文化祭
九月に入ると
夏の大会の話しも少しづつ出なくなっていく
文化祭の準備が始まった
教室の後ろの黒板に
出し物の案がいくつか書かれた
「どうする?」
誰かが言う
暫くは とくにまとまらなかった
カフェだとか お化け屋敷だとか
色々出る
どれも悪くないが 決め手がない
そんな中で 渚がぽつりと言った
「海鮮 やったらええやん」
教室が少しだけ静かになった
「海鮮?」
「うちで 材料何とか出来るで」
渚はそう言って
特に大袈裟な様子もなく黒板の方を見る
「魚とか 貝とか 仕入れられるし」
その一言で流れが変わった
「それ ええやん」
「絶対にうまくいくやつやん」
声が少しずつ上がる
「じゃあ 海鮮BBQでええか」
誰かがまとめて そのまま決まった
準備は思っていたよりも細かかった
材料の手配 コンロの数 場所の確保
当日の役割
渚は自然と中心にいた
「これは 朝に持ってきた方がええな」
「それは前日でも行ける」
手際よく決めていく
誰もそれに違和感は持たなかった
もともと知っていることを
そのままやっているようだった
一方で徹子は別のところにいた
「うちら 接客でええやんな」
「焼くんは 無理やろ」
そう言いながら 笑っている
作業自体はちゃんとやるが
深くは入り込まない
必要なところだけ押さえているようだった
あゆみは その間にいた
準備も手伝うし 接客もする
どこにも属しているようで
何処にもより切れていない
それでも作業は進んでいく
放課後
材料の確認で三人が残った日があった
校舎の外は 少しずつ涼しくなっていた
「今年で最後か」
徹子が何気なく言う
「文化祭」
「そやな」
渚が答える
あゆみは何も言わなかった
当たり前のことのはずなのに
少しだけ遠く感じた
「卒業したら もうこんなんないんやろな」
徹子が続ける
「まあな」
渚は短く答える
「忙しくなるし」
その言い方は
既に先を見ているようだった
「水谷は?」
急に振られる
あゆみは少しだけ考えた
「……まだ分からん」
それが正直だった
そのあと少しだけ沈黙があった
重いわけでも無い
ただ 言葉が続かなかった
遠くで波の音が聞こえた気がした
教室には見えないはずなのに
そこにあるように思えた
あゆみは窓の外を見た
空は少し高くなっていた
夏とは違う色だった
文化祭当日は 朝から慌ただしかった
炭を起こし 食材を並べ 机を運ぶ
準備の段階から 既に人の声が多かった
「火 もういけるで」
「こっち 足りてへん」
彼方此方で 声が飛ぶ
海鮮の匂いが早い時間から広がっていた
昼前には 人が一気に増えた
焼き台の前には列が出来ていた
注文を取り 皿を渡し また次の用意をする
同じことを繰り返しているだけなのに
手が止まる暇もなかった
あゆみは焼き台の横に立っていた
網の上で 貝が開く
ぱちぱちと音を立てる
煙が少し目にしみる
「はい 此れ一つ」
皿に乗せて渡す
受け取った人が「美味そうやな」と言う
それに軽く頷くだけで 次に移る
少しだけ列が途切れた時だった
「一つもらえる?」
聞き覚えのある声だった
顔を上げる
海の駅でみた人だった
エプロンではなく 私服だった
「……あ」
あゆみは少しだけ間を置く
相手も同じ様に 軽く頷いた
「ああ この前の」
それだけの確認だった
「何にする?」
あゆみはいつも通りに聞く
「お勧めでええわ」
その言い方も どこか同じだった
貝と魚をいくつか選び 網に乗せる
火の加減を見ながら ひっくり返す
視線を感じるが とくに何も言われない
「忙しそうやな」
少ししてから そういわれる
「まあ……」
あゆみは短く答える
それ以上は続かなかった
焼けたものを皿に乗せて渡す
「ありがとう」
そのひt尾はそれを受け取り
そのまま少し離れた場所に移った
立ったまま ゆっくり食べている
あゆみは次の注文に向き直る
仕事は止まらない
それでもさっきのやり取りが
少しだけ残っていた
また少し時間が空いた時
ふと視線を上げる
その人は もういなかった
紙皿だけが 箸の方におかれている
「誰やったん?」
横から徹子が聞いてくる
「さっきの人」
「……海の駅の人」
あゆみはそう答えた
「ふーん」
徹子はそれ以上興味を持たなかった
思い出せなかったのか?
