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異世界の姫さまが空から降ってきたとき  作者: 杉乃 葵
第七章 美雨

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第九十四話『夢の中』

「私のこと、好きですか?」


 家に帰るなり、ニーナが真顔で聞いてきた。本人確認のためらしいが、この質問でどう答えたら、俺が山根耕一だということが解るというのだろうか? 

 電話でニーナに、俺が山根耕一かどうか疑って掛れと言っておいた。それは麗美香の異母姉が持つ入れ替わりの能力で、俺が入れ替わられているかもしれないと考えたからだ。だから俺が言った通り、ニーナが確認しようとしたのはいいけれど、その質問は俺本人でもどう答えていいものか解らないぞ? 適当に誤魔化しても疑われるし、また誤解とはいえプロポーズしたことになったままなので、本人確認以外の部分でも難しい返答を迫られている。


「ニーナ、お前、この機に乗じて言わせるつもりか?」


 そうやって誤魔化すのが精一杯だった。ニーナはじぃーっと俺を睨みながら、残念そうに溜息をついた。


「うん。コーイチに間違いありません。返事が聞けなかったのは残念ですが、コーイチですからしょーがありません」


 なんかすごく引っかかる言い方だったが、まあ、本人だと認められたようなのでよしとする。


「でも私は不満です」

 ニーナが睨んできた。

「麗美香さんの用件はわかりましたし、彼女と変なことしてないのは信用しています。でも、あんな言い方はやめてください」

 ニーナがあんな言い方というのは、バス停での別れ際に「麗美香が俺にだけ話があるらしい」と言って麗美香のところへ行ったことだった。

「たしかに言い方が悪かった。ごめんよ。気をつけるよ」

「わかった。許してあげます」

 そう言ってニーナは、俺の胸を手で軽く小突こうとした。

 俺は慌てて避けた。

「ばか! やめろ。いまはまだ状況が掴めてない。身体に触れるのは危険だ」

 そうなのだ。麗美香の異母姉の能力がどうやって発動しているのかはまだ分からない。俺は麗美香にはめられて、タマの身体に触れた。もしかしたらそこから俺に彼女が乗り移っているかもしれないのだ。

「わかった……」

 ニーナはたいそう不満気に、自分の部屋へ戻っていった。


 帰宅時間がかなり遅くなったので、母親にくどくどと文句を言われ、遅い晩飯を温めて食って部屋に戻る。

 疲れた……。今日はいろいろ有り過ぎた。考えが纏まらない。ベッドの上にごろりと寝転がり、天井を見つめながら今日の一日を反芻する。


 一番の問題は、麗美香の姉という人物。タマの身体を乗っ取り、タマを子猫に移したであろう張本人だ。その手法や条件が分からないと、今後の対策が立てられない。麗美香や俺が乗っ取られてないことを考えると、そう簡単に乗っ取れるものではないと考えてもいいだろう。簡単にできるなら、麗美香が乗っ取られててもいいはずだ。そして最後の会った麗美香は間違いなく麗美香だ。根拠は無いけど、いつもの麗美香だったからそうなのだろう。まさか既に入れ替わられていて、麗美香のフリをしていた……なんてことはさすがに考え辛い。まあ、その可能性はゼロではないが、限りなくゼロに近いものだろう。接触が乗っ取りの条件かもしれないと麗美香は判断したようだが、少なくともタマの身体に触れた俺は乗っ取られる兆候は見られない。油断はできないが。もしかしたら何か条件が揃うまで待っているのかも知れない。

 うーむ。考えても分からない。可能性が有り過ぎて、対策の取りようが無い。全くの手詰まりだ。



   ◇◇◇



 俺は、真っ暗な中を歩いていた。

 土を踏む感触。舗装されていない道。ここは森の中のようだ。周りが背の高い木々に覆われている。

 奴が潜んでいる気配がする。そう、屍魔だ。他の仲間達はどこかに行ってしまった。いつ逸れてしまったのだろうか? 覚えがない。さっきまで一緒に居たような気がしていたが……


