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バイト

部活も引退して暇になっていた


午後の陽射しが少しだけ傾き始めていた

それでもまだ暑さは残っていた

あゆみは とくに目的も無く浜の方へ

歩いていた

海の駅の前を通ると 声が聞こえた

子供たちの笑い声だった

少しだけ足を止める

岸の近くで 小さなカヌーがいくつか

並んでいた

ライフジャケットを着た子供たちが

順番に乗り込んでいる

大人が横で声をかけていた

特別な事ではなかった

あゆみにとっては何時もの事

小さい頃 自分も似たようなことを

していた

いつの間にか普通に乗れるようになっていて

覚えた時の事はあまり思い出せない

あゆみはそれを見ながら 

少しだけ目を細めた


風が 海の上を通っていく

水面がきらりと光る

それを見て あゆみはとくに何も考えず

そのまま歩き出した

後ろでは まだ子供たちの声が続いていた



「バイトせえへん?」

同級生の徹子が何気なく言った

「海の駅のとこ 人が足りてないらしい」

あゆみは少しだけ考えた

とくに予定はなかった

断る理由もなかった

「……いいけど」

それだけで決まった


海の駅の食事処は

思ったより忙しかった

昼になると 観光客が一気に増える

注文を取り 運び 片付ける

同じことを繰り返しているだけなのに

時間は直ぐに過ぎた

「水谷 そっちお願い」

奥から声が飛ぶ

あゆみは「はい」とだけ返して動く

徹子は

少し離れた場所で同じように動いていた

手際はあゆみより良かった

最初から迷いがない

働くことに対して

あまり考えていない様にも見えた


昼のピークが過ぎると少しだけ時間が空く

裏口から外に出ると 海がすぐそこにあった

岸の近くでカヌー体験が行われている

子供たちが

ぎこちなくパドルを動かしている

あゆみはそれを 

少し離れた場所から見ていた

「見るん 好きなん?」

声がして 振り返った

スタッフの一人だった

年は少し上 二十代半ばかな

エプロンの上からライフジャケットを

着ていた

「いや 別に……」

あゆみは曖昧に答える

その人はとくに気にした様子もなく

海の方を見る

「最初は みんなあんなもんや」

そう言って 少しだけ笑った

子供の一人がバランスを崩しかける

その人は近づき 声をかける

「大丈夫 そのままゆっくり」

慌てていた子供の動きが少しだけ落ち着く

カヌーはまた前に進み始めた

あゆみはその様子を見ていた

特に何かを思ったわけではなかった

ただ 自然に目で追っていた


「戻るで」

後ろから徹子の声がする

「もうすぐ また来るらしい」

「うん」

あゆみは短く答える

海から目を離し 店の中に戻る

中は少しだけ涼しかった

同じ一日が また続いていく



バイトにも 少しだけ慣れてきたころだった

最初の頃の慌ただしさは変わらないが

動き方は分かってきていた


何処に何が有るのか 次に何をすればいいか

考えなくても体が動くことが増えていた


昼前 まだ人が増えきる前の時間だった

食事処は静かだった


「これ 先に出しといて」

奥から声がかかる

「はい」

あゆみは皿を持って外に出る


海がすぐそこにあった

光が強く 水面がハッキリしている


岸の方でカヌー体験の準備が進んでいた

子供たちが集まり始めている


あの人もそこにいた


ライフジャケットを確認し パドルを渡す

一人一人に声をかける


「ゆっくりでええから」

「無理せんでええ」


言い方は強くない

でも よく通る


子供たちは最初 少し緊張している

それでも 水に出ると

少しずつ表情が変わる


パドルの動きはぎこちない

まっすぐ進まない

それでも 止まらない


あゆみは その様子を見ていた


「あゆみ」

後ろから呼ばれる

振り返ると 徹子が立っていた


「中 また来るで」

「うん」

あゆみは短く答える


それでも もう一度だけ海の方を見る


あの人は 少し沖まで出ていた

カヌーの横につきながら

ゆっくりと動いている

無理に引っ張ることはしない

ただ 横で同じ速さで進む


子供がバランスを崩しかけると

直ぐに声が飛ぶ


「そのままでええ」


それだけで 動きが落ち着く


あゆみは その様子を見ていた


特別な事をしているようには見えない

でも 上手くいっている


中に戻る また同じ作業が始まる


注文を取り 運び 片付ける

手は止まらない


それでも 

さっきの光景が少しだけ残っていた

忙しさの中で ふと外を見る

海は変わらずそこにある

仕事としての海も そこにあった



午後の少し落ち着いた時間だった

昼の混雑が過ぎて 

店の中の音も少なくなっている

焼き台の火は弱まり

煙もさっきよりは穏やかだった


あゆみは 空いた皿を片付けていた

テーブルを拭き 椅子を整える

同じ動きを繰り返す


入口の方で 声がした

「すいません」

振り返ると 二人連れの客が立っていた

旅行で来たような雰囲気だった


「はい」

あゆみは近づく

「今 やってますか?」

「はい 大丈夫です」

席に案内する

窓際の 海が見える場所だった


「ここ ええな」

男性の方が外を見て言う

「直ぐ海やん」

「ほんまやな」

女性の方も同じ様に外を見る


あゆみはメニューを置く

「ご注文決まりましたら 呼んでください」

そのまま下がろうとすると 声がかかる


「この辺の人?」

あゆみは少しだけ足を止める

「……はい」

「ええとこやな」

男が笑って言う


あゆみは 少しだけ考えてから

「そうですか」

とだけ答えた


「いや ほんまに」

女の方が続ける

「こういうとこ なかなか来れへんし」


あゆみは頷く

それ以上は言わなかった


注文を取りに戻る

貝と魚を幾つか選んで 焼き台に乗せる


暫くして 料理を運ぶ


「ありがとうございます」

皿を置くと 二人は直ぐに箸をつける


「うま」

男が言う

「やっぱり違うな」

「新しいんやろな」

女が続ける


あゆみはその言葉を聞いていた

何も言わず そのまま一歩下がる


「ここで働いているん?」

また聞かれた

「バイトです」

「ええやん」

男が軽く言う

「毎日こんなん見れるんやろ」

あゆみは 少しだけ外を見る

海は変わらずそこにあった


「……まあ」

それだけ答える


「羨ましいわ」

女が言う

「こんなとこで仕事出来るん」


あゆみは その言葉を聞いていた


羨ましい という感覚は

あまり分からなかった


ずっとここにあるものだった


特別なものとして見た事は

あまりなかった


「また来ます」

会計の時 二人はそう言った

「はい」

あゆみは軽く頭を下げる

店を出ていく背中を 少しだけ目で追う


外に出ると 直ぐ海がある

その景色に 少しだけ足を止めていた


あゆみはその様子を見ていた


同じ場所なのに

見え方が違うのかもしれないと思った


でも その違いが何なのかは

まだ分からなかった


次の客の声がする

あゆみは視線を戻し また動き出した


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― 新着の感想 ―
 堺大和さん、こんにちは。 「潮目の波間 (仮) バイト」拝読致しました。  部活、引退。  普通に、カヌーがある町。  同級生に誘われて、海の駅でバイト。  休憩時間。  カヌー体験を何気に見…
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