魔道具店三日月へようこそ! (3)
「いらっしゃいませ!」
「おや、見ない顔の嬢ちゃんだね。」
「うむ、この店で働くことになったアリスだ。よろしく頼むぞ。」
にこやかに少女がほほえみ、つられて爺さんの頬も緩む。
「よろしく。にしてもの~こんな別嬪さんがこんな店でねぇ。珍しいこともあるもんだ。」
「こんな店で悪かったな、爺さん。」
常連の爺さんが彼女にちょっかいを掛ける前に横槍を刺す。
昔はこのスケベ爺も優秀な魔術師だったらしいが、今となっては見る影もない。
「――いらっしゃい、今日はどんな御用で?」
「おう、今日もいつも通りよ。あんたの見事な腕を見物しながら、ゆっくりと雑談しようと思うてな。」
「おだてても遅いぞ爺さん。」
「にしてものう。まさか看板娘、それもこんな美人とは。あんたも隅に置けんの。」
「まあ……ちょっと色々あってうちに居候することになったもんでな。あまり彼女にはちょっかい掛けないでやってくれよ。」
「ほいほい、わかっとるわい。……のう嬢ちゃん、ぼーいふれんどはおるのか?立候補してもええかい?」
「オイ!」
「怖いのう。」
「だな。」
「がはははっ」
「ふふふ」
ぴったりと息を合わせて笑う二人。初対面のはずだが、祖父と孫のようにすら見える。
――彼女がウチで働いている理由、それは昨日にさかのぼる。
「うんうんいいわね。じゃ、あとはお二人でごゆっくり~」
そのまま一瞬で母は去り、客間には新しい居候と気まずい沈黙が残った。
少女は母の淹れてきた熱い茶を冷ましもせずゴクゴク飲んでいる。
「……」
「どうした店主よ?熱っぽく見惚れて。今更抱かれる気になったか?」
「いや、決してそういうわけでは……」
「冗談だ。まあこれから居候させてもらう身だ。もっとくだけた話し方でよいぞ。」
「そうか。君が言うと冗談に聞こえないな。」
「ふふふ。」
そう言って微笑する少女。その姿は華やいだ魅力に満ちている。
昨夜のことは夢だったのではないかと思うほどに。
改めて息を整え、口を開く。
「……とりあえずだ。この家の家主として、この店の店主として、改めて君を居候として歓迎しよう。まずこの家に住むにあたって、君にも事情があるだろうから無闇な詮索もしないことを約束する。」
「心遣い感謝する。」
「ただしいくら恩人といえども、俺や母、この家を傷付けたり、厄介ごとを持ち込んだりといった行為だけは勘弁してほしい。それでも数日は受け入れるが、続くようであれば退去してもらう。」
そして、手を前に差し出す。
「――同意いただけるなら、君を何と呼べばいいか、教えてくれ。」
「もちろんだ。アリスと呼べ。よろしく頼む。」
不敵な笑みで、アリスが握手に応じる。見た目相応のみずみずしく滑らかな感触に、年甲斐もなく少しどぎまぎしてしまう。
この瞬間、美しい居候との同居生活が始まった。
「最初に一つ、謝らせてくれないか?アリスさん。」
「呼び捨てでいい。で、なんだ?」
「昨晩俺が君を置いて逃げたことだ、アリス。」
アリスは一瞬面食らった後、すぐにけらけらと笑い出した。
「ふふっ……ははは、はっはっはっは!何を言い出すかと思えば!うぬは我から逃げたのであろう?であれば我を捨て置かず逃げることなど不可能であろう。たわけたことを申すな。」
「……そうかもしれない。だがな、情けないながら俺もさっき母親に言われて思い出したよ。子供を放っておいて逃げるなんてな、って。この家にいる間は俺が君の保護者だ。だから俺はもう君から逃げない。君の目に俺がどれだけか弱く映っているかはわからないが、遠慮なく存分に頼ってくれ。」
覆しようのない事実として、俺は彼女の持つ魔力から恐怖のあまり逃げた。
しかし家主として、彼女がうちの居候になるというのであれば、俺にも面目というものがある。そのための腹はもう括った。
