海の移動スーパー
ある日の海の駅の事務所
壁には 仕入れ票と売上の紙が貼られている
話し合いが行われた
「で どういう話や」
責任者の長門さんが問う
渚は椅子に座ったまま答える
「船で回る」
短い
長門は 少しだけ眉を動かす
「何をや」
「商品」
間
あゆみはその横で黙っている
「何処を回る
「島」
「売れるんか?」
即答だった
渚は 少しだけ考える
「分からん」
あっさり言う
長門は 溜息をつく
「分からんもんに商品はだせんで」
正論だった
あゆみは そこで口を開く
「全部じゃなくても いいと思います」
二人があゆみを見る
「最低限だけ」
言いながら 頭の中で整理する
「水とか 米とか」
「直ぐに食べれるもの」
長門は考える
「売れ残りはどうする?」
「持って帰る」
渚が答える
「燃料代は?」
「自分で持つ」
あゆみは少しだけ驚く
長門は じっと渚を見る
「利益はでんで……」
「最初はええ」
渚は言う
「回るかどうか 見るだけや」
間
静かな時間
あゆみはその空気の中で考える
これ ほんまにやるんや
「……うちは」
あゆみは ゆっくり言う
「手伝います」
二人が見る
「販売とか 説明とか」
少しだけ 息を吸う
「人と話すのは やります」
長門は 椅子に体を預ける
しばらく何も言わない
外で波の音がする
「……一回だけやで」
ぽつりと言う
「試しや」
「売れんかったら 終わり」
はっきりした線引き
渚は頷く
「それで ええ」
あゆみも頷く
「やります」
それで話は終わった
何も決まっていない
でも 動き出すことだけは決まった
外の海は 変わらない
けれど
その中で
少しだけ流れが変わろうとしていた
朝は早い
まだ空が明るくなりきらないうちに
海の駅の灯りがつく
「おはようございます」
あゆみは 小さく声を出す
誰に聞かせるわけでもない
店内の準備をする
商品を並べる
レジを立ち上げる
手は動く 迷いは前より少ない
「おはよう」
渚だった
渚は店内を一通り見る
「島の方は もっと人少ないで」
「……そうなん」
「店も無いからな」
あゆみは 少しだけ考える
「じゃ 船で回るかな」
渚は言う
あゆみは 顔を上げる
「積んで 行って 売るで」
渚は言う
「……人 来るかな」
ぽつりと出た言葉
渚は 少しだけ考える
「来んかもしれん」
あっさり言う
「でも 行ったらおるやろ」
その言葉は 妙にしっくりきた
あゆみは 外を見る
海は変わらない
流れは動く ふとそう思う
「行くんやね」
あゆみは聞く
渚は 少しだけ笑う
「当然やろ!」
決めている顔だった
迷いはまだ 少しだけあった
でも 止まらなかった
何かが動き始めていた
海は静かだ
それでも 流れは変わっている
並んだ商品 静かな空間
ここから動き出す
桟橋に小さな船が繋がれている
「これや」
渚が言う
あゆみは 船を見上げる
思っていたより小さい
でも しっかりしている
「これで回るん?」
「これで回る」
あっさりした答え
あゆみは 船の中を覗く
スペースは限られている
「そんなに積まれへんやん」
「せやから考える」
渚は ロープを外しながら言う
「何もってくか」
その言葉で 現実が見えてくる
全部は無理
選ばないといけない
海の駅に戻る
商品を前にして あゆみは腕を組む
「……何が要るんやろ」
並んだ商品を見る
弁当
飲み物
調味料
日用品
全部必要に見える
でも 全部は持っていけない
順番を考えながら積み込む
「島の人 何欲しいと思う」
あゆみが聞く
渚は少しだけ考える
「積みすぎるなよ」
「重いものちゃうんか」
「重いもん?」
「水とか 米とか」
あゆみは はっとする
確かに
毎日使うもの
でも運ぶのが大変なもの
「あと すぐ食べられるもん」
渚が続ける
「弁当とか」
あゆみは 頷く
少しづつ 形が見えてくる
選ぶ
減らす
積む
単純な作業
でも 迷う
「これ 多いかな」
「多い」
「これは?」
「それはいる」
やり取りを繰り返す
昼前には ある程度まとまった
水
米
簡単な食糧
少しの日用品
そして
「これ いる?」
あゆみが手に取る
みかん
渚は少しだけ笑う
「それはいるやろ」
あゆみも 少し笑う
船に積み込む
箱を運ぶ
バランスを考える
思ったより 時間がかかる
「……これ 毎回やるん?」
「やる」
あゆみは 少しだけ溜息をつく
でも 嫌ではない
ただ 大変なだけだ
全て積み終わる
船は 少しだけ重くなっている
あゆみは 海を見る ここから出る
少しだけ 不安がよぎる
でも
止める理由は もうない
準備が終わる
時計を見る
「そろそろやな」
九時
空はまだ淡く 海は静かだ
桟橋にあゆみと 渚が立つ
「いくで」
渚が言う
「……うん」
あゆみは少しだけ吹かく息を吸う
ロープを外す
船が わずかに揺れる
エンジンの音が響く
ゆっくりと離れる
岸が遠くなる
あゆみは 振り返る
海の駅
少しずつ 小さくなる
今日の流れが ここから始まる
前を見る
何もない海
その先に島がある
暫く進む
波は穏やかだ
船は 一定の速さで進む
あゆみは 何も言わない
ただ見ている
やがて 小さな島が見えてくる
「あそこや」
渚が言う
港が 小さく見える
人影は
「……おるな」
渚が言う
「ちょっとだけ 声かけといた」
あゆみは横をみる
「声?」
「知り合いに」
それだけだった
詳しくは言わない
でも それで十分だった
数人
岸に立っている
船が近づく
エンジンが止まる
静けさが戻る
船が岸に近づく
「来たで」
渚が声をかける
島の人たちが 少しだけ近づく
「ほんまに 来たんやな」
誰かが言う
あゆみは その様子を見て
少しだけ息を吐く
ゼロやない
完全に初めてではない
船から箱を降ろす
ぎこちない
でも 止まらない
「これ いくらやろ」
「こっちは?」
声がかかる
あゆみは 少しだけ慌てる
「あ えっと……」
頭の中で整理する
昨日決めた値段
思い出す
「これが……」
言いながら 少しだけ詰まる
でも 伝わる
人が集まる
多くはない
でも ゼロではない
「助かるわ」
ぽつりと 誰かが言う
あゆみは その言葉を聞いて
一瞬だけ 動きを止めた
それから また動く
売る
渡す
受け取る
流れは まだ小さい
でも 確かにある
ふと 海を見る
さっき通ってきた道
波は もう違う形をしている
流れとる
あゆみは少しだけ息を吐く
「次 行くか」
「流れは自然に生まれない 作るものやで」
渚が言う
あゆみは 少しだけ考える
そして 頷く
「……うん」
船に戻る
エンジンがかかる
また 動き出す
まだ 小さい流れ
でも それは確かに始まっていた




