第九十七話『追儺』
このとんがり帽子の恥ずかしい格好している奴は、自分の知る限り1人しか存在しない。肩幅以上ある帽子のつばで、顔が隠れて見えないが、あいつに間違いない。そう麗美香は思った。
夢の外へ立ち去ろうとする麗美香の姿をした者が、とんがり帽子の存在に気付いて振り向いた。
「なんだてめぇ。何勝手に人の夢ん中入ってきてんだぁ?」
おまえが言うのかと、麗美香は思った。もし今、麗美香が口をきけたのなら、そう叫んでいたに違いない。しかし今の麗美香は物言わぬただのハルバードだった。
自分が人の夢に勝手に入って来ながら、人の事を糾弾するなんて――。麗美香は俄然、とんがり帽子を応援した。声は出せないが。
「人の事言えますの? 貴方も勝手に入って来てらっしゃるようにお見受けいたしますけど?」
そうだそうだ! そのとおりだと、麗美香は心の中で喝采を送った。
「あぁ? 何言ってんだぁぁてめぇ」
「ここは麗美香さんの夢の中です。そして貴方は麗美香さんではありません。見た目は彼女そのものですが匂いが違います。彼女は――そうですね、もっと芋臭い匂いがします」
芋臭いってなに?! わたしそんな匂いするの?! 麗美香の心の叫びは誰にも届かない。
「へぇ。何だか知らねぇけど何しに来やがったぁ? あんた何者だぁ?」
ああ、そのセリフはこいつに言っちゃダメだ。とんがり帽子がちょーし乗っちゃう! と、麗美香は必死で聞こえないツッコミを入れる。
「ふふふ、よくぞ聞いてくださいましたね。そう、我こそは大魔術師メイ・シャルマーヌ。その人なり!!」
とんがり帽子は片手を突き出し、マントを翻し、帽子のつばを上げてその顔を見せた。やっぱり、麗美香が知る、あのハロウィン女だった。
「はっ? 魔術師だぁ? そんなもんいる訳ねぇだろぅ。何だ、ただの頭の可笑しい奴か。バカは、とっとと帰りな」
「あら? 魔術師の存在を否定されるのですか? 貴方、どこかの魔術協会に属してらっしゃらないのですか? いえ、それ以前に貴方、魔術師では無いのですか?」
「質問が多いんだよ、てめぇ。わたしは魔術師でもねぇし、魔術協会とかも知らねえぇよ」
がーんという効果音が似合いそうな表情をして、ハロウィン女は芝居がかった様子で後退った。どこまでが本気で、どこまでがフリなのかイマイチ解らない。
「これは驚きました。貴方、魔術じゃなく、この夢の中に入って来ているのですか? 驚愕です。ええ、有り得ない事です。貴方、人間ですの?」
「質問が多いっつてんだよぉ。人間、人間ねぇ。そうねぇぇ、わたしぃ、もう人間じゃあぁねぇかもぅねぇぇ」
「魔術協会に属しておらず、人間でもない。そうですか。なら――、遠慮なく排除しても良さそうですね」
「排除だぁぁ?! なんだぁてめぇぇ!」
麗美香の姿をした麗美香の異母姉は、ハロウィン女に殴りかかった。
「アテ マル ヴェブ ヴェド」
ハロウィン女が、なにかを唱えて十字を切った。カバラ十字のようだが、異様に短い呪文だった。そしてそれは速度の速い十字切りだった。麗美香も叔母に習ったことがあるが、彼女が習ったものとはだいぶ違っていた。流派によるものなのか、ハロウィン女の独自のものなのか?
「レイ・オールラハル・アルメン」
殴りかかった拳がハロウィン女に当たると同時に、異母姉の腕が根元から消失した。
その光景に、麗美香が驚愕した。自分の腕が無くなってしまった。あれは、元に戻せるのだろうか? もし自分が元の姿に戻ったときに、片腕が無くなっているとかないだろうかと不安になった。
「てめぇぇ、何しやがった!」
「別に。ちょっと結界を張らせていただいただけですけど。不用意に入っていらしたのは貴方ですよ。この結界は、在るべきものを在るべき場所に戻すものなんですけどね。貴方の場合、やはり在るべき者ではないようですね。」
「てめぇえ、戻しやがれ!」
そう、自分も戻して欲しいと麗美香も同意した。
「何を仰ってるんですか? わたくしは、初めからここに、元に戻すために来たのですから、もちろん、元に戻して差し上げますよ。ええ、元通りにね」
ハロウィン女の言葉に麗美香は感動した。素直に、今は彼女を応援する。
ハロウィン女は、指で五芒星を宙に書いて歩き廻り始めた。
「おぃ、なに始めやがった」
片腕になりながらも、異母姉はハロウィン女を威嚇する。
ぐるりと一周したハロウィン女は、両手を広げて身体を十字にした。
「最後通告です。貴方、そのエーテル体を麗美香さんにお返しする気はありませんか?」
「てめぇに指図される言われはねぇよ。でもまあ、片腕持ってかれちまったからぁ、そうだなぁ、おまえこそ、腕戻す気はねえぇのかよ?」
「残念です。そういう方向には力は働きませんの。諦めてくださいまし」
「なら、こうするしかねぇな!」
ハロウィン女の両腕がみるみるうちに指先から崩れ始めた。
異母姉は、次はハロウィン女に乗り移ろうとしているに違いない。
しかし、そうなると、自分の身体にハロウィン女が入ることになる。それはそれで複雑な気分だと、麗美香は悩んだ。
「急ごしらえとはいえ、わたくしの創った結界をお破りになるとは、驚きました」
