決意
夏の終わりは 少しだけ静かだった
朝の港に 人は少ない
風もやわらかい
あゆみは いつものように箱を運ぶ
水
米
弁当
肉類 調味料類
季節の野菜
季節の果物
様々な日用品
アイスクリームは少し減らした
お客様の要望に応えて
一人暮らしのお年寄りは多い
何だかんだで小さいものが
四百種類ほどに増えてた
手は止まらない
九時
船が出る
海は穏やかだ
波も 小さい
一つ目の島
人は いつも通り
「来たな」
「来ました」
短いやり取り
売る
渡す
終わる
二つ目
三つ目
四つ目
流れは崩れない
大きな変化はない
それでも 続いている
昼過ぎ
全て終わる
船を戻す
ロープを結び直したところで声がかかった
「おーい」
振り返る
「……先生」
「久しぶりやな」
あゆみは 思わず少し笑う
「何してるんですか」
「たまたま こっちに来てな」
先生と 海と船を見ながら言う
「ほんまにやっとるんやな」
「やってます」
そこへ渚が戻って来る
「……おお」
一瞬 間が空いてから笑う
「先生やないですか」
「お前もおるんか」
「おりますよ」
三人の間に少しだけ懐かしい空気が流れる
「二人とも ここに来るとはな」
先生が言う
「私たちも 思ってなかったです」
あゆみが答える
「ほんまそれです」
渚も続く
先生は 少しだけ笑う
「で 何しとるんや」
「船で回ってます」
あゆみが言う
「島に売りに行ってるんです」
「ほう」
先生は 少し驚いたように船を見る
「何処まで 回っとる」
「四つです」
渚が答える
「週二回」
「なるほど 大変やろ」
「はい」
先生は 暫く何も言わない
船を見る
積んであった箱を見る
「ちゃんと仕事しとるな」
ぽつりと言う
軽い言い方だった
その中身は軽くなかった
あゆみは 少しだけ目を伏せる
「まあ ぼちぼちです」
「ぼちぼち ちゃうやろ」
先生が直ぐに返す
「これ 無かったら困るやつやろ」
あゆみは 少しだけ 間を置く
「……はい」
渚も黙って頷く
「ええやんか」
先生は言う
「派手やないけど ちゃんと回している」
三人の間に少し静かな空気が流れる
「しんどいやろ」
「まあ」
渚が答える
「四つも回ってたらな……」
あゆみも 少しだけ笑う
「利益は?」
先生が聞く
少しだけ 空気が変わる
「……出てないです」
あゆみが答える
先生は 少しだけ笑う
「やろな」
その言い方に 三人とも少し笑う
「でも 続け取るんやろ」
「はい」
あゆみは はっきり答える
渚も 何も言わずに頷く
先生は それを見て ゆっくり頷く
「それでええ」
短い言葉
「こういうのはな 止めたら終わりや」
あゆみは その言葉を聞く
「続け取るだけで価値がある」
少しだけ間
「ようやっとる」
その一言で 十分だった
三人とも 少しだけ黙る
海は静かだった
「また来るわ」
先生が言う
「いつでも来てください」
あゆみが答える
「次は客で乗せてもらうわ」
渚が少しだけ笑う
「ちゃんと払ってくださいね」
三人で 少しだけ笑う
先生は手を上げて去っていく
静けさが戻る
「……見られたな」
渚が言う
「うん」
あゆみは船を見る
何も変わっていない
でも
少しだけ 確かになった気がした
明日も また回る
同じ時間に
おなっじ場所へ
それは 変わらない
海の駅の事務所は 昼でも少し暗かった
机の上に 紙が広がっている
売上
燃料代
仕入
数字は揃っていた
結果もはっきりしていた
「……足らんな」
責任者の長門さんは言う
誰も否定しない
「回っとるけどな」
渚が言う
「回っとるだけや」
長門さんは即答する
あゆみは 紙を見る
数字は小さい
でも ゼロではない
「やめるか」
長門さんが言う
静かな言い方だった
あゆみは 顔を上げる
「やめません」
直ぐに言葉が出る
長門さんが見る
「理由は」
問われる
「待ってる人がおるんで」
短い答え
長門は 少しだけ間を置く
「それで続けられるほど 甘くないで」
正論だった
あゆみは 頷く
「分かってます」
言いながら言葉を選ぶ
「だから 形を変えます」
長門の視線が少し変わる
「どう 変える」
あゆみは 紙の一部を指す
「燃料代だけでも 外に出したいです」
