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魔道具店三日月へようこそ! (4)

 時刻も夕暮れ時、王城からの鐘は六時を告げ、閉店まで二時間を切った。


「――まあ、清掃で気を付けることはざっとこんなもんだな。何か質問はあるか?」


「接客と店内清掃、本当にそれだけでいいのか?」


「ああ十分だよ。修理や加工は一朝一夕で身に付くようなモンじゃないし、仕入れや見積もりも素材やサイズ、加工難度、時期によって変わる。ただ簡単な接客と、値札のある商品の販売、清掃だけやってくれれば十分な金は払う。」


「ふむ、にしても存外豪胆よの。これほどの力ある魔族に雑用を任せるとは。」


「たしかにアリスほどの魔族には退屈な仕事かもしれない。ただ朝も言った通り、雑用も大事な仕事だよ。この世界のみんなが好き勝手やりたい仕事やってたら社会が回らないだろ?それに君が手伝ってくれるだけで、俺も集中できる。たしかに君にしかできない仕事はあるかもしれないが、それでもこれが必要な仕事であることは変わりない。」


 半ば自分自身に言い聞かせるように答える。


「――まあ、学院でも学生向けの仕事は斡旋されてるから、嫌だったら来年はそっちに行ってもらってかまわない。適材適所って言葉もあるし、宿代さえもらえれば変わらず飯も出す。」


「ふむ……そうか。悪かったな。軽んじるような発言をしてすまない。」


「いやいいよ。俺もアリスぐらいの歳ごろの頃は……あれ?君いくつだっけ?」


「答えてもいいが、詮索はしないのではなかったか?」


「そうだったな。こちらこそすまない、忘れてくれ。で、他に――」


 ふと、外の階段を上ってくる気配を感じる。


「っと客だな。アリス、教えた通りに。」


「あいわかった。」


 一瞬の静寂ののち、扉を開いて入ってきたのは、黒づくめにボサボサの長髪、丸眼鏡の少女だった。つい二日前、この店に来ていた少女である。


「いらっしゃいませ。今日は何の御用で?」


「いらっしゃい。」


 まじまじと俺とアリスの顔を見比べる彼女。

 鄙びた店にはあまり似合わないアリスのいでたちに少々混乱しているようだ。


「はっはい……えと、その、これの修理に……」


 右腕をぐいと上げる少女。その前腕には、年季の入った金属製の腕当てが装着されている。


「腕当てですね、拝見してもよろしいでしょうか?」


「は、はい……」


 少女が金属製の腕当てを外し、カウンターにゴトンと置く。


「では失礼します。」


 持ちあげて状態を確認する。

 手にずっしりとした重みが伝わる。色と光沢からして材質はおそらく銀、黒ずんだ下地の革は短期間でかなり使い込まれたようで、表面の油分の割にボロボロクタクタになっている。


「そうですね、銀貨三枚、三十分ほどのお時間で仕上げましょう。よろしければ銀貨二枚で革の張り替えも行います。その場合、追加で二十分ほどいただきますが、いかがしましょうか?」


