく抱き着いてくるこいつはロン・ホンイー。俺の子供の時分からの数少ない友人であり、魔術学院戦術科の一級講師に名を連ねる、正真正銘のエリートだ。
「あのなぁ……」
年末のこの時期、書類整理に追われる頃になると、ロンは決まってうちに逃げ込んでくる。一級講師という立場にありながら、助手に業務の一部を任せて身を隠すのだ。
うちの店内にはちょっとした四人掛けの机と椅子が置いてある。
元々は待合用にと置いたものだが、修理や加工を待つ客のほとんどは階下の店で飯がてら時間を潰すため、現在では常連の隠居爺のたまり場と化している。
何度か撤去しようとも考えたが、客と話しながら作業したり工房に見せたくない書類があるときの話し場所だったりで便利なので、中々そうできずにいる。
「最近またウチも大変になってきてね。魔族とのいざこざがようやく収まってきたところに魔族狩りなんて出ちゃって、ま~た面倒な軋轢が出そうなのよ。ほら、ウチの科って唯一魔族受け入れてるじゃん?だから色々とピリついてんの。も~う息が詰まるのなんの。」
「ふぁ~あ――武官様は大変だな。というか、その話俺が聞いていいのか?」
毎年変わらず聞く愚痴に思わずあくびがこぼれる。
戦術科。アストラルの戦術魔術師や対術戦士の育成を行う科。その講師はみな優秀な戦術魔術師であり、治安維持や国防上の重要な一柱。
とは言っても実態は規範意識向上講義や戦闘・警護・救助訓練が大半で、学院の花形の一つであると共に、国の最高学府としては異端の学科でもある。
「構わんよ。魔族狩りならお前も知ってるだろ?あのお――」
「茶だ。」
「すまないな、アリス。」
「よい。我が飲むついでだ。」
俺と、向かいに座ったロンの前に茶が差し出される。
仕事とは関係ないのもあって茶ぐらい自分で淹れようとしたが、アリスに声を掛けられ引き受けられたのだ。
「クロウの親友のロンだ。改めてよろしく。」
「ああ、よろしく。」
貼り付けたような笑みを浮かべるロンと、真顔でそれを睨み淡々と話すアリス。
警戒してだろうか、あまりにも態度が硬い。
「こいつの相手なら俺がするから休憩して――」
「ありがたいねぇ~じゃ、遠慮なく飲ませてもらうとするよ。」
明らかに空気を読んでいないロンの声に話を遮られる。
「では戻るぞ。」
「ああ、ありがとう。」
背を向けて戻っていくアリスに声を掛けると、片手を挙げて軽く返された。
ロンはというと、熱さをものともせず、するすると茶を喉に流し込んでいる。
「まったく……もっとありがたく飲めよ。」
「ガハハ!そうだな!」
「……」
「本題なんだがな、クロウ。お前に――」
「何度誘われても無理だ。」
「……あの頃のお前は輝いていた。未開を穿ち、人外魔獣を屠り、辺境戦線を押し上げ、魔族を震え上がらせた比類なき戦士。最強の冒険者、俺たちの星。それが今やこんな――」
「やめてくれ。」
「学院に来い。軍でもいい。お前の力が欲しい。彼女は残念だったが――」
「やめろ。」
「……腑抜けたな。」
「……」
「……まあいいさ。じゃ、俺は帰るよ。ぼちぼち追手が来るだろうからな。」
「ああ。」
「茶、ありがとよ。旨かったと言っといてくれ。」
「自分で言えよ。」
「少々事情があってな――また来年、誘いに来る。」
「来年と言わずいつでも来い。でもって何か買っていけ。」
「ガハハ!ま、折を見てな。」
「……」
扉から流れ込んだ冷気はぞわりと鳥肌を呼び起こし、そのまま暖気にくるまれて馴染んだ。
手に伝わる湯呑の熱が引いていくのを感じる。
「――よかったのか?」
「すまないな、嫌なところを見せた。茶、ありがとう。旨かったよ。」
「……そうか。」
「じゃあ今日はこのあたりで、ぼちぼち清掃に入るか。」




