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水産祭り

朝から 人の流れが違った

いつもの港なのに 空気がざわついている

テントが並び

まだ昼間なのに もう人が集まり始めている


「今日はヤバいで」

準備をしながら 誰かが言う

あゆみは エプロンの紐を結び直す

「……はい」


会場にはずらりとブースが並ぶ

瀬戸内海の美味しいものが集合する


地元の漁協

飲食店

焼き台の前には 既に列


牡蠣

蒸し牡蠣

焼き牡蠣

牡蠣フライ

湯気と一緒に匂いが広がる


さらに奥では

しらす丼

タコ天

サザエのつぼ焼き

あなご飯

まさに海の幸が全部出てくる場所だった


「すいません!二つください!」

「はい!」

始まった


人が途切れない 本当に途切れない


「みかん箱で!」

「袋いりますか!」

「牡蠣まだありますか!」


声が重なる

考える時間はない


あゆみは 手を動かす

袋に入れる 渡す 次


横では 牡蠣が焼ける

じゅう と音がする

殻が弾ける

煙が上がる


ふと思う

これ あの工場の


徹子の姿が浮かぶ

殻を開けていた手

流れていた作業


つながっとる


その瞬間

「おい 此れ追加!」

「はい!」


思考は切れる また流れに戻る


「手 足りとるか」

振り向くと徹子が立っていた

「あんた来たん」

「ちょっとだけな」


そのまま手袋をつける

何も言わず 作業に入る


動きが速い

迷いがない


「……はや」

あゆみが呟く

「慣れや」

短い返事


そのまま 流れに入る

回り始める


外では渚が動いていた

「こっち空いとるでー!」

「並ばんでええ!」


人を流す

列を整理する

海側から来る客をさばく


船も動いている

人も動く

全部が流れになっていた


あゆみは ふと顔を上げる



全部が混じっている

回っとる

この場所が

この仕事が

自分もその中にいる


夕方

少しずつ 人が減る

列が短くなる

「……終わるな」

あゆみが言う

「まだや」

渚が言う

「最後まで来るで」

その通りだった

最後まで 人は来た


やがて 火が落ちる

煙が消える

音が減る


人の流れが 引いていく

さっきまでの熱が 嘘みたいに消える


残るのは 海と少しの匂いと

疲れだけだった


あゆみは 手を止める

徹子も 静かに手袋を外す

渚は 遠くを見ている

誰も 直ぐには喋らない

波の音だけが 戻って来る



最後の客を見送ったとき

あゆみはようやく手を止めた

「ありがとうございました」

声は出たが 少しだけ掠れている


炭火は落とされ 煙は細くなる

さっきまでの熱気が

ゆっくりと引いていく


「終わったな……」

誰かが言う


本当に終わった

あゆみは 軽く息を吐いた

腕が重い

足も少しだけだるい


それでも不思議と嫌な疲れではなかった

「水 飲むか?」

横から差し出される

渚だった


「……ありがとう」

受け取って 一口飲む

冷たさが体に落ちていく


「よう動いとったな」

「必死やっただけやけど」

少しだけ笑う


「それでええ」

渚は短く言う

その後ろで 徹子が手袋を外していた

静かに いつも通りの動きで


「そっちも よう動いとったやん」

あゆみが言う


「慣れとるだけや」

徹子は答える


「……工場のか?」

「まあな」

短いやり取り

けれど それで十分だった


片づけが進む

テントが外され 道具が運ばれていく

さっきまでの祭りが 

少しずつほどけていく


「ちょっといくか」

渚が言う


三人は港の端へ歩いた

人の気配が少ない場所

波の音が はっきり聞こえる場所


夜の海は黒かった

昼の賑わいが嘘みたいに 静かだ

しばらく 誰も喋らない

風が 少し冷たい


「さっきまで すごかったな」

あゆみが言う


「やから 祭りや」

渚が返す


「全部 回っとったな」

あゆみは 海を見る


「回っとるで」

渚は言う


「止まっとるように見えてもな」

あゆみは 小さく頷く



「そっちは もう終わりか」

渚が徹子をみる

「バイトはな」

徹子は答える

「声かけられた」

あゆみが顔を上げる

「え?」

「卒業したら 来んかって」

少しの沈黙


「……どうしたん」

「断った」

あっさり言う

「決まっとるしな」

それだけだった


あゆみは 少しだけ考える

「……迷わんかった?」

徹子は少しだけ海を見る


「迷う理由はあった」


間を置く


「でも 行くって決めとるからな」


あゆみはその言葉を聞いて

静かに頷く


「そっちは」

徹子が言う


あゆみを見る


「……ここでやる」

短く答える


「まだ全然やけどな」

「そらそうやろ」

渚が言う


「でも 今日回しとったやろ」

あゆみは 少しだけ笑う

「……うん」


波の音


「うちは動かす側行く」

徹子が言う


「そっちは回る側やな」


あゆみは 少し考えてから

「……どっちも同じやな」

そう言った


渚が少しだけ笑う

「まあな」


遠くで 最後の車が走っていく音がする

港には もうほとんど人がいない


「ほな」

徹子が言う


「またな」

振り返らずに歩き出す


あゆみはその背中を見る

止めない

呼びもしない

ただ 見る

やがて 見えなくなる

波の音だけが残る


「行くな」

渚が言う


「うん」

あゆみは答える


海を見る

暗い

でも 確かに動いている


同じようで

同じではない

その中に 自分もいる

あゆみは小さく息を吐いた

そして ゆっくりと 港を戻り始めた


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