第九十六話『道の途中』
時は少し遡る。
深夜の道路を自転車で駆ける。ニーナは後ろに横座りして俺の腰にしがみついている。人通りや車の通りは無い。海の上の一本道を、俺たち二人だけだ。
何も考えずに家を飛び出して来てしまったが、これからどうしたものだろうか?
麗美香が暴れているのなら、取り抑えるのは簡単な話ではない。なにせあの怪力だ。数人掛かりでも難しいだろう。それにそもそも、俺は女子寮に入れないしな。
ニーナがすぐに飛び出して助けに行こうとしたから、俺も行くと言った。それは、ニーナは止めても行くことが今までの経験上明らかだったからだ。彼女独り行かせる訳にはいかないしな。それに、女子寮に着くまでに何かいい案が浮かぶかも知れないという儚い希望もあった。
そして今、何も浮かんでいない訳だが。
そうだ。電話してから結構時間が経っている。状況が変わっているかも知れない。
「コーイチ、どうしたの?」
自転車を止めたことに、ニーナが疑問をぶつける。そんな彼女に、少し状況を確認しようと思うと伝え、もう一度電話を掛けてみることにした。
ヤマゲンと麗美香の携帯両方に掛けるも、どちらも電話に出ない。状況は変わらずか。一体何が起きているのか?
麗美香が入れ替わられた。そう考えるのが普通だよな。そして、ヤマゲンが襲われた。麗美香のスマホにヤマゲンが出たときが襲われたときか。
ん? あれ?
自分が襲われている時に、他人の電話が鳴ってそれに出るだろうか? 藁にも縋る状況だったかも知れないが、でも、スマホに出るって結構大変じゃないか? 前提が間違っている?
ヤマゲンとの電話での会話を思い出してみよう。
(「助けて! 神鏡さんが、神鏡さんが!」)
もしかして、麗美香を助けてという意味ではないか?
「どうしたの? やっぱり山依さん出ない?」
ニーナの言葉に我に返った。俺は、スマホを耳に当てたまま考え込んでいたようだ。
「なあ、ニーナ、どう思う? 一体何が起こっているんだと思う? ある程度、想定して行かないと危険だから、ちょっとここで考えてみよう」
俺の言葉を受けて、ニーナは暫し考え込む。そして彼女は、俯き加減で瞳だけこっちを見て俺に聞いてきた。
「この世界に魔法はある?」
普通なら、魔法なんて無いと答えるところだが、ここ数ヶ月の出来事のせいで、無いとは言えなくなった。自称大魔術師のメイ・シャルマーヌとか言う奴も居たからな。本当に魔法を使っているのかどうかを、俺は判断する術がない。ただ、なにかしらの方法で空間の歪みを閉じた。それは事実だ。屍魔が落ちて来なくなったことが、それの証明だ。
だとすれば、魔法かどうかは判らないにしても、俺が知らない超常的な力が存在するのは間違いは無いだろう。
「在るかどうかは分からない。けど、普通の人が使えないような力を、使える人はいると思う。確実に確かめられたことは無いけどね」
ニーナは満足そうに頷き、頭の上のでっかい帽子が大きく揺れて前にずれた。
そう、ニーナはまた彼女の世界の制服、緑の軍服を着込んでいる。彼女によれば、それを着ることで気が引き締めれるのだそうだ。今は夜だからいいけど、朝になったらその軍服の格好はちょっと目立つけどな。
「あのね、私、この世界の本で読んだことがあるの。魔法使いの人が書いた本。創作じゃなくて、実話として書いてある本ね。修行で魔法が使えるようになるって書いてあった。だから私は、力の強い弱いはあっても、この世界の人も魔法を使えると思った」
それ、怪しい本だろ。そう思ったが、熱っぽく話すニーナの顔を見ていたら、何も言えなくなった。それに、本の信憑性はともかくとして、最近の出来事を考えると、夜迷いごととは言えない。そーいう本にも信憑性があるものもあるだろう。だから、口を挟まずに、ニーナの話の続きを促した。
「魔法使いが書いた本は、何冊かあったので、一通り読んだのですが、今思い出したのですが、そう! 魔法使い同士が、夢の中で闘う話がありました。ダイアンなんちゃらっていう人が書いた本だったと思います」
ニーナはだいぶん日本語上手く話せるようになっている。というか日常生活に支障が無いぐらい充分に話せている。でも、興奮すると今みたいに敬語が混じったりする。そんなところも可愛いなと、最近は思うようになってきた。と、そんなことを考えている場合じゃなかった。