 武器らしき物は、ニーナから預かった長剣が一つ。かなりの業物とのことだ。長い間手入れされていなかったにもかかわらず、刀身が美しく鋭利で切れ味が良さそうだ。

 しかし、俺に奴を倒せるだろうか? 未だかつて俺の手で倒したことなんて無い。周りに誰も居ない以上、俺が殺るしかないのだ。ジワジワと恐怖が足元から這い登ってくる。


 ガザッ


 すぐ右の藪の方で何かが動く物音がした。俺は走り出していた。とにかく前へ。その藪から少しでも速く遠ざかるように駆けた。背後から奴が追いかけてくる気配がする。振り向いて確かめるのが怖い。そんな余裕はない。振り向けばそれだけ走る速度が落ちる。全速力で走っているつもりなのだが、その脚は遅々として進まない。自分の意志が上手く伝わらずもたつく両の脚。思うように動かず、勢いのまま前に転がる。立ち上がろうとしたところを奴に飛び掛かられて組み伏せられる。


「離せ! 離せぇぇぇっ!」


 身体を左右に振り、なんとか振り払おうとするも、奴はびくともしない。このまま両腕を掴まれて俺は終わるのか……


「コーイチ!」


 ニーナの声が聴こえる。良かった。ニーナは生きているみたいだ。俺はここで終わるみたいだが、ニーナが生きているならいいか。


「コーイチったら、起きて!」


 起きてって、なんだ。ん? えええ?




 目の前にニーナの顔がある。


 あれ? 俺は何をしていたっけ。


 あれ? ここはどこだっけ?


 辺りを見渡すと……


 うん。俺の部屋だ。間違いない。ここは俺の部屋で、ベッドの上に寝ている。そして、はだけたパジャマ姿のニーナが馬乗りになって、俺の両腕を押さえている。暗がりの中、ニーナの顔とパジャマから柔らかそうな胸の膨らみがそっと覗いていた。

 反射的に眼を逸してから後悔する。もう少しちゃんと見ておけばよかったと。


「目、覚めましたか?」


 ああ、っと曖昧に返事をする。俺の返事を聞いてニーナはゆっくりとベッドから降りるのを、じっと壁を見詰めながら感じていた。


「ごめんなさい。こんな時間に。でも緊急事態です。あ、今更ですけど、コーイチですよね?」


 視線を壁から時計に移す。午前二時を少し過ぎたぐらいだった。いつの間にか寝てしまっていたらしい。すごく変な夢を見ていたような気がするが、何も思い出せなかった。


「ほんとだ。こんな時間だったのか。ニーナどうした? 何かあったのか?」


 ベッドから降りていたニーナは、床にぺたんと座り、ベッドにまだ横たわっている俺と目線を合わせた。


「本当に、コーイチですよね?」


 不安気な眼差しで覗き込むニーナにじっと見詰められた。そうか。入れ替わりの事を心配しているんだな。ようやく頭が回り始めてきた。

 ベッドの上で上体を起こして、伸びをして、さらに頭をスッキリさせる。


「大丈夫だ。間違いなく山根耕一だよ」


 何の根拠も与えないようなセリフであったが、ニーナの顔に安堵が浮かぶ。きっとそれは言葉だけじゃなく、声音や態度や仕草などなどから伝わる言葉じゃない言葉によって、俺が俺であることが伝わったのだろう。


「私、ずっと考えていたんです。入れ替わりのこと。そして、さっき思い出したんです。術のこと」

「いや、その前におまえ、俺に触れちゃだめだろうって……え? 思い出した?!」


 ニーナが俺の身体に触れたことを咎めようと思ったが、ニーナが術のことを思い出したという言葉が引っ掛かった。


「はい。入れ替わりの術の発動は、接触じゃありません」

 接触じゃない? じゃあなんなんだ?