「じゃ、じゃあ張り替えも……お願いします……」


「承りました。では前金として半額と、お名前をこちらに記入してください。」



 別室の工房。

 銀板の表面を洗浄したのち、マナの動きを逐一確認しながら、小槌で細かい歪みを直していく。


「あの嬢ちゃん、見かけによらずかなりの武闘派だな。」


「戦闘もしていないのに一瞥でわかるモノなのか?」


 ふと、アリスから声が投げかけられる。


「それなりに知識のある職人や魔術師なら、この腕当てを見れば彼女がどれだけ良い腕なのかはわかるぞ。」


「ふむ。続けて?」


「まずこの腕当て、魔術の補助に使う刻印が少ないだろう?」


「少ないと良い腕になるのか?多い方が得に見えるが。」


「まあ魔族ならそう思うのも自然だな。だが実際は違う。」


 マナと肉体の親和性が高い魔族は、ある程度の魔術ならその感覚のみで再現できてしまう。

 子供ならなおさら、魔道具への理解が浅いのも不思議ではない。


「――腕当ては戦闘用の魔道具だ。当然、あらかじめ使う刻印をできる限り刻んでおく必要がある。」


「ん?さっきまでと同じことを言っていないか?それにその説明では刻印が多い方がやはり得ではないか。」


「まあ聞いてくれ。刻印はたしかに便利だが、魔術ごとに完成時の形が異なる。つまり、刻めば刻むほど他の魔術との併用が限定される。必要な魔術から逆算して、一致した部分だけ刻むのが常だな。限界まで刻んで特定の魔術に特化させる場合も多いが、簡単な刻印は多彩さの証であり、同時に使用者の技量と自信を示す。」


「ふむ、これだけでも十分戦える技量があると。」


「その通り。そして彼女が優秀な魔術師であるもう一つの理由、それがこの素材だ。」


「素材……ふむ、銀と……魔兎の革か?」


「正解だ、っと。すまない、そこの当て金取ってくれ。」


「あてがね?」


「そこにあるやつだ――違う、一つ隣――そうそう、それだ。」


「これは何に使うんだ?」


「これは刻印に使う道具でな、これを金属に当てて形や文字を刻印するんだ。歪みは直したから、次は刻印を上から打ち直していく。」

小槌を取り出し、またマナの流れを見ながら慎重に刻印を打ち直していく。


「――話を戻そう。銀も魔兎の革も、柔らかく加工がしやすい代わりに物理的に歪んだり傷んだりして劣化しやすい。」


「ふむ。」


「ただ同時に、これらの素材はマナや魔力の伝導性が高く、魔術行使を阻害しにくいんだ。」


「それでもすぐ劣化するなら戦闘には向いていないように思えるが。」


 刻印を打ち終わった。マナの流れも……問題ない。よし。

 魔兎の革を保管している棚は……お。


「――ちょうど彼女のサイズがあったな。運がいい、張り替えるだけで済む。」


「聞いているのか?」


「ああ。でな、魔兎の革ってのは、魔力の流し方が乱れると急速に乾燥して割れるんだ。パキパキってな。戦闘には向いていない、たしかにそうだ。しかし事実として、彼女はこの状態になるまで使い込めている。劣化と隣り合わせでなお、彼女はコレを割らなかった。」


 アリスの前に黒ずんでボロボロクタクタになった腕当ての革をひらひらと見せる。

 これは魔力暴走により急激に水分と油分が飛んだ傷み方ではない。

 状態からして、使用期間は数か月から一年ぐらいだろうか。

 念入りな下処理をしてなお繊細な魔兎の革をよくここまで使い込んだものだ。


「――技量、素材へのこだわり、それを耐用限界までもたせる集中力。一見ちぐはぐだが、これを実際に見せられたら見事だとしか言いようがない。」


「ふむ、そういうものか。」


 そうは言いつつも表情からしてあまりピンと来ていないようだ。


「ま、仕事柄なんとなくわかるだけだよ。」


 革の張り替えを終え、軽く伸びをする。


「――んっと。よし、こんなもんだな。後は渡して終わりだ。アリス、任せてもいいか?」


「任されよう。」


「ありがとな。」


 アリスに軽く微笑むと、彼女もまた穏やかな微笑で返す。


 手元の用紙に目を落とす。

 受け取り希望日は本日中、時間からして彼女が今日最後の客だろう。


(ガードナーか……どっかで聞いた名前だな……)


「どうした?クロウ。」


「いや、なんでもないよ。」





「――で?どうだった?初日の感想は。」

 冬の寒空の下、ふとアリスに尋ねる。


「雑用ばかりでつまらぬな。」


 軽く思案したのち、彼女は微笑む。

 その姿は、可憐な花のようで――


「ははは、正直で何より。でも歓迎するよ。」



「――魔道具店三日月へようこそ。」



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