自分で頬をピシャリとやり気合を入れ直す。そんな俺をニーナは気付いた様子はなく、顔を蒸気させながら話を続けた。
「魔法使いなら、人の夢に入って闘えるってことです。入れ替わりは夢の中で行われるなら、それを防げるかも知れません」
魔法使いなら……
そう聞いて思い浮かぶ人物は独りだけだ。
深夜だが、緊急時なので仕方がない。「ごめん」と、電話に出る予定の相手に心の中で謝りながら、記憶の中にある電話番号を手早くスマホに打ち込む。
「はい。どちら様でしょうか?」
「ああ、舞。山根だ。ちょっとお前に頼みがある。こんな夜更けにすまない。緊急事態なんだ。でもお前、すぐに出たな。起きてたのか?」
舞がすぐに電話に出たことに驚いた。十数回はコールを待たないと駄目だろうと覚悟していたのだが。まるで電話を待っていたかのようだ。さすが大魔術師だな。
「なんだか今日は寝付けませんでしたので。そんなことより、すみません。山根さんって方に覚えが無いのですが、お間違えでないでしょうか?」
「はぁ? お前、ほら、学校の屋上で一緒に闘っただろう? 忘れたのかよ」
こいつは寝ぼけてやがるのか? まったくしょうが無い奴だ。まあ、こっちが電話を掛けてる時間が悪んだけどな。
「すみません。そんな記憶はありませんが? それとわたくしの電話番号、どうやってお知りになったのか大変興味がございますわ?」
「まてまてまて。ふざけている暇ねえんだよ。寝ぼけてるんじゃねーのか? 電話番号のことは、その……今度落ち着いてから説明するよ。それもよりもだ! 麗美香が危険なんだよ。お前しか助けれそうな奴は居ないんだよ。まさか、麗美香まで忘れたとか言わねえだろうな」
「麗美香さん……。いえ、その方も記憶にありませんが?」
なんだいったい。どういうことだ? 舞に何かあったのか? 嫌な予感が背筋を登って来て身震いした。まさか、舞にまで何か手が及んでいるのか?
「ちなみに、どのようなご用件でしょうか?」
「ああ、実は……」
舞にことの次第を話す。人や猫に入れ替わる者の存在、そいつが麗美香を狙っているだろうこと、そして夢を使って入れ替わろうとしていることなど。話終わるまで、舞は黙って聞いていた。
「なかなか面白いお話でした。いたずら電話にしては楽しめましたわ。ではおやすみなさい」
「待てええええええ! お前、どうしたんだよ? 何かあったのかよ! 何あったのなら力になるから言ってくれよ! お前ならと思って電話したのによお。それはないだろう? 大魔術師のお前ならって!」
「随分と必死のご様子ですが、わたくしには何のことだかさっぱりです。それにわたくしが大魔術師ですって? そんな根も葉もない噂、どこから仕入れて来たんですか?」
「どこからって、お前が言ってたんじゃねーか! 我こそは大魔術師メイ・シャルマーヌだって」
「大魔術師メイ・シャルマーヌ?! 貴方、その方とお知り合いなのですか? こ、これはたいへん失礼致しました。彼女に御用なのですね。わかりました。幸い、わたくし彼女の取次をしております者です。ご依頼の件しかと承りました。確実に彼女にお伝えいたします」
何ってんだこいつ。
ん? まさかこいつ……
あー、わかった。わかったよ。そういうことかよ。まったく。
「わかった……。お願いするよ」
「はい。しかと承りました」
そういって、舞は電話を切った。
はぁー。疲れた。やれやれという気持ちで電話を切り項垂れる。
舞のやつ……どこまでキャラ創ってやがるんだ。
つまりあれだ――、舞のときはメイじゃないのね。めんどくせーよ。何か危険な目にあってるのかと心配したこちらの気持ちを返せ! このやろう。
まあ、何にせよ、舞、じゃなくてメイは動いてくれるみたいだな。よかった。ひとまずは、これで何とかなるかもしれない。
「どうだった?」
傍でニーナが不安そうに見上げてくる。そんなニーナの不安を払うように優しく声を掛ける。
「ああ、大丈夫だ。バッチリだ。大魔法使いが動いてくれる。ニーナのおかげだ」
その言葉にニーナは花が咲いたように明るく微笑んだ。




