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超速戦騎(1)

 冒険者。

 あるときは魔族や魔物と戦い、あるときは氷山や砂漠を踏破し、あまねく神秘を手に入れるべく奔走する者。


 少年の憧れ、世界の開拓者、そして……


 捨てた過去。




 陽光に掬われ、意識が浮上する。


「……朝か。」


 軽いあくびをし、頭の靄が少しずつ晴れていくのを待つ。

 倦怠感が体に纏わりついている。最近寝ても疲れが取れないことが増えた。

 一応はまだ二十台、肉体的には頂点に近いはずだ。とはいえそこは過ぎたという自覚がある。

 日に日に抜けにくくなる疲労。緩やかに、だが確実に、体の衰えを感じる。


「歳は取りたくないものだな、とでも考えておるな。」


「うわっ!?」


「おはよう。朝っぱらから何かつまらぬことを考えているようだったのでな。」


「なっ、なんでアリスがここにいるんだよ……」


 ベッドの縁に座るアリスを見やる。人間離れした美貌に、薄手の寝巻。すらりとしていながら確たる筋の通った背中は、たおやかな水鳥を思わせる。

 あれから数日、彼女が心を開いて接してくれているのはありがたいが、日を追うごとに少しずつ距離が近くなってきている気がする。


「それは酷ではないか。昨夜はあれだけ愛し合ったというのに。」


「は?あい?う、嘘だよな?」

(たしか昨日は作業してその後……ん?)


 そんな記憶はまったくない。それに服もベッドもさして……


「ああ、ちょっとからかってみたくなっただけだ。」


「……冗談はよしてくれ、心臓に悪い。」


「そう不貞腐れるな。だがやはりからかい甲斐があるの。そう卑下せずとも、まだまだ枯れてはおらんぞ。」


 そう言ってアリスはカラカラと笑う。もしかしたら本当に……などと思ってしまった自分が恥ずかしい。


「――にしても不思議よの。我が母上からは『男は皆ケダモノゆえ、常に若いおなごの尻を付け狙っておるものよ。』と聞いていたのだが……我は魅力に欠けておるのか?」


 天使のような笑顔から一転、するりとアリスの碧眼に射抜かれる。


 じっと顔を合わせられ、ついその姿をまじまじと見つめてしまう。

 整った顔立ち、みずみずしい肌、金糸を思わせる滑らかでさらさらとした長髪、人間には存在しないはずの器官ながら、まったく調和を乱していない双角。これを魅力的だと思わない男は存在しないだろう。


 だが、嫌でも思い出すあの圧倒的な魔力。魔族やもっと軽薄な男であればまた違ったのかもしれないが、正直なところ彼女の真意を測りかねる怖さが勝つ。


「……そういうわけじゃない。ただ、俺みたいな男には……なんというか……その、不相応だから気が引けてるんだよ。」


「それは誉めておるのか?ふふ、照れるではないか。」


「……」


「やはりからかい甲斐があるの。よし、朝飯を食いにいこう。」


 ガバリと立ち上がり、そのまま食卓に向かうアリス。

 俺は何も言わず、ただその後に続いた。




 いつものごとく熱い茶を啜る。じんわりとした熱が喉を伝って全身に広がり、体の内側に炎が灯るような感覚を抱く。

 この時期に出回る茶は、冬の寒冷な気候に耐えるため分厚い葉に栄養が蓄えられており、渋みが少なくまろやかで奥深い。春のものと比べて高価ではあるものの、それに見合うだけの価値がしっかりと感じられる、冬の楽しみの一つだ。


 ふと、向かいで朝食を食べているアリスを見やる。

 言葉遣いこそ素が抜けないものの、彼女は明るくてきぱきと仕事をこなしてくれて、爺さん連中との付き合いも良好だ。上位魔族特有の高い誇りや矜持といったものはあるが、悪意をもって接しなければ鷹揚に返してくれる器量も良い。

 出会いこそ恐怖に怯える羽目にはなったが、こうして接してみると良い娘だ。冗談や距離の近さは心臓に悪いものの、魔族だからと戸惑っていた自分が恥ずかしくも思える。


 アリスはこちらの考えを知ってか知らずか、上機嫌で魔兎のスープをゴクゴクと飲み干している。朝っぱらから元気なものだ。


「やっぱ肉は若さの源よねぇ。ほら、最近近所に来たオリーさんもねぇ、冒険者時代からず~っと毎日お肉食べてたんですって。肌にハリがあっていいわよ~ほんと羨ましいわぁ~」


「……ずっと不思議だったのだが、クロウは食わんのか?」


「俺は――」


「それがねぇ、この子生まれつき肉系のマナ摂るとお腹壊しちゃうみたいなのよ。大変でしょぉ?昔はそれはもう大変で大変で……」


「母さ――」


「はいはいごめんなさいね。じゃ、私はオリーさんたちとお茶に行ってくるから。戸締りよろしくね~」


 一足先に朝食を終えていた母は、鍋と自分の皿を洗い終えると同時、そう言い残して出て行ってしまった。まったく、うちの母も大概若々しいものだ。

 最近は母もいらぬ世話を焼いてか、わざと俺をアリスと二人にしたがっている節がある。やれやれどうしたものやら。




 大工房の扉が閉まっていることを確認してから、家を出て施錠する。そしてそれと同時、家屋に地下から多量のマナが流れ込む。

 きわめて単純な結界。流入・流出するマナで魔術的・物理的堅牢性が活性化された壁は、仕組みの単純さゆえに強力で、槌や斧をもってしても簡単には破壊できない。


 昨日興味を持ったアリスが本気で壊そうとしたときは、さすがに引き留めざるを得なかったが。


「昨日の答えだが、建物そのものが魔術回路の一部になっている、というので合っているか?」


「正解。家屋を龍脈と一体化する仕組みはマナの効率がかなり良いからな。院都周辺の良質な龍脈もあって、見ての通りここらでは一般的な構造なんだ。」


「だがなぜ学院都市の内部に住宅地を作らなかったのだ?せっかくあれほどの城塞があるというのに。」


「内部にも住宅街はあるよ。まあ大半が講師や政治家、あるいは学生寮だけどな。ただ、内部だと個人で勝手に龍脈に干渉されるのが禁止されててね。学院の公認業者もいるが、昔ながらの魔術師だと『他人の張った結界なんて気持ち悪くて使えない』って人が多いんだ。」


「まあその考えはわからんでもないの。」


「そういう魔術師や、立地の割に地価が安いから住み着いた腕のいい冒険者が腰を下ろす場所として、ここらへんは発展してきたんだよ。」


「詳しいな。」


「初等学校や中等学校で教えられるから、特別俺が詳しいってわけじゃないよ。」




「「おはようございまーす!」」


「おはよう」


 通りかかる学童達に挨拶を返す。こうしたほほえましい日常が、俺は大好きだ。


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