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第九十四話 『夢の中』 (in a dream)

「私のこと、好きですか?」


 真顔でニーナが訊いてきた。本人確認の為らしいが、この質問でどう答えたら自分が山根耕一だということが解るというのだろうか? 電話でニーナに万が一入れ替わられている事を想定して、自分が山根耕一かどうか疑って掛れと云っておいた。云った通り確認しようとしたのはいいけれど、この質問は、本人でもどう答えていいものか解らないぞ。適当に誤魔化したら疑われるし、また誤解とはいえプロポーズした事になったままなので、本人確認以外の部分でも難しい返答を迫られている。


「ニーナ、お前、この機に乗じて云わせるつもりか?」


 そうやって誤魔化すのが精一杯だった。ニーナはじぃーっと此方を睨みながら、残念そうに溜息をついた。


「うん。コーイチに間違いありません。返事が聞けなかったのは残念ですが、コーイチですからしょーがありません」


 なんか引っかかる云い方だが、まあ、本人だと認められた様なのでよしとする。ホッとして、部屋に上がった。帰宅時間がかなり遅くなったので、母親にくどくどと文句を云われ、遅い晩飯を温めて食って部屋に戻る。

 疲れた。今日は何かいろいろ有り過ぎた。考えが纏まらない。ベッドの上にごろりと寝転がり、天井を見つめながら一日を反芻する。


 一番の問題は、麗美香の姉という人物。タマの身体を乗っ取り、タマを子猫に移した張本人だ。その手法や条件が解らないと、今後の対策が立てられない。麗美香や自分が乗っ取られてない事を考えると、そう簡単に乗っ取れるものでは無いと考えてもいいだろう。簡単に出来るなら、麗美香が乗っ取られててもいいはずだ。そして最後の会った麗美香は間違いなく麗美香だ。根拠は無いけど、いつもの麗美香だったからそうなのだろう。まさか既に入れ替わられていて、麗美香のフリをしていた……なんて事は考え辛い。まあ、その可能性は0ではないが、限りなく0に近いものだろう。接触が乗っ取りの条件かもしれないと麗美香は判断したようだが、少なくともタマの身体に触れた自分は乗っ取られる兆候は見られない。油断は出来ないが。もしかしたら何か条件が揃うまで待っているのかも知れないし。

 うーむ。考えても解らない。可能性が有り過ぎて、対策の取り様が無い。全くの手詰まりだ。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



真っ暗な中を歩いていた。土を踏む感触。舗装されていない道。森の中の様だ。周りが背の高い木々に覆われている。奴が潜んでいる気配がする。そう、屍魔だ。他の仲間達は何処かに云ってしまった。何時逸れてしまったのだろう。覚えがない。さっきまで一緒に居たような気がしていたが。

 武器らしき物は、ニーナから預かった長剣が1つ。かなりの業物とのことだ。長い間手入れされていなかったにもかかわらず、刀身が美しく鋭利で切れ味が良さそうだ。

 しかし、自分に奴を倒せるだろうか? 未だかつて自分の手で倒したことなんて無い。周りに誰も居ない以上、自分が殺るしかないのだ。ジワジワと恐怖が這い登ってくる。


 ガザッ


 すぐ右の藪の方で何かが動く物音がした。自分は走り出していた。とにかく前へ。その藪から少しでも速く遠ざかる様に駆けた。背後から追いかけてくる気配がする。振り向いて確かめるのが怖い。そんな余裕はない。振り向けばそれだけ走る速度が落ちる。全速力で走っているつもりなのだが、その脚は遅々として進まない。自分の意志が上手く伝わらずもたつく両の脚。思うように動かず、勢いのまま前に転がる。立ち上がろうとしたところを奴に飛び掛かられて組み伏せられる。


「離せ! 離せぇぇぇっ!」


 身体を左右に振り、なんとか振り払おうとするも、奴はびくともしない。両腕を掴まれて万事休すか……。


「コーイチ!」


 ニーナの声が聴こえる。良かった。ニーナは生きているみたいだ。自分は此処で終わるみたいだが、ニーナが生きているならいいか。


「コーイチったら、起きて!」


 起きてって、なんだ。ん? えええ?




 目の前にニーナの顔がある。


 あれ? 自分は何をしていたっけ。


 あれ? 此処はどこだっけ?


