魔道具店三日月へようこそ! (2)
「ただいま。」
「遅かったじゃないクロウ――って、青い顔してどうしたのよ?」
「ああ……ちょっとね。書類整理が長引いたもんで。」
「あんたねえ。根を詰めるのもいいけど、体壊したら本末転倒よ?」
「ああ、わかってるって。」
母の小言を受け流し、廊下を渡って大工房の扉を開く。
床一面に描かれた魔法陣が光を帯び、見慣れた無骨な金属の器具の姿が目に飛び込む。
ここは魔道具店三日月の別館にして本拠地。三代に渡って積み上げてきた大工房だ。
爺さんは東国の権力階級出身の優秀な魔術師。その息子にして魔術学院の二級講師すら務めた親父。
……それに引き換え、店主失格な俺。
生まれつき少ない魔力。魔術師として足りない技量。
運良く生まれ持った魔力感知能力と、得意な魔道具の修復・加工でなんとか店を保ってはいるが、依然として薄氷の上の生活であることには変わりない。
魔族との和平により変わる時勢、変化に対応するどころか嫁すら見つけられない無能な子。母が気を揉むのも当然だろう。
「わかってはいるんだがなぁ――ん?あれ?は?嘘だろ?」
修理台の前に座り、違和感に気付く。無いのだ、大事な修理品を入れた鞄が。まずい。かなりまずい。
おそらく逃げるときに……
みるみる顔から血の気が引いていくのを感じる。
別館兼自宅は郊外。
そしてこの時間は門限のため院都には入れない。
門を出る際にいつもの再入門不可の確認を取られたのを覚えている。
何より、あんなバケモノのところにすぐ戻るなどごめんだ。
「……つくづく店主失格だな。」
明日の早朝、開門と同時に回収しよう。
そう思い、その日は夜食も取らず早々に眠りについた。
「……ただいま。」
「朝っぱらからどこ行ってたのよクロウ!朝ごはんいらないなら先に――って、また青い顔してるじゃない!」
「ああ、落とし物を探しに院都の方にね……。」
「あんたねえ、ホント体壊さないようにね。」
「ああ、わかってるって。」
いつものように大工房の修理台の前に座って思い返す。
血眼になって早朝から探したが、鞄はあの路地はもちろん、警邏の詰め所にも届けられてはいなかった。
まあ昨日の時点で覚悟してはいたことだ。いくら院都の治安がよくとも、落とし物が一晩無事なんてことはごくまれ。昨日は命拾いしたし、落とした品に高価な品はあったが、弁償できないほどのものでもない。
(とはいえ……)
修理を依頼される品には依頼人のどんな愛着があるかもわからないし、そもそも修理品を無くすようでは店の評判にも大打撃だ。
「……やっちまった。」
そう思いながら、修理の依頼を受けている魔道具の一つを手に取る。仕事の失敗は仕事で取り返すしかない。
固定具から取り外したのは、同心円と半球状の窪みが刻まれた金属の円盤。儀式盤だ。
驚くべきはその大きさで、片腕を広げたほどの直径と握りこぶしほどの厚みがある。
儀式盤は、その名の通り儀式魔法の行使に用いる魔道具だ。窪みへ星に見立てた金属球を置いたり、円に魔法に応じた陣を書き足したりすることで、行使する儀式魔法の効果量や範囲、時間などの細かい設定に利用する。
儀式盤に魔力を通した際の熱でわずかに歪むため、定期的に修理するか買い替える必要がある。その修理は現在の店の主要な収入源の一つだ。
通常大型の儀式盤は修理費が嵩むため買い換えられるか売却されるのが常だが、今回依頼を受けた儀式盤はほぼ新品であった。魔法の運用実験時に、魔力の過供給に伴う暴走で大きく歪んだらしい。
――完璧に修理できれば追加料金を払う。
なるほど確かに良い儀式盤だ。そう言うだけの価値はある。
円を描く線は太すぎず細すぎず、窪みも今まで見てきた中ではかなり真球のそれに近い。おそらく特注品、それもよほどの職人の手によるものであろう。ほれぼれする出来栄えだ。そんじょそこらの魔道具店に修理できる代物ではない。かといって、これをすぐ修理しろと言われれば、作った職人が憤慨して取引を停止する可能性もあるだろう。
「ウチの店に流すのも納得だな。」
盤全体の歪みはほぼ直っている。今日は仕上げだ。
目に魔力を込め、陣にわずかに流れ込むマナの動きを見る。そして、手触りで感じるかすかな違和感を確実に拭うように小槌を振るう。こうやって、定規を当てただけでは感じ取れないわずかな歪みも確実に直していくのだ。
診て、振るう。見て、振るう。視て、振るう。その繰り返し。
(よし、これであとは刻印を打ち直すだけ……)
そう思い、一息ついて背伸びをしたちょうどそのとき――
「クロウ?クロウ!クローウ!!!」
「叫ばなくても聞こえてるよ。」
扉を開け、爆音の主に返す。
「何度も答えなかったのはあんたでしょ?熱中もほどほどになさい。それと客よ。いまどき珍しいわよ、あんな可愛くて礼儀正しい娘さん。知り合いのお姉さんでも紹介してもらったら?」
つらつらと捲し立てる母。たしかに熱中していて気付かなかったが呼ばれていたような気も……しないわけではない。
「……ごめん。けど客相手にそういう下世話な話はやめてくれよ――」
「下世話も何も、あんたの心配して言ってるのよ?昨日はああ言ったけど、あんたがいつまでもひとり身なのも困るし、あんな良い娘さんならいい知り合いの一人か二人ぐらいいるでしょ?適当に捕まえて、はやくあたしに孫の顔を見せなさい!じゃ、あたしは晩御飯の下準備するから。あまり待たせないようにね!」
話を無理やり切り上げて母が去っていく。毎度毎度嵐のようで困る。あの性格どうにかならないだろうか、とは肉親ながらついつい思ってしまう。
にしても客か。定休日にわざわざ別館まで押しかけてくるとは珍しい。
そして「可愛くて礼儀正しい娘さん」と母は言っていたが、心当たりが無い。若い女学生自体は時たま店に来るが、ほとんどは道楽好きの老人、あるいは魔術学院のお偉いさんが個人で注文しに来る程度。
定休日でも俺に用がある学生となると、後者の使い走りってところだろうか?
