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面接

朝の空気は 島とは少し違っていた

冷たいというより 乾いている感じだった


あゆみは駅から歩いていた

周りには知らない建物ばかりが並んでいる


人の数も多い

同じ方向に歩いている人の流れに

何となくついていく


大学の門が見えてくる

広かった

それだけで 少し足が止まりそうになる


中に入る

案内に従って 会場へ向かう


廊下に出ると 

同じような格好の人が何人もいた


ジャージ

スポーツバック

カヌーの話をしている声が聞こえる

「去年のタイムがさ」

「全国で何位くらい?」

あゆみは その横を通り過ぎる

ちらりと見る


雑誌で見た事のある選手がいた

みんなそれなりに既に知り合いの様だった


体つきが違う

雰囲気も違う


言葉にしなくても分かる

自分より 上だと


席に座る

手が少しだけ冷たかった


順番を待つ

名前が呼ばれる


「水谷さん」

立ち上がる 足が少しだけ重い


面接室に入る

椅子に座る

目の前に 数人の面接官がいる


「よろしくお願いします」

声が少しだけ固くなる


幾つか質問が続く

競技歴 練習環境 大会の事

あゆみは それに答えていく


途中で 一人が資料を見ながら言う

「今回の件なんですが」

少しだけ空気が変わる


「水谷さんの競技については

評価しています」

あゆみは頷く


「ただ 現時点での選手枠としては

難しい判断になります」

一瞬 言葉が入ってこなかった


「……はい?」

それでも 返事だけはする


「その代わりといっては何ですが」

別の面接官が続ける


「マネジメントやサポートの形で

関わってもらう事は可能です」

あゆみは 顔を上げる


「チームを支える側として

力を発揮できると思います」


言葉は丁寧だった

でも 意味ははっきりしていた


『選手ではない』


その事実だけが残る

あゆみは 少しだけ口を開く

何かを言おうとする

でも 言葉にならない


「……分かりました」

やっと それだけ出た

面接は そのまま終わった

部屋を出る

廊下に戻る

さっきと同じ場所のはずなのに

少し違って見えた


声が遠くに聞こえる


誰かが笑っている


誰かが話している


あゆみは そのまま歩く

外に出る


空は高かった

見上げても 何も変わらない


少しだけ歩く

人の流れから外れる


建物の端の方に

人気の少ない場所があった


そこで立ち止まる

手を握る


何も考えられない

ただ さっきの言葉だけが残っている


選手ではない


それだけが何度も繰り返される


あゆみは その場にしゃがみ込む

声は出さない

でも 涙は止まらなかった

どうしていいのか分からないまま

ただそのまま動けなかった



夕陽が沈む前に

瀬戸内の島に戻って来ていた


「ただいま…」

ちょうど母が夕食の準備をしていた

父がテーブルに座っていた

半分泣き顔のあゆみに気づいた

「どうした あゆみ」


あゆみは震える声で切り出した

「推薦の結果が カヌー部の…」


「……?」


「選手枠でなかった 

サポートスタッフ扱いだった」


母は包丁を置いて 

あゆみの手をそっと握った

「そっか…よく頑張ったね」


「辛かったな 無理しなくていいからな」



翌朝 担任の教師に報告した

「水谷 どうした? なにかあったか?」


「推薦は 選手枠ではありませんでした

サポートスタッフ扱いでした」

担任は目を見開き 思わず息を飲んだ


「そんな…はずは…

総体で入賞してる選手だぞ」


「…すいません…」

それしか言葉が出ない


「俺の確認不足だ 本当にごめん

もう一度確認する」


担任はあゆみの肩に触れ 深く詫び始めた

「俺が馬鹿だった 本当に申し訳ない」


「…私のせいです…」


「違う 君を信じて推薦状も書いた

本当に俺が悪い」

