表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

渚の場合

朝は早かった

まだ日が上がり切る前 

空が少しだけ明るくなり始めた頃に

渚は家を出る


海は静かで 風もほとんどない

水面は 鏡のように落ち着いていた


桟橋に着くと 船のロープを外す

エンジンをかける音が

朝の空気の中に広がる


「おはようございます」

声がして 振り返る

客が二人 既に来ていた

釣り道具を持っている


「おはようございます」

渚は軽く頭を下げる

特別な事は言わない


「今日は何処に行くん?」

客が聞く


「昨日と同じとこでええと思います」

渚は短く答える

それだけで伝わるようだった


船を出す

水面を切る音が 静かに続く


朝の海は 昼とは違う

光が柔らかく空気も軽い


ポイントに着くと エンジンを止める


「この辺です」


客が準備を始める

竿を出し 仕掛けを落とす


渚は少し離れた場所に立つ

必要な時だけ動く


魚がかかる

声が上がる


「きた」


渚は直ぐに近づく

網を持って 魚をすくう


「ええやつですね」


それだけ言う


時間が過ぎていく

特に大きな変化はない

ただ 同じことが続く


昼前 船を戻す


「ありがとうございました」


客は満足した様子で帰っていく


渚は軽く手を振る

それ以上はしない


船を係留し 片付けをする

魚の処理 水洗い 道具の整理


終わると そのまま家に戻る


昼の時間帯は 民宿の方に入る


「おかえり」

母の声がする


「ただいま」


短く返して そのまま動く


食事の準備 配膳 片付け

客の出入りに合わせて 動き続ける


「ご飯おかわりできますか」


「はい」


迷いはない

手が自然に動く


午後になると 

少しだけ落ち着く時間がある


渚は外に出る


日差しは強く 海は明るい

肌は既にしっかり焼けている


サングラスを外す

目の周りだけ 色が違う


それを気にする様子もなく

またかけ直す


「逆さパンダやな」

前に誰かに言われたことを ふと思い出す


渚は少しだけ笑う


夕方 また船を出すこともある

その日によって違う


戻ればまた民宿の仕事がある


風呂の準備 部屋の確認 明日の段取り


火の落ちる頃には 体は自然と重くなる


それでも とくに何も思わない


夜 ようやく一息つく


外に出ると 

海は昼とはまったく違う顔をしている


暗くて 静かで 広い


渚は少しだけその場に立つ


明日も同じような一日になる


それを考えても とくに何も思わなかった


ただ いつも通りやな と思うだけだった



その日は 朝から少し風があった

港に出たとき 水面がいつもより

細かく揺れているのが分かった


「今日はちょっと波があるな」

客が船を見ながら言う


「大丈夫ですよ」

渚はそう答える

特に強調するでもなく

いつも通りの声だった


船を出す

エンジン音が 風に少し流される


沖に出ると 揺れがはっきりしてくる

上下に小さく動く


客の一人が 少し体制を崩す


「足元 気いつけてください」

渚が言う


それだけで 動きが少し落ち着く


ポイントに着くころには

波は少しだけ収まっていた


「この辺です」


客は準備を始める いつも通りの流れだった


暫くして 魚がかかり始める


「お きた」


竿がしなる


渚は直ぐに近づく 網を持って構える


魚は思っていたより大きかった

水面で暴れる


「ゆっくりでええです」


声をかける 客は少し慌てている


タイミングを見て 網を入れる

水飛沫が上がる


魚が入る


「おお」

客が声を上げる


「ええサイズですね」

渚はそう言って 魚を見せる


客の表情が少し明るくなる


それを見て 渚は小さく頷く


その後

しばらく何もかからない時間が続く


風がまた少し強くなる


「今日はこんなもんですかね」

客が言う


「ですね」

渚はそれに合わせる


無理に引き延ばさない


船を戻す


港に近づくと 波はまた穏やかになる


「助かったわ」

客が言う


「いえ」

渚は軽く頭を下げる


船を係留し ロープを結ぶ


「女の子で船だしてるの 珍しいな」

客がふと口にする


渚は少しだけ手を止める


「そうですか」

それだけ答える


特に何も付け足さない


客はそれ以上は 何も言わない


帰っていく背中を見送る


渚はロープをもう一度確認する

結び目を引き 緩みがないかを確かめる


問題はなかった


そのまま次の仕事に向かう


風はまだ少し残っていた


それでも とくに気にする様子はなかった



朝は まだ少し暗かった

空が薄く明るくなり始めた頃

あゆみは港に立っていた


「早いな」

後ろから声がする

振り返ると 渚がもう準備を終えていた


「来れると言うたからな」

渚は軽く言う


黒いビキニにデニムのホットパンツ

上からオレンジのライフジャケットを

着ている

サングラスの奥の表情は分からない


「乗る?」


「うん」

あゆみは頷く


船に足をかける

少し揺れる


「あ そこ気いつけて」

渚が言う


あゆみは手をつなぎながら乗り込む

思ったより不安定だった


「座っとき」


エンジンがかかる

低い音が体に伝わる


ロープを外し 船がゆっくり動き出す


港を出ると 少しだけ揺れたが強くなる


あゆみは手すりを軽く握る


「そんなに揺れへんで」

渚が言う


「……そう?」


「こんなん 静かなほうや」


その言い方は

本当にそう思っているようだった


船はそのまま沖に出る

風が顔に当たる


水の色が少しずつ変わる


「あそこ」

渚が指をさす


何もないように見える場所だった



「この辺や」


エンジンを落とす

急に静かになる


波の音だけが残る


船がゆっくりと上下する


あゆみはその動きに合わせて体を調整する

思っているよりも 力がいる


「最初はそんなもんや」

渚が言う


「慣れるで」


あゆみは頷く


暫く 何も話さない時間が続く


海は広くて 静かだった


渚は自然に立っている

足の置き方も 体の揺らし方も

無理がない


あゆみはそれを見ていた


同じ場所にいるのに 少し違う


「毎日 これやろ」

あゆみが言う


「まあな」

渚はあっさり答える


「しんどない?」


少しだけ間があく


「別に」


渚は海を見たまま言う


「普通やで」


それだけだった


あゆみはその言葉を聞いていた


普通 というのがどこにあるのか

少しだけ分からなかった


風が少しだけ強くなる

船が揺れる


あゆみは足に力を入れる


渚は何も変わらない


同じ揺れの中で

立ち方だけが違っていた


あゆみは もう一度海を見る


広くて 変わらない景色だった


それでも 

そこに立っている人は違って見えた


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 堺大和さん、こんにちは。 「潮目の波間 (仮) 渚の場合」拝読致しました。  短編で出てきた別キャラクターですね。  本編と、どう絡むのかな?  楽しみです。  と、早速なのか。  船に乗り込…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