そしてその方が、きっと正しい行いだ。
「……」
「――なんて、ちょっと傲慢だったかな。君の魔族としての矜持を傷付けたのなら謝る。」
「……いや、その……そのようなことを言われたのは初めてだが……悪い気はしないな。」
もじもじと髪をいじるアリス。怒っているような反応ではないだけ良いが、そのように照れられると自分も少し気恥ずかしい。
「……クロウよ、うぬはその……怖くはないのか?」
「君の力が怖くないと言えば嘘になる。とはいえ、君には見ず知らずの相手を探して鞄を届けてくれるだけの善良さと優しさがある。それを知っていれば、個人としての君は怖くはないよ。仕事の都合上、自分を何度でも殺せるような強い人間はいくらでも見てきたからね。」
「……そう、か。」
「じゃあ、これからはこの客間を君の部屋として使ってくれ。古いモノでよければ客用の布団もある。厠や洗面所の場所はこれから案内しよう。」
「わ、わかった。ではありがたく居候させてもらおう。」
そうしてアリスに軽く家の間取りを教え、工房へは勝手に立ち入らないこと、食事がいらない場合はなるべく早い段階で母に伝えてほしいことを伝えた。
夕食時。そういえば父が死んで以来、この食卓が三人に囲まれるのは初めてかもしれない。
母の腕に拠りが入ったらしく、食卓にはずらりと色鮮やかな品々が並んでいる。
「いいわね~あたしの夫やお義父さんも昔はよく泊めてたのよ~!あたしもアリスちゃんぐらいの頃はここから学院に通っててね、最初にあの人と会ったときはそれはもう最ッ悪の出会いだったんだけど、それから――」
「すまないアリス。うちの母さんはいつもこんなんだから、適当に聞き流してくれ。」
適当に骨付きの鶏肉を頬張りながら話を遮る。
最新の魔術を用いた温度管理や配水の仕組みが整ったこの国では、郊外の土地を効率的に活用した豊かな食料供給がなされている。
「ちょっと!こんなんとは何よこんなんって!」
「ふふふ、では我は二重の意味で母上殿の後輩、ということになるのだな。」
ころころと笑うアリス。口ぶりからして彼女もまた魔術学院に通う一人となるらしい。
「あらいいわね~その響き。なんだかあたしも若返った気分だわ!」
「年甲斐もないぞ母さん。まあ実際、この街じゃこういう居候は珍しくはないんだ。苦学生に対して後進の育成と軒先を貸し出す代わりに、その対価として学生もまた自身の得意な魔術を教示したり家業を助けたりする。魔術に関わる者同士協力すべし、って学院も奨励してるしな。とはいえ唐突だったからさすがに驚いたけど。」
祖父もかつてはそれに助けられた一人だった。その経験もあり、この客間は開店以来応接室兼貸部屋として使われてきた。
といっても学生街の発展や魔術師としての力量不足もあり、俺の代では初めてだが。
「なるほど、無理を言って困らせたと思ったがそういった背景があったのだな。ただ魔術教示か家業か……うむ、なら家業を手伝ったのでもよいか?」
「あらホント、若いのに殊勝ね!イマドキ自分からあくせく働こうなんて子は少ないのよ~その点アリスちゃんは立派ね!クロウ、どうせあんた暇なんだし、今のうちにアリスちゃんに粉かけて――」
「近い近い、耳打ちやめてくれって。」
「も~う、あたしはあんたのためを思って――」
「ふふふ、仲が良いのだな二人とも。」
「まあ……家族だからな。一応弟もいるけど、この家に住んでるのは二人きりだし。」
「これからはアリスちゃんも家族だからね、好きなだけ母さんに甘えなさい!」
「ふふ。お心遣い感謝する、母上殿。ではさっそくで悪いのだが、米のお代わりを貰えないだろうか?」
「ええいいわよ~!あたしいっぱい食べる子大好きだから、遠慮せず好きなだけ食べなさい!」




