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講習

初出航から戻った日の午後

海の駅の裏で簡単な確認が行われた


「で どうやった」

責任者の長門さんが言う

あゆみは 売上のメモを差し出す


「これくらいです」

大きくはない 

けれど ゼロではない


長門さんは 紙を見る

「……思ったより出とるな」

短く言う

渚は 何も言わない

「声かけしてたんか?」


「少しだけ」

それ以上は言わない

長門さんは もう一度数字を見る


「続けるか」

確認ではなく 決定に近い言い方だった


「やる」

渚が言う

あゆみも頷く

「やります」

それで 話は終わった

条件は変わらない

大きな利益は出ない

それでも  止める理由は なくなった


翌週

同じ様に朝が始まる

まだ暗い時間

海の駅に灯りがつく


箱を運ぶ

水 米 弁当

調味料 

季節の野菜も増やす


前回より 迷いは少ない

「これ 減らす」

あゆみが言う

「売れ残ったやつ」

渚が頷く

選ぶ

削る

積む

少しずつ 制度が上がる


九時 船が出る

最初の島

前回と同じ顔がいる

「来たな」

短い言葉

それだけで 十分だった

商品を並べる

迷いは ほとんどない

売れる

少しずつ


二つ目の島

人は少ない

「今日は こんなものか」

渚が言う

あゆみは頷く

焦らない


三つ目の島

前回はいなかった人が 一人いる

「これ助かるわ」

同じ言葉

でも 違う人


その日売り上げは少しだけ伸びた


さらに翌週

また同じ準備

同じ時間

同じ流れ

違うのは中身だけだった

「水 多めにする」

「弁当は減らす」


修正が入る

現場で決まる


島に着く少しだけ 人が増えている

「前 来とったやろ」

誰かが言う

「また 来たで」

渚が答える

それで伝わる


回る

積む

運ぶ

売る


同じことを繰り返し

でも

同じ日は 一つもない


あゆみは ある日 ふと思う

これ 仕事になっとる

最初は 試しだった

今は違う

続いている

回っている


港に戻る

船を繋ぐ

静けさが戻る


「どうや」

長門さんが聞く


「ぼちぼちです」

あゆみが答える

少しだけ 迷いのない声だった


頷く

「無理すんなよ」

それだけ言う


外の海は変わらない

けれど

流れは 少しずつ形を持ち始めていた



港はもう暗くなっていた

船を繋ぎ終えて

二人はしばらく何も言わなかった


今日も回った

同じ島

同じルート

売れた

けれど

「……こんなものか」

渚が ぽつりと言う

あゆみは 何も言わない

手に持っていたメモを見る

売上

悪くはない

でも 増えていない

「頭打ちやな」

渚が言う

「うん」

あゆみも 短く答える

風が少しだけ強くなる

波の音が大きくなる


「燃料 上がっとるし」

渚が言う

「今日の分で ほぼ消えとる」

利益の話しだった

あゆみは 少しだけ息を吐く

「続けられるん?」

聞く

渚は少し考える

「続ける事は出来る」



「増えはせん」

はっきり言う


あゆみは 海を見る

暗くて よく見えない


このまま 続けるだけでいいんやろか


「……増やしたいな」

ぽつりと言う


渚が少しだけ視線を向ける

「何を」

「人」

短い答え


「島の人だけやと 限界あるやん」

渚は 過ぎには答えない


「観光とか」

あゆみは続ける

「体験とか」


カヌーのことが 頭に浮かぶ

「人を連れてくる」

渚は少しだけ考える

「船でか」

「うん」



「それ 仕事変わるで」

渚が言う


「物売るんと違う」

あゆみは 頷く

「分かってる」

少しだけ 息を吸う


「でも このままやと増えへん」

はっきり言う

渚は 海を見る

波は 暗くて見えない

「……手え増えるな」

「増える」

「責任も増える」

あゆみは 逃げない

暫く 沈黙

風の音 

ロープの軋む音