「そんな余裕ぶってるが、内心焦りまくりじゃあねぇえのかぁあ?」
異母姉は耳障りにケタケタと笑いだした。
ハロウィン女の両脚も無くなり始めた。
「そうですね。貴方がちゃんと修行した魔術師なら、わたくしも危なかったでしょうね。それは認めますわ。でも、幸い貴方は、特異な技術を持った、ただの素人です」
すでにハロウィン女は、首だけになって喋っていた。お前はそれで大丈夫なのか? と麗美香は心配になった。
「プラエ ラァァファァァァィィエェェェレ、ポーネ ガァァァーブリィィィエェェェル、アデ パレス マイィィィクゥゥゥエェェェレ、ア スニストラ アゥゥゥリィィィエェェェル」
ハロウィン女がまた何か唱えると、草原やら湖やら灼熱の太陽光やら山々が廻りに出現した。真っ白いただの空間だった麗美香の夢の景色が、一挙にヨーロッパの自然観光地に代わる。
「なんだこりゃ?! おまえ、何しやがった?! これは、あいつの夢の中じゃねええ」
「ええ、ここはわたくしの夢の中ですわよ」
ハロウィン女の顔が勝ち誇ったものに変わる。
「ノナセデェード ミー マ―ルム クィウセモーディン クオニアマンジェリ サンクティ クストディウーント ミー ウビクミクセウマ」
四方から黄、青、緑、白の光が現れた。
「ここは、わたくしの聖域。つまりは、わたくしの庭ですのよ」
その光たちがそれぞれ大きく広がって行き、やがてすべて輝く光で何も見えなくなった。見えなくなった状態で、麗美香は自分の身体があちこちに振り回される感覚があった。まるで目隠しされてジェットコースターに乗っているみたいだった。
動き回る感覚が徐々に遅くなり、やがて完全に停止した。
麗美香が目をゆっくりと開けると、目の前にハロウィン女が立っていた。麗美香の姿をしている異母姉は見当たらない。完全に消滅してしまったのだろうか……。
「じゃあ、わたしはどうなるのよ!」
「何が? ですか。」
「何がって、わたしが消滅しちゃったら、わたしに戻れないじゃない! このバカちん!」
「すみません。麗美香さんが何をおっしゃっているのか解りません。まあ、貴方の言う事はいつも解らない事ばかりですが」
そういうと目の前のハロウィン女は、右手を口に当ててくすっと笑った。
「何笑ってんのよ! ハロウィン女、わたしを元に戻しなさいよ!」
「ハロウィン女って、貴方。わたくしは、メイ・シャルマーヌです。それに、それ以上……何を元に戻すのか、わたくしには解りかねますが」
やれやれと両手を左右に大きく広げるポーズを、わざとらしく麗美香に見せつける。その姿に麗美香はイライラした。
ぐっと自分の拳を握りしめる。そして麗美香は、握りしめた自分の拳が視界に入った。
「あれ? あれれれ?」
身体のあちこちを見回し、自分の手で触る。
「おー、戻ってる?! わたしの身体だ。よかった。腕も両方ある」
そこで初めて、ハロウィン女に助けられたことを理解した。それは麗美香にとって、非常に屈辱ではあった。しかし、あのままもうダメだと思えた状態を考えると、これで良かったんだと考えを改めた。
「あ、あの、んっと、あれ。うん。その――つまり、ありがとう?」
「なんで疑問系なんですか?! その一言を言うために、随分と葛藤があったようですが……。まあいいでしょう。素直に受け取っておきます。あー、後、あの方、えーっと、山根さんでしたっけ? あの方にも是非お礼を言っておくべきですね」
「え? ポチがどうしたの? なんでポチにお礼?」
「あの方が、貴方を救ってくれと、それはもう嘆願なさって。いったい貴方がたは、どういうご関係なのかしら?」
「ポチが……。そうなんだ。ふーん。うーん。そっかそっか。ご関係って言われてもねえ、ポチは、そのわたしの犬だから」
「そう……。良い犬をお持ちですね」
いや、今は耕一のことより――
「それはそうと、アイツはどこに行ったのよ? わたしの身体奪おうとしたアイツ」
「なんか誤解を与えそうな言い回しですね。まあいいですけど。あの人なら、そこのハルバードに戻りましたよ」
「えー、ちょっとやだな。他に移せない? あのハルバードまだ使いたいんだけど」
麗美香は、異母姉入りのハルバードとか使いたくないし、また夢で出てきたら嫌だった。
「それなら大丈夫ですわ。もう勝手に外には出れないようにしていますから」
それはつまり、異母姉は、ずっとハルバードの中で暮らすということなのか? あのままだったら、自分が危うくそうなるところだと思うと、麗美香はぞっとした。異母姉がこれからずっとそうなると思うと同情したい気持ちは少しあるが、自分をそうしようとしたのだと思い出してその想いを打ち払った。そう、同情なんてしてやる余地はない。
「あ、1つお願いがあるんだけど、ハロ……、メイさん。助けて貰ってすぐにアレなんだけど」
「……、何でしょうか?」
放っておけない事だし、解決しないとダメだが、悔しいけど自分じゃ何も出来ない。ハロウィン女に借りをこれ以上作りたくはないと思ったが、頼る以外に方法がなかった。
ハロウィン女に正対し、深々と頭を下げる。
「お願い。猫と入れ替えられた人を元に戻してください。お願いします」




