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魔道具店三日月へようこそ! (1)

「魔族狩りねぇ……物騒なもんだな。」


 眠気眼で茶を啜り、手元の新聞に目を落とす。見出しには『魔族連続殺害、同一犯によるものか』との文字。

 夜間の魔族の外出を控えるよう呼び掛けているが、プライドの高い魔族には逆効果だろう。


 魔族。人類のかつての仇敵にして、現在の隣人。

 ほとんどの人類よりも多い魔力、高い膂力。何よりその角。

 古来より人類と彼らは戦争状態にあったが、大魔王の死やそれに伴う穏健派の台頭などもあり、六年前の和平以来、この学院国家アストラルにおいて彼らの姿は珍しいものではない。


 標的も魔族のみに集中しているし、快楽殺人者でもわざわざ魔族を狙い続けるのは危険が高い。戦時中に身内でも失った留学生や失職した冒険者にでもよる犯行だろうか。

 だがそんな警邏まがいのことを考えたところで、その事実がいつもの朝に特段大きな影響を与えるというわけでもなかった。


「クロウ~?母さん友達とお茶に出かけてくるから、戸締りよろしくね~!」

「は~い。」


母へ返事をしたのち、欠伸をかみ殺し、ゆっくりと立ち上がる。

 数日前から感じる不調に歳を感じながら、肩に手を当て、軽く回す。


「寒いな……」


 季節は冬。外出は億劫だが、店を開けないわけにもいかない。茶の熱が体から霧散する前に支度を済ませ、食卓を後にした。






王城の鐘が一時を告げる。

窓の外にはいつも通りの青空と白雲。通りの商店の瓦の上には、数日前の雪がいまだに融け残っている。

書類整理のかたわら常連の茶飲み話に耳を傾けていたそのとき、ふと感じ慣れない気配に振り返った。


見やると同時、扉の鈴の音と共に少女が入店してくる。

ボサボサの黒髪を三角帽子に収め、黒いローブを着た丸眼鏡の少女。魔術学院におけるスタンダードな学生の服装の一つだ。背丈と顔つきからして17、8歳ぐらいだろうか。


「いらっしゃい。今日は何の御用で?」


「え、えぇと、魔道具店の看板を見てきたんですけど……」


ぐるぐると店内を見渡す少女、その困惑が手に取るように伝わる。

常連の爺さんが好き好きに話し合う様子はこの店では日常でも、学生街の魔道具店の落ち着いた雰囲気に慣れた少女には異質に見えているのだろう。


「ああごめんねお嬢ちゃん――おい爺さん達!あんたらが好き勝手にくっちゃべってるから、この子も怖がってるだろうがよ!ほらほら、やることが無いなら帰った帰った!」


「横暴じゃの~」

「そんなじゃから嫁の一つも貰えんのよ。」

「クロウさんの年下趣味も困ったものよの。」


 口々に好き勝手言いながらいそいそと帰る老人たち。


「はいはい、黙って帰る黙って帰る――ごめんね嬢ちゃん。いつもはもうちょっと落ち着いた雰囲気なんだけどね。」


「……あ、ありがとうございます……」


 言葉とは裏腹に、少女は少し申し訳なさそうに怯えているよう見える。


(まずいな、無理やり爺さん達を帰らせたのが裏目に出たかもしれない。)


 意を決してか、少女が沈黙を破った。


「――あ、あの……硝酸を……探してるん、ですけど……」


「ええと……うちは薬品免許止められてて……触媒は鉱石類なら販売してるんだけど……」


 ただ気まずく、髭の剃り残しをなぞることしかできなかった。


「あ、す、すみみゃせん!!私その……てっきり……」


 思いきり頭を下げる少女に、思わず苦笑が漏れる。


「ああ、いいよいいよ、気にしないで。無理に物も買わなくていいからね。」


「え、ええと、その……他のお客さんも帰らせちゃったし……」


「大丈夫大丈夫!どうせ用事は済んでたから、気にすることはないよ。」


「……で、でも……」


「う~ん、そうだな……じゃ、また今度、覚えてたら修理しに来てくれればいいから。その腕当て。」


 ローブの下、少女の右腕部のわずかな膨らみを顎で軽く指す。


「は、はい!え、ええと……すみみゃせんでした!!」


 再び頭を下げ、そのまま申し訳なさそうに帰っていく少女。

 鈴の音の止んだ店内に、俺一人だけが残された。


「噛んでたな……」




 ここは魔道具店三日月。

 院都アストラルの東地区に居を構える、小さいながらも由緒正しき魔道具店。

 そして男の名はクロウ・ミカヅキ。

 三十目前にしていまだ独身、三日月魔道具店の冴えない三代目店主である。


 よく「三代目は身上を潰す」と言う。だがクロウの場合、それは店主としての自覚不足ではなく魔術師としての力量不足からくる危機であった。

 魔術学院には落第し、店も代替わりに伴って一部の事業は免許停止、さらには学院との取引もいくつか打ち切られた。

 彼が父から店を引き継いで数年、店を畳む勇気も、魔術師としての芽も出ないまま、ずるずると歳月だけが積み重なった。

 かつて冒険者稼業で鳴らした腕も、今となっては無用の長物である。




 うっすらと、だが確実に、自分の行く末が、この店の朽ちる未来が見えている。


(……なんて、年末に縁起でもないな。)