「発動条件は、眠りです」

「眠り? どういうことだ?」

「入れ替わる対象が寝ている状態、夢を見ているような状態のときに、術者が近くでその夢の中に入り込む術なんです。そして相手の身体で目覚めるという秘術です。詳細は分かりませんが、同じ類の術だと思います。それを思い出したので、その……居ても立ってもいられずに、コーイチを起こしに来てしまいました」


 無事を確認したからか、ニーナは徐々に平静を取り戻し、同時に夜中に部屋に押し掛けてしまった羞恥に顔を耳まで赤らめた。


「無事で、良かった、です」


 最後は消え入りそうな声で、赤い顔のまま俯いて呟いた。


「あ、いや、心配してくれて、ありがとう。その、分からんけど、たぶん、助かった」


 事の真相はまだ分からないが、ニーナに起こされたことでもしかしたら助かったのかも知れない。

 まあ、ニーナの世界と同じ発動条件である確証はないが、一応ヒントにはなりそうだ。

 少なくとも、俺になんの変化もない以上、現状では接触による入れ替わりの可能性は低いと言えるだろう。ニーナもそう考えてのことだろう。

 ただそうなると、この先ずっと寝ないでいることなんて不可能だ。人は、いずれは眠りに落ちる。それは避けられない運命だ。一瞬光明が見えたかと思ったが、ダメだ。結局対処の仕様が無い。


「ずっと起きてなくても、大丈夫だと思います。相手と同じタイミングで眠りに就いていなければ、回避できると思います」

「それって例えば昼間に寝て、夜通し起きてるのかあ? それはちょっと現実的じゃないなぁ」

「そうですねぇ」


 う〜んっと、二人して考えあぐねて唸る。


 と、何かすごく大事なことを忘れている気がする。何だ? 何か見落としてないか? 

 ニーナが知っている術と同じものだったとすれば、入れ替わりの条件は対象との接触では無い。タマは子猫と入れ替わっていた。でもタマの身体に居たのは子猫では無く、麗美香の姉だ。じゃあ子猫はどこに行ったんだ? 

 そのまま素直に考えれば、子猫の中に麗美香姉が居たんだろう。つまりは、最初に麗美香姉と子猫が入れ替わり、入れ替わった子猫とタマが入れ替わったんだ。


 だが、何のために? 一旦子猫になる必要があったんだ? 人同士では出来ないとか……。或いは、入れ替わった後、相手が人のままだと何かと面倒だからか? 人じゃ無いものにして、口を塞ぐということだろうか?

 それともう一つ。相手が寝ている事を確認するためには、傍に居るのが一番手っ取り早い。ニーナの話では、対象の近くに居ないとだめみたいだし。そうならきっとタマは、子猫に懐かれて部屋に入れて一晩明かしたとかではないか?

 だとしたら、いま、麗美香姉はどこに居る? ターゲットは、俺に移ったとばかり思っていたが、接触が無関係ならば、そのターゲットは……。


 急ぎ携帯を引っ掴み、電話を掛ける。午前二時だろうが構わない。緊急事態だ。ニーナみたいに部屋に押し掛けるわけじゃない。


 頼む! 出てくれ。


 祈るような気持ちで、電話の発信音を数える。夜中だしバイブにしてるだろうから、寝ていて気付かないかも知れない。時間と共に焦燥感を覚える。


 繋がった!


「おい! 麗美香! 大丈夫か? 寝るな! 寝るなよ。いいな!」


 勢い込んで、不安を打ち払うように捲し立てる。


「やまねこぉ! 助けて!」


 電話口から聴こえてきたのは、切羽詰まったヤマゲンの声だった。


「ヤマゲンか?! なんでお前が麗美香のスマホに? 麗美香はどうした?」

「助けて! 神鏡さんが、神鏡さんが!」


 ガタガタンッ


 スマホを落とした不快な音がした。


 そして、電話の向こうから、重そうな物が倒れて砕ける音や、ガラスが割れる音が響いた。何かが、暴れているような気配だった。

 ニーナも不安そうに、俺を見詰めて黙り込んでいる。見開かれた瞳が心細げに揺れていた。


「おい! ヤマゲン! おい!」


 しかし、ヤマゲンから返事が返ってくることはなかった。


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