 辺りを見渡すと……


 うん。自分の部屋だ。間違いなく、此処は自分の部屋で、ベッドの上に寝ている。そして、はだけたパジャマ姿のニーナが馬乗りになって此方の両腕を押さえている。暗がりの中、ニーナの顔とパジャマから柔らかそうな胸の膨らみがそっと覗いていた。

 反射的に眼を逸してから後悔する。もう少しちゃんと見ておけばよかったと。


「目、覚めましたか?」


 ああ、っと曖昧に返事をする。此方の返事を聞いてニーナはゆっくりとベッドから降りるのを、じっと壁を見詰めながら感じていた。


「ごめんなさい。こんな時間に。でも緊急事態です。あ、今更ですけど、コーイチですよね?」


 視線を壁から時計に移す。午前二時を少し過ぎたぐらいだった。いつの間にか寝てしまっていたらしい。凄く変な夢を視ていた様な気がするが、何も思い出せなかった。


「ほんとだ。こんな時間だったのか。ニーナどうした? 何かあったのか?」


 ベッドから降りていたニーナは、床にぺたんと座り、ベッドにまだ横たわっている自分と目線を合わせた。


「本当に、コーイチですよね?」


 不安気な眼差しで覗き込むニーナにじっと見詰められた。そうか。入れ替わりの事を心配しているんだな。ようやく頭が回り始めてきた。

 ベッドの上で上体を起こして、伸びをして、さらに頭をスッキリさせる。


「大丈夫だ。間違いなく山根耕一だよ」


 何の根拠も与えないようなセリフであったが、ニーナの顔に安堵が浮かぶ。きっとそれは言葉だけじゃなく、声音や態度や仕草などなどから伝わる非言語的言語によって、自分が自分で在る事を伝えられたのだろう。


「私、思い出したんです。術の事。その入れ替わりの術は、眠りの世界で行うんです」


「眠りの世界?」


「はい。お互いが寝ている状態。夢を見ている様な状態のときに、お互いの夢を繋げる術なんです。そして相手の身体で目覚めるという秘術です。詳細は解りませんが、同じ種類の術ではないかと思われます。そう思ったから、その……居ても立ってもいられずに、起こしに来てしまいました。」


 無事を確認したからか、ニーナは徐々に平静を取り戻し、同時に夜中に部屋に押し掛けてしまった羞恥に顔を耳まで赤らめた。


「無事で、良かった、です」


 最後は消え入りそうな声で、赤い顔のまま俯いて呟いた。


「あ、いや、心配してくれて、ありがとう。その、わからんけど、たぶん、助かった」


 事の真相はまだ解らないが、ニーナに起こされた事で助かったのかも知れない。

 ただそうなると、この先ずっと寝ないでいる事なんて不可能だ。人は何れは眠りに落ちる。それは避けられない運命だ。一瞬光明が視えたかと思ったが、ダメだ。結局対処の仕様が無い。


「ずっと起きてなくても大丈夫だと思います。相手と同じタイミングで眠りに付いて無ければ、回避出来ると思います」


「昼間に寝て、夜通し起きてるのかあ? それはちょっと現実的じゃ無いなぁ」


「そうですねぇ」


 う〜んっと、二人して考えあぐねて唸る。


 と、何か凄く大事な事を忘れている気がする。何だ? 何か見落として無いか? ニーナが知っている術と同じものだったとすれば、入れ替わりの条件は対象との接触では無い。タマは子猫と入れ替わっていた。でもタマの身体に居たのは子猫では無く麗美香の姉だ。じゃあ子猫は何処に行ったんだ? そのまま素直に考えれば、子猫の中に麗美香姉が居たんだろう。つまりは、最初に麗美香姉と子猫が入れ替わり、入れ替わった子猫とタマが入れ替わったんだ。

 何の為に一旦子猫になる必要があったんだ? 人同士では出来ないとか……。或いは、入れ替わった後、相手が人のままだと何かと面倒だからか? 人じゃ無いものにして、口を塞ぐという事か?

 それともう一つ。相手が寝ている事を確認する為には、側に居るのが一番手っ取り早い。きっとタマは、子猫に懐かれて部屋に入れて一晩明かしたのではないか?

 だとしたら、いま、麗美香姉はどこに居る? ターゲットは、自分に移ったとばかり思っていたが、接触が無関係ならば、そのターゲットは……。


 急ぎ携帯を引っ掴み、電話を掛ける。午前二時だろうが構わない。緊急事態だ。ニーナみたいに部屋に押し掛けるわけじゃない。


 頼む! 出てくれ。


 祈るような気持ちで、電話の発信音を数える。夜中だしバイブにしてるだろうから、寝ていて気付かないかも知れない。時間と共に焦燥感を覚える。


 繋がった!


「おい! 麗美香! 大丈夫か? 寝るな! 寝るなよ。いいな!」


 勢い込んで、不安を打ち払うように捲し立てる。


「やまねこぉ! 助けて!」


 電話口から聴こえてきたのは、切羽詰まったヤマゲンの声だった。


「ヤマゲンか?! なんでお前が麗美香の携帯に? 麗美香はどうした?」


「助けて! 神鏡さんが、神鏡さんが!」


 ガタガタンッ


 携帯を落とした不快な音がした。


 そして、電話の向こうから、重そうな物が倒れて砕ける音や、ガラスが割れる音が響いた。何かが、暴れているような気配だった。

 ニーナも不安そうにこちらを見詰めて黙り込んでいる。見開かれた眼が心細げに揺れていた。


「おい! ヤマゲン! おい!」


 返事が返ってくる事はなかった。


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