「続けるんが一番むずい」

渚が言う

あゆみはその言葉を聞く

「やめるんは簡単や」

短い言葉

あゆみは少しだけ考える

「……やめへん」

小さく言う

「変える」

それだけだった

渚は 少しだけ笑う

「ほな 考えるか」

それで 話は終わった

何も決まってない

でも

次に進む事だけは 決まった

海は 変わらない

けれど

流れは また少しだけ変わろうとしていた



朝の港に あゆみの姿はなかった

代りにいたのは 教習所の桟橋だった

「今日は基本操作からやる」

教官が言う

小型の船に乗る

思っていたより 低い

エンジンの音が 近い

「握りすぎるな」

ハンドルに手をかける

少しだけ 力が入る

「もっと ぬけ」

言われて 少し緩める

船が ゆっくりと動く

水面が近い

波が直接伝わる


思っていたより 難しい


真っ直ぐ進まない

少しずつ 流れる

「当てるなよ」

岸が近づく

あゆみは 息を止める

少しだけずれる

ギリギリで止まる


「……こんなもんや」

教官が言う

上手くいっていない

でも

動いている


講習が終わる

あゆみは 少しだけ手を見る

まだ 感覚が残っている


いつもの港 いつもの海に戻る

船がある

あゆみは 少しだけそれを見る

前と同じではない


「取るんか」

後ろから声

渚だった


「うん」

短く答える

「乗るんやろ」

渚は少しだけ笑う


「そら 楽になるな」

「楽にするためちゃう」

あゆみは言う

「回す為や」


少しだけ 間


渚は何も言わない

ただ 軽く頷いた

海はいつもと同じように見える

けれど

その中に入る準備が 少しずつ進んでいた



港に 少しだけ早く灯りがついた

まだ空は暗い

あゆみは時計を見る

「……早いな」

「一つ島を 増やすんやろ」

渚が言う


箱を運ぶ

前より量が多い


弁当


「品物も少し増やす」

色々考えた 

冷凍庫も積み込んだ

肉類 

季節の野菜 

季節の果物

冷凍食品も増やした

並べ方も変わる

「これ 後ろ」

「そっちは最後の島や」

順番を考える

回る数が 一つ増えたからだ


「今日は四つ目 絶対に入れる」

渚が言う


九時

船が出る

いつもより少し重い


一つ目

いつもの島

顔ぶれも 同じ

「来たな」

短い言葉

それで十分だった


二つ目

前より少しだけ人が増えている

「回数 増えるんか?」

「増やす」

やり取りは それだけ


三つ目

手際は 前よりいい

迷いが減っている

ここまでは いつも通り


四つ目の島

初めてではない

来る前に 声はかけてある

渚の知り合いを通じて 少しだけ


港に近づくと 人影が見える

多くはない

でも 数人はいる


「来たな」

誰かが言う


船がつく

あゆみは 箱を降ろす


「紹介で聞いとる」

年配の人が言う

「水 あるか」

「あります」

それで 話は進む

売る

渡す

受け取る


派手ではない

でも 途切れない

「また来るんか」

「来ます」

あゆみが 答える

それで 十分だった

全て終わる頃には

少しだけ時間が押していた

「急ぐで」

渚が言う

あゆみは 少しだけ動きを速める

船に戻る

エンジンをかける

帰りの海

少しだけ 波がある


あゆみは座ったまま海を見る

「……増えたな」

「増やしたからな」

渚が返す

あゆみは少しだけ頷く

静かな時間

「次も 来てって言われた」

ぽつりと言う

渚は 少しだけ笑う

「そら そうやろ」


ふと呟く

「アイスクリームが売れたな……」

「アイスは完売やったな……」

それだけだった


海の駅が見えてくる

船を繋ぐ

静けさが戻る

あゆみは 手を見る

少しだけ 疲れが残っている


広がっとる


大きくはない

でも 確実に

流れは 少しずつ形を持ち始めていた

その分だけ

抱えるものも 増えていた


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