「外?」
「市か 県か」
長門は 少しだけ目を細める
「補助か」
「はい」
あゆみは 続ける
「生活支援としてやってる形にすれば」
「買い物来れない人もおるんで」
言葉は ゆっくりだったが
でも ぶれていない
長門は 暫く黙る
渚は 腕を組んだまま聞いている
「面倒やで」
長門さんが言う
「書類」
「説明」
「責任」
「増えるで」
あゆみは 頷く
「それでも やります」
短く答える
長門さんは 少しだけ笑う
「誰が行く」
直ぐに現実に戻す
「私 行きます」
あゆみが言う
「話もします」
間
長門さんは 渚を見る
「どう思う」
渚は 少しだけ考える
「燃料出るなら 回れる」
それだけだった
無駄な言葉はない
長門さんは 軽く息を吐く
「……一回 当たってみるか」
決定ではない
でも 動くには十分だった
「ただし」
長門さんが続ける
「通らんかったら 終わりや」
線が引かれた
あゆみは 頷く
「分かってます」
それだけだった
外では 波の音がする
同じ様で
同じではない
流れは また少しだけ変わろうとしていた
朝の空気が 少し違っていた
港からフェリーに乗り本土に渡った
あゆみは
少しだけ落ち着かない様子で立っている
「いくで」
長門さんが言う
電車に乗る
窓の外の景色が 少しずつ変わっていく
海が遠ざかる
建物が増える
場違いかもしれんな
あゆみは 少しだけそう思う
県庁に着く
大きな建物だった
中に入る
静かで少し硬い空気
案内されて 会議室に入る
机
椅子
資料
既に担当者が待っている
「本日はよろしくお願いします」
長門さんが頭を下げる
あゆみも 続いて頭を下げる
席に座る
資料を広げる
「現状の説明からさせていただきます」
長門さんが話し始める
島を回っていること
週二回の運行
四つの島
利用者の状況
淡々と しかし抜けなく話す
担当者は メモを取りながら聞いている
「収支については」
長門さんが 一度言葉を区切る
「現状では赤字です」
はっきり言う
あゆみは 少しだけ視線を下げる
「ただし」
長門さんは続ける
「利用者は継続しており
生活支援として機能しています」
担当者が顔を上げる
「具体的には」
長門さんが視線をあゆみに向ける
「現場から補足を」
一瞬 間
あゆみは息を整える
「……島には 店がないところもあります」
ゆっくり話す
「来る曜日を決めているので
その日に合わせて待っている方がいます」
頭の中で顔が浮かぶ
「水や 食料が中心です」
「来ないと困る という声もあります」
言葉は多くない
でも 嘘ではない
担当者は静かに頷く
「なるほど」
少しだけ 空気が変わる
「今回はどのような支援を希望されますか」
長門さんが直ぐに答える
「燃料費の一部補助を想定しています」
具体的だった
「運行自体は継続可能ですが
燃料負担が大きく」
担当者は 資料を見る
「市町村をまたぐ運航になる
可能性がありますね」
「はい」
「その場合 県としての位置づけが
必要になります」
制度の話になる
あゆみは少しだけ言葉の流れを追う
「買い物支援事業として整理出来るか」
「過疎地域対策に入るか」
専門用語が出てくる
長門さんは 落ち着いて答える
「現場としては
生活線として機能しています」
言い方は変えない
担当者は 少しだけ考える
「可能性はあります」
短い言葉
あゆみは少しだけ顔を上げる
「ただし」
続く
「正式には
市町村との連携が前提になります」
「事業計画と 利用実績の提出も必要です」
条件が並ぶ
長門さんは頷く
「対応します」
即答だった
あゆみは その横で小さく息を吐く
簡単ではない
でも
道はある
会議は そこで一区切りついた
「本日はありがとうございました」
席を立つ
廊下に出る
少しだけ 空気が軽くなる
「……どうや」
長門さんが聞く
「通りそうですか」
「半分やな」
現実的な答え
「やることは増えた」
「はい」
あゆみは 頷く
外に出る
空は 少し曇っている
遠くに 海は見えない
でも
繋がっている
あゆみは 少しだけ前を見た
これも 流れの中やな
現場とは違う
でも 同じ仕事の延長だった
帰る
また 明日も回る為に