もしかして、昨日の魔女の子か?
作業着から着替え、軽く身なりを整えて客間に顔を出す。
「待たせてすみません。三日月別館へようこそいらっしゃい――」
「昨日ぶりだな、店主よ。」
そこには、たしかに昨日の少女がいた――魔族の方の。
美しい金髪、玉のような碧眼、滑らかな肌……そして額から伸びる双角。
昨日は暗がりと状況もあってわからなかったが、しっとりとした高貴さの中にどこか野性的な雰囲気とあどけなさを感じさせる彼女は、さぞ周囲の目を引くことだろう。
(可愛……じゃなくて、昨日の上位魔族!?なぜここに?刺激する方が危険か?逃げる?いや母さんがいる。戦う?今なら戦える。勝てる?わからない――)
「おい、何をぼうっと突っ立っておる。」
机を挟んだ向かいに腰かけ、思わず呑んだ息を整える。
「失礼しました。えーと……なんの御用でしょう?」
「“これ”を拾ったのでな。」
そう言って彼女が足元から取って見せたのは、今朝から血眼になって探していた――
「俺の鞄。」
「うむ。次は落とすでないぞ。」
そう言って彼女は鞄をぐいと押し付けた。
「……あ、ありがとう!」
ぐっと頭を下げる。彼女がなぜ持っているか、なぜ拾ったかはわからない。だが助かった。本当に助かった。これでなんとか店の看板に傷がつかずに済んだ。
「――本当にありがとう!よろしければ、私に何かお礼をさせていただけないか?」
「おっ……う、うむ。お礼……お礼か。」
「お金でも何でも、何か困ったことがあれば言ってくれ。」
「う~む。そうだな、ならばせっかくだ――」
「この家に居候させてはもらえないか?」
「……はい?」
「我はつい最近この街に来たのだがな、宿が無くて困っておるのだ。この家は広いし、ちょうどよかろ?足りぬ分は我が礼を返すから――」
「い、そうろ……」
は?居候?
困った。さすがに困った。というかなぜだ?
多少の物や金銭なら、「はいもちろん」と二つ返事をするつもりだったが、いや居候というのは……ただ彼女が恩人であるのはたしかだし……いやでも元を辿れば彼女のせいで落としたような気も……
「ええもちろん!いいわよ!何年でもいいから、好きなだけ住んでいきなさい!」
「ちょ!?母さん!?」
突如として現れた母が二つ返事で了承する。嘘だろ?本気か?
「ちょ、母さん、いくら恩人とはいえこんなお嬢ちゃんと、それも魔族だろ?言ってることわかって――」
昨日の彼女の姿を思い出す。魔術すら伴わないただの魔力の奔流で、俺含む大の男三人を一方的に逃走させた彼女の姿を。
間違いない。あれは魔族の中でもかなり上位の魔力。下手したら貴族に名を連ねる相手かもしれない。
魔族狩り……というわけではなさそうだ。なら昨日の魔族や目撃者の俺を消さない理由が無いが……
「イマドキ魔族なんて珍しくもなんともないわよ!角が生えただけで人間と大差ないじゃない!それに、この子に鞄拾ってもらったんでしょ?昨日から隠してたみたいだけど、わからないとでも思ったの?そもそも、こんなかわいい子を一人で街中に放り出すつもりなの!?そんな子に育てた覚えはないわよ!?」
「感謝する、母上殿。」
彼女がいくら強くとも、そして怖くとも、昨夜の恩義も逃げた後ろめたさもある。ああ言われてしまうと返す言葉もない。いや、まったくないわけではない……が、思い返してみれば攻撃されたわけでもなく俺が勝手に逃げただけで、むしろ彼女自身は友好的な恩人で……
断ったら?彼女は怒るだろうか?いやむしろ冷静に引き下がりそうな気もする……だがそれでいいのか?本当にそれは……正しい行いと言えるか?
怖い……が、腹を括ろう。この際だ。彼女が魔族だ何だというのは関係ない。
「……わかった。恩人の頼みだ。受け入れよう。」