 別室の小工房。

 手元の工具から目を上げ、軽く背伸びをする。机には、後ろの窓から月光が差し込んでいた。

 そろそろ冬至なのもあってか、日が落ちるのがかなり早く感じる。

「うっ……と。ま、今日はこんなもんかな。」

炉の火を落とすと、わずかに感じていた肌寒さが徐々に強くなっていく。明日修理する品を鞄に入れ、追い出した冷気が店に戻りきる前に錠をかけた。

 なんてことのない日常。いつも通りの風景。


 ――だったのだが。


 帰路につこうと階段を降りた直後、視界に入った光景に思わず面食らう。

 再開発のため地上げが進む冒険者街の、寂れた一角。人通りのない中。

 見てしまった。角の生えた男が二人、同じく角の生えた金髪の少女の手を引き、路地裏へと入っていくところを。


(魔族……あの角だけはどうしても慣れないな。)


 この街で、ああいった類の手合いは人間にせよ魔族にせよ珍しい。

 戦時下や冒険者が活発な他国ならいざ知らず、この街では警邏も定期的に巡回している。

 だが、それもこの時間帯ではすぐに期待できないだろう。


 二人組のうち一人はかなり筋肉質な大男であったのを思い出す。

 腕に自信はあるが、渦中に飛び込むほどの義理もないか。


(……魔族同士の揉め事は魔族に任せるか。)


 そう背を向けた直後、凄まじい悪寒を感じた。


――逃げるのか?

 耳元でそう囁かれたような気がした。


 少女の叫び声などは聞こえない。まだ何もされていないのか。それとも口を封じられていないのか。


 一瞬だけ目に映った姿を思い出す。凛とした顔つきの中に、わずかに幼さが残るぐらいの歳ごろの彼女。立ち竦んでか、手を引かれて無抵抗に連れられた彼女は、はたして俺に気づいていただろうか。

見て見ぬふりをする人間を、彼女もまた視界に入れていれば、どう思うだろうか。


 再び逡巡したのち、今度は裏路地へと足を向ける。


(俺もまだまだ青いな。)






「おい兄ちゃんたち、何やってるんだ。」


「あ?誰だオッサン?」

 意を決して声を掛けると、禿頭の大男が睨みを利かせてきた。

 その角と強面も相まって、かなりの圧迫感を感じる。これでは少女が声を出せないのも当然であろう。


 魔族の男はさっき見た通り二人組、禿頭の大男と長髪で中背の男。後ろの少女は茫然自失してか黙って突っ立っている。見た目からして家出娘とでもいったところか。


「名乗ってやってもいいが、兄ちゃんたちは逃げなくていいのか?ついさっき警邏へ通報を済ませたとこなんだが。」


「……チッ。」


 禿頭の舌打ちに笑みが漏れるのを抑える。


 当然ブラフ。着色狼煙は店に置いたきり、警邏への通信魔法も俺には使えない。

 だが、こいつらが逃げる隙に少女を奪うぐらいならできるだろう。


「面倒だな。おい、その正義感の強いオッサンに一発教育しといてやれ。」


「うす。」


 二人組の片割れ、長髪を後ろに束ねた魔族に言われ、禿頭がずいと前に出る。

 巻き込まれないよう鞄を地に置き、こちらも臨戦態勢に入る。


 大丈夫だ。こいつが攻撃するその一瞬、回避してそのまま彼女を回収してやる。


「じゃ、こっちは……」


 視界の奥では、男の腕が少女へ伸びる。

 そのまま少女を抱き寄せ、その小脇に抱えようとした瞬間――


「不敬である。」


 背中へと回された手が虚空に弾かれ、少女が初めて口を開く。


 堂々とした言葉はその身なりとは裏腹な高貴さと、少女自身とは似ても似つかない凶悪な威圧感を孕んでいた。


「ッ!?」


「アニキ?」


 不意に発せられた異様な気配に、俺と禿頭の目線が吸い込まれる。

 長髪の男が顔を上げると同時、その髪紐が乾いた音を立てて地面に落ちた。


「――少しは気骨がありそうだと思ったのだがな。すぐ逃げるのでは趣が無い。期待外れだ。」


 困惑する俺たちをよそに、淡々と続ける少女。

 その溢れ出した魔力に、少女の姿が途端に大きく思える。


 生物としての格が違う。数年ぶりに感じる気配。

 断言できる。この少女は上位魔族、それも最上位の。


――魔族狩り。

 ふと、今朝の新聞で読んだその名が脳裏に過る。彼女なのか?


「――失せろ下郎。」


「……逃げるぞ。」


「アニキ!?」


「逃げるぞ!」


 彼女の一瞥に耐えかね、長髪の脚部に魔力が収束してそのまま走り去る。

 大男は振り返りもせずにそれを追っていった。


 その力を至上の理とする魔族にとって、彼女から突如として溢れた魔力は畏怖の対象だったのだろう。

 俺はと言うと、突然の彼女の行動に呆気にとられたまま動けなかった。


「面白い気配をしておる。お前は見込みがあるの。」


 そして悠然と、彼女は耳元で言い放った。



「――ふむ、気に入った。我とつがいになれ。」



「……は?」


 思考が停止する。意味がわからない。この娘は何を言っているんだ?


「ん?不満か?」


「え、ええと……君が助かってよかった。じゃあ、ちゃんと親御さんのところに戻るんだよ。それじゃ……」


 彼女が何を言っているのか、何者なのか、まったくもって理解できない。

 別に何をしたというわけでもされたわけでもない。ただ怖い。ここにいるのが不快だ。

 無意識に、一歩、また一歩と後ずさってしまう。逃げたい。逃げる?そうだ。逃げよう。


 振り返るやいなや、本能が背を押し脚を回す。

 今日は何も見なかった、そう自分に言い聞かせて。




「見当違いだったか。」


 聴衆のない路地に、少女の美声が落ちて砕けた。


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