煙がまた上がる
貝が開く音がする
文化祭のざわめきが
途切れずに続いている
あゆみはもう一度網の方に目を落とした
火は さっきより強くなっていた
片づけが始まると さっきまでの賑わいが
少しずつ遠ざかっていった
焼き台の火は落とされ網が外される
残った炭が まだ赤く光っている
テーブルの上には
使い終わった皿や割り箸が積まれていた
それを一つずつまとめていく
さっきまでの忙しさは嘘のように
動きはゆっくりになっていた
「疲れたな」
徹子が大きく伸びをする
「ほんまに」
あゆみもそれに合わせて息を吐く
手には
まだ少しだけ炭の匂いが残っていた
「まあ売れたし良いやろ」
渚が言う
表情はいつもと変わらないが
どこか満足しているように見えた
「ほとんど無くなったしな」
「うん」
あゆみは頷く
確かに
準備したものはほとんど出し切っていた
夕方の光が校舎の影を長く伸ばしていた
人の数も 少しずつ減っている
遠くでは
まだ別の出し物の片づけが続いていた
笑い声が
途切れ途切れに聞こえる
最後のゴミ袋を運び終えて
三人で少しだけ立ち止まる
「終わったな」
徹子が言う
「終わったな」
渚も同じように言う
あゆみは その言葉をそのまま聞いていた
特別な事は何もなかった
ただ いつもより少し長い一日が
終わっただけだった
それでも
同じことはもうない気がした
空を見上げる
夕焼けは もうほとんど消えていた
少し冷たい風が吹く
夏の終わりよりも
もう一段落ち着いた空気だった
「帰ろうか」
渚が言う
「うん」
徹子が先に歩き出す
あゆみもその後に続く
校門を出ると
其々の帰り道に分かれる
「また明日な」
「また」
短い言葉を交わして 自然に離れる
あゆみは一人で歩き出す
足取りはいつもと同じだった
それでも
何かが少しだけ軽くなったような気がした
理由は分からない
遠くで波の音がした
見えなくても そこにあるのがわかる
あゆみは少しだけ立ち止まり
その音をきいた
今日のことを思い返そう
煙 匂い 声 火の色
幾つかは思い出せる
でも 全部はつかめない
それでも悪くはなかったと思った
それだけは はっきりしていた
あゆみは もう一度だけ海の方を見てから
家の方へ歩き出した
文化祭が終わると
学校は何時もの調子に戻っていた
朝のホームルーム 授業 昼休み 掃除
あゆみも いつも通りの席に座っていた
窓の外には 海が見える
校舎は少し高い場所にあって
天気の良い日は遠くまでよく見えた
授業中 ふと視線を外すと
水面が光っているのが見える
それを見る時間が 少し増えた気がした
進路の話しが
教室の彼方此方で出るようになっていた
「もう決めたん?」
後ろの席の女子が 前の子に聞いている
「うちは専門に行くつもり」
「そっか 島出るんや」
そんな会話が特別でもなく交わされる
別の場所では
「俺は親父のとこ手伝うわ」
という声も聞こえる
この学校では それが普通だった
出ていく人も 残る人も
何方も同じくらいいる
昼休みあゆみは弁当を食べながら
窓の外を見ていた
海は変わらずそこにある
夏よりも少しだけ光が弱くなっている
風も 少し落ち着いているように見える
「水谷は?」
隣の席の友達が聞いてくる
「進路どうするん?」
あゆみは少しだけ考えてから
「まだ決めていない」
と答えた
「そっか」
それ以上聞かれなかった
この時期になると
そういうやり取りが増える
決まっている人もいれば
決まってない人もいる
何方も珍しくもない
放課後進路指導室の前を通る
中では先生と誰かが話している声がした
扉の前に何人かが座って順番を待っている
その横を通り過ぎる
入ろうとは思わなかった
まだいいような気がした
何を聞かれてるのか
だいだい解っているからかもしれない
帰り道 浜辺の方へ少し寄る
特別な理由もない
ただ 足が向いただけだった
波は穏やかで 音も静かだった
あゆみはしばらく立ち止まる
小さい頃から見てきた景色だった
カヌーに乗っていた時も
この海だった
競技じゃなくてもここにあった
進学する人は 島を出る
就職する人は ここに残る
それだけのことなのに
上手く決めれなかった
何方でも良いような気もする
何方でもない気もする
あゆみは小さく息を吐いた
波が 同じ様に繰り返される
その音を聞きながら 暫く動かなかった
何を選ぶのか まだ分からなかった