あゆみは声にならない声でうなずいていた


「まだ終わりじゃない 

俺が大学に確認してみる 待っていてくれ」

あゆみは小さく頷いた


昼休み

面談室に入ると 

二人は机を挟んで向かい合っていた

「本当に申し訳ない 直ぐに手を打つ」


「先生…私 自信が無くなりました」

担任は誠実な表情で答えた

「君は一人じゃない

俺が大学に連絡して何とかする」

あゆみは涙をぬぐい 弱弱しく頷いた



職員室を出たあと

廊下の光が 少しだけ白く感じた

教室の前まで来て 足が止まる

中から 笑い声が聞こえた

誰かが 誰かの話で笑っている

いつもの 日常の音


扉に手をかける

掛ければ 同じ場所に戻れる

戻れるはずなのに


手が動かなかった


「……いいや」

小さく呟く 手を離す


そのまま あゆみは学校を出た


誰にも気づかれないように

ゆっくりと


次の日は 行かなかった

その次の日も


朝になると 一度は起きる

制服にも手を伸ばす

でも そこで止まる


「……行って どうするん」


答えがでないまま

布団に潜る


日が昇って

昼になって

夕方になる


時間だけが 進む


窓の外では いつも通り海が光っている

それが 少しだけ腹正しかった


母は 何も言わなかった

「起きなさい」ともいわないし

「学校は」とも言わない

ただ 昼になると

そっと 食事を置いていく


父も 何も言わない

夜 帰ってきて

あゆみの部屋の前で一度だけ足を止める

でも 声はかけない


それが逆にきつかった


「……なんで 何も言わんの」

布団の中で 小さく言う


でも 本当はわかっていた

言われたら もっとしんどい


三日目の午後

玄関の戸が 少しだけ強く開く音がした


「おるんやろ」

聞きなれた声


足音が 遠慮なく近づいてくる


「入るで」


ふすまが 開いた


そこにいたのは 徹子と渚だった


あゆみは 布団の中から 顔だけ出す


「……なんできたん」


徹子があきれたように言う


「来るやろ 普通」


渚は 何も言わずに部屋を見回す

少し散らかった机

あきっぱなしの鞄


「学校来てへんやろ」

徹子が言う


「……うん」

それ以上 言葉が続かない


暫く 沈黙


「で」

徹子が 腕を組んで言う

「いつまでそうしとるん」


少しだけ 強い言い方だった


あゆみは顔を伏せる

「……わからん」


「やろな」

徹子はあっさり言う


そのやり取りに 少しだけ空気が緩む


渚が 窓の外を見ながら口を開いた

「海 ええ感じやで 今日」


あゆみは 何も答えない


「風もそんなに強ないし」

「漕ぎやすい日や」


その言葉に 胸が少しだけ痛む


「……うち もう無理や」

思わず 口から出た


部屋の空気が 少し止まる


「無理って?」

徹子が聞く


「だって」

言葉が詰まる


「……全部 あかんかったし」

やっと出た言葉は それだけだった


しばらく 誰も何も言わなかった


渚が ゆっくりと振り返る


「全部って」


「大学 アカンかっただけやろ」

その言い方は 静かだった

でも 逃げ道を残さない言い方だった


あゆみは 何も言えない


徹子が 溜息をつく

「ほんま そういうとこやで」


「一回アカンかったら 

全部終わりみたいにする」


あゆみは 布団を握る


「……終わりやろ」

声が 震える


「うちより上 いっぱいおったし」

「選手無理って言われたし」

「もう ええやろ」

その言葉は 投げるみたいだった


少しの沈黙


渚が ぽつりと言う


「じゃあ やめたらええやん」


あゆみは 顔を上げる


「カヌーも」

「全部」


部屋の空気が 少しだけ変わる

徹子が ちらっと渚を見る


渚は続ける


「やめるんやったら やめたらええ」

「でも」


一歩 あゆみに近づく


「それ 自分で決めてからにせえや」


その言葉は 強くなかった

でも 逃げられなかった

 

