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海上花火大会

その日は 

朝から 風が少し強かった


港の水面が 細かく揺れている

あゆみは 空を見た

「行ける?」


「行ける」

渚は言う

短いが 迷いはない


積み込みは いつも通りだ

弁当

日用品

そしてアイスクリームも増やした

順番も決まっている


九時

船が出る

いつもより 少しだけ揺れる


一つ目の島

問題なく着く

いつもの顔がいる

「今日は揺れるな」

「少しだけ」

短いやり取り

販売は直ぐに終わる


二つ目の島へ向かう

風が 少し強くなる

波が 船に当たる

速度が落ちる

「遅れるな」

渚が言う

あゆみは 時計を見る

予定より 少し遅い

たいした差ではない

それでも 気になる


二つ目の島

着いた時には 既に人が集まっていた

「遅いな」

誰かが言う

「すみません」

あゆみは直ぐに頭を下げる

「風やろ」

別の人が言う

「しゃあない」

責める声ではない

それでも

あゆみの中に 少しだけ残る

販売を始める

いつもより 少しだけ急ぐ

手が 少しだけ速くなる

「落ち着け」

渚が言う

あゆみは息を整える

終わる


三つ目へ向かう

波は 更に少し強くなる

船が揺れる

時間が また少しずれる

あゆみは 何も言わない

ただ時計を見る


三つ目の島

人が 岸で待っている

その数が いつもより多い

「遅かったな」

「すみません」

同じ言葉

同じやり取り

でも

待っている人がいる

それだけで 意味が変わる

販売を始める

いつもより 少しだけ静かだ

急いでいる

でも 崩さない

終わる


四つ目に向かう

時間は 更に押している

あゆみは 海を見る

これ とまられへんな

ふと 思う

途中で辞める選択が 頭に浮かばない

行くしかない


四つ目の島

人は少ない

それでも 一人いる

「来たか」

その一言

あゆみは 少しだけ息を吐く

売る

終わる

船に戻る

エンジンがかかる


帰りの海

波は 少し落ち着いてきている

あゆみは 座ったまま動かない

「……遅れたな」

ぽつりと言う

「遅れたな」

渚がそのまま返す

それだけだった

暫く 何も言わない


「待っとる」

渚が言う

「分かっとるやろ」

短い言葉

あゆみは頷く

海を見る

波は まだ揺れている

同じ様にはいかない

それでも

行く


決まった時間に

決まった場所に

それが仕事になっていた


港が見えてくる

船を繋ぐ

静けさが戻る

あゆみは 手を見た

少しだけ 力が入っている


軽くない


最初とは違う

流れは続いている

その中に自分もいる

  

あゆみは ゆっくりと息を吐いた



朝から 様子が違っていた

海の駅の前に 既に人がいる

まだ開店前だった

「早いな」

あゆみは 小さく呟く

今日は 海上花火大会の日だった


シャッターを開ける

同時に人が動く

「もうええか」

「弁当あるか?」

声が重なる


「順番でお願いします」

あゆみは落ち着いて言う

店内に人が入る

いつもと違う流れ


観光客

家族連れ

若い人

普段とは明らかに違う層だった


弁当が出る

直ぐに減る

「追加 行ける?」

奥に声をかける

「今出す」


手が止まらない

会計

袋詰め

案内

外では 更に人が増えている


あゆみは時計を見る

まだ 午前中だった


永いな


そう思うが 止まらない

昼前には店内はほぼ満員だった


「水 どこ?」

「こっちです」

「トイレは?」

「奥です」

質問が続く

趣味は 全て答える

迷いなく


午後

さらに人が増える

外の駐車場も埋まり始める

船の方を見る

渚の船が 動いている

客を乗せて出ていく


あっちも忙しそうやな


考える余裕は 直ぐに消える

「これもうない?」

弁当が 切れ始める

「少し 待ってください」

補充

間に合わない

売り切れる


「すみません これが最後です」

申し訳なさが残る

それでも人は減らない


夕方

少しだけ風が出てくる

海の方が ざわつき始める

人の流れが 変わる

皆 海の方を見る

時間が近い

あゆみは 外に出る

空が 少し暗くなっている

海には 船が増えていた

その中に 渚の船もある

人をのせて 沖に出ている


やがて 音が響く

最初の一発

空に光が広がる

人が 一斉に見上げる

あゆみも 少しだけ顔を上げる


大きな花火


海に映る光

綺麗だった

でも

「すみません まだありますか?」

声がかかる

あゆみは 直ぐに振り返る

「あります」

中に戻る

仕事が続く

花火の音が 外で鳴り続ける


中では 別の流れが動いている


売る

渡す

片付ける


途切れない

やがて 音が 少しづつ減っていく

人も 少しづつ引いていく


ようやく 落ち着く

あゆみは カウンターに手をつく

何も言わない

ただ 息を吐く

外に出る

海は もう静かだった

少しして

船が戻って来る

渚だった

「どうやった」

あゆみが聞く

「満席や」

短い答え

それで十分だった

「そっちは」

「売り切れた」

あゆみも 短く答える

暫く 何も言わない

海を見る

さっきまでの光は もうない

「……一日やな」

あゆみが言う

「一日や」

渚が返す

それだけだった

流れは また元に戻る

でも

今日の分だけ 確かに動いていた

あゆみは 静かな海を見た

明日も また回る

そこは 変わらない



朝の海は穏やかだった

今日は 船は出ない日だった

その代わり 海の駅の前に人が集まっている


数人


親子連れと 若い二人組

「カヌー体験 ここであってます?」

「はい」

あゆみは 頷く

準備は もう終わっている


カヌー

パドル

ライフジャケット

並べ方も 決まっている


「先に説明します」

あゆみは 

少しだけ間を置いてから話し始める

「ここ こう持ってください」

パドルを見せる

「無理に速く漕がなくていいです」

言葉を選ぶ

伝わるように

「ひっくり返る事は ほとんどないです」

少しだけ笑う人がいる

その反応をみて あゆみも少しだけ力を抜く

「でも 落ちる事はあります」

空気が少し変わる

「その時は 慌てずに」

安全の話を先にする

順番は 決めている

説明を終える

「じゃあ 順番に出ます」

カヌーを水に出す

揺れる

「怖い」

小さな声

「大丈夫ですよ」

あゆみは言う

自分にも言い聞かせるように


水に乗る

ゆっくりと 離れる

最初は まっすぐ進まない

「逆です」

声をかける

「もう少し右」

少しずつ 形になる 

海は 穏やかだ

でも

完全に同じ動きは 一つもない

あゆみは 全体を見る


位置

距離


頭の中で ずっと動いている


見とかんと


誰か一人でも外れると崩れる

その意識が消えない

暫くして 戻る

「どうでしたか」

「楽しかったです」

短い言葉

あゆみは 軽く頷く


次の組

同じ説明

同じ流れ

でも 相手は違う

やり直しは 効かない

昼前

全て終わる

片づけをする

濡れた道具を戻す

人はいない

海だけが残る

あゆみは 少しだけその場に立つ


此れも 仕事やな


楽しいだけではない


見る

伝える

守る


やることは はっきりしている


ふと 港の方を見る

船が 繋がれている

明日は また出る

別の流れ

別の仕事

でも

何方オ 同じ場所に繋がっている

あゆみは ゆっくりと息を吐いた


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