あゆみの目に少しだけ涙が浮かぶ


「……わからん」

本音だった


徹子が 少しだけ柔らかい声で言う


「そら 今はわからんやろ」


「落ち込んどる時に決めても

ろくなことならんし」


畳の上に座り込む


「取敢えず」


「外 でよ」


あゆみは 首を振る


「……無理」


渚が 少しだけ笑う


「港まででええ」


「別に漕がんでええし」


「見るだけでええ」


その言葉に 少しだけ迷いが生まれる


窓の外の光

海の色


あゆみは 布団の中で目を閉じる


暫くして


「……ちょっとだけやで」


小さく そう言った


徹子が 軽く笑う


「それでええ」


渚は 何も言わなかった

でも 少しだけ安心した顔をしていた



陽は間もなく沈もうとしていた

ゆっくりと流れる雲

水面が 柔らかく揺れている

徹子は少しだけ笑う


あゆみは 何も言わずに 海を見る

ここはズット見てきた場所のはずなのに

どこか遠く感じた


渚は もう舟の準備をしていた

小さなエンジンのついた舟

普段から使っている 見慣れたもの


「乗るで」

それだけ言う


徹子が先に乗り込む

あゆみは 一瞬だけためらってから

足をかけた


舟が岸を離れる

ロープが外され

静かに ゆっくりと滑り出す


エンジンの低い音

一定のリズムで響いていた

港を離れて 

ほんの少し沖に出ただけなのに

陸の気配が 急に消えていく

波は穏やかで

小舟はゆっくりと上下に揺れていた

風が 少しだけ 強くなる

髪が揺れる


渚は舵を握りながら 振り返らない

誰も 直ぐには話さなかった


あゆみは 舟の縁に手をかけたまま

何も言わず海を見ていた

水面は夕方の光を受けて

細かく砕けている


「このへんで ええか」


エンジンが止まる

急に 世界は静かになる


残るのは波の音だけだった


ちゃぷん ちゃぷん と

船底を叩くやわらかい音


少しの風が 髪を揺らす


「揺れるやろ」

渚が言う


「……うん」

あゆみは小さく答えた

暫く 言葉が続かない

ただ揺れている


同じ場所にいるのに 

止まっていない感じがする


流されているわけでも無いのに

何処かへ運ばれていくような

不思議な感覚


「落ちるなよ」

「落ちへんよ」

少しだけ 声に力が戻る

渚は それ以上何も言わない


沈黙が続く


けれど それは重たい沈黙ではなかった

ただ ここにいると言うだけの時間だった


あゆみは ふと呟いた


「……私さ」

言葉が途中で止まる

喉の奥で 何かがつかえている


「……全部 無理やった」

しぼり出すような声だった


海は 何も答えない

ただ 同じ音で波を返す


「頑張ったんやけどな……」

視線はずっと 水面のまま


「分かっとる」

渚が 短く言う

それだけだった


慰めでも 励ましでもない

評価でもない

ただ 事実みたいにおかれる言葉


あゆみの肩が少し震える

「……でもさ」

あゆみは続ける


「なんか あそこ行ったら……

自分だけ 全然違うとこにおる気がして」


「面接会場の空気 周りの選手たちの姿」


「もう 最初から無理やったんかなって」


沈黙


波の音



遠くで カモメの声がした


渚は少しだけ空を見上げてから言った

「ほなさ」

あゆみは顔を上げない

「違うとこにおったら あかんの?」


その言葉に 

あゆみの指が少し強く船縁を掴む


「……分からん」

「うちもわからん」

渚は あっさり言う

「でもな」

少し間を置く

「海 みとったらおもうねん」


あゆみが ゆっくり顔を上げる


「ここ ずっと同じに見えるやろ」


「周囲はただの海 境目も道もない」


「でも 流れ全部ちゃうねん」


指で水面を示す


「潮も 風も 全部違う」


あゆみは 何も言わずそれを見る


「せやから 同じとこにおるようで

ほんまは ちょっとずつ動いとる」


舟が小さく揺れる


「今も」


渚が言う


「止まっとるように見えて 流れとる」


あゆみは その言葉を聞きながら

もう一度 水面を見る


「知っとるよ……流れとる」


さっきと同じはずの海

けれどさっきと同じではない気がした

光の反射も 波の形も

少しずつ変わっている


あゆみは 小さく頷いた


「……そっか」

それが納得なのか 諦めなのかは分からない


けれど

さっきまでとは 少し違う声だった


渚はエンジンに手をかける

「帰るか」

「……うん」

エンジンがかかる

再び音が戻る


小舟はゆっくりと港の方へ向きを変えた

その間 あゆみはずっと海を見ていた

同じようで 同じではない海を


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― 新着の感想 ―
 堺大和さん、こんにちは。 「潮目の波間 (仮) 面接」拝読致しました。  大学の面接へ。  同じく、面接に来てる人たちだよね。  自分より、上の人にしか見えない。  現時点で、選手は微妙。  …
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