第八十話:My Grandfather
帰りもまた、麗美香のリムジンに乗っていた。
リムジンは高速に入り、何処やらの夜景をその窓の外に走らせている。社内の薄暗さが少し気持ちを落ち着けていた。
隣には麗美香が座っている。
別に見送りはいいと断ったのだが、いいからいいからと強引に乗ってきた。
しかし、彼女は乗って来たものの、特に何も話してくる訳ではなくずっとスマホ画面を弄って黙っていた。
しばらくは隣に座っている麗美香が気になって思考がまとまらなかったが、彼女が座る方と反対方向の窓から観える夜景を眺めているうち、気にならなくってきた。
麗美香はいったい何の為に爺様に逢わせたのか? それも結局は判らず仕舞いだった。彼女は、終始何も語らず、ずっと爺様との会話を見守っていたのだ。いや、時折退屈そうにスマホを弄っていやがった。すごく失礼な奴だ。解ってたけど。
※※※ ※※ ※※※ ※※
「お呼びですか? お爺様。」
いつもの様にこっちの都合などお構いなしに呼び出すのね。ほんとにもう、鬱陶しい事この上無しです。
自室の部屋で機嫌よくネトゲをやっていたというのに、おかげてイベントクリアし損ねたじゃない!
パソコン画面に映るお爺様の顔をついつい不機嫌な顔で睨みつけてしまう。
まあ、いつもの事だから、お爺様も特にお気になさらないと思いますけど。
「相変わらずの不機嫌面だな。もうちょっと麗美香を見習って愛想よく出来んのか?」
「麗美香ぁ・・・・・・お爺様もあの娘にはお甘いご様子。寝首を掻かれないように精々ご注意遊ばせ。」
嫌味たっぷりに云ってやった。ネトゲの恨みは恐ろしいのよ。クリアに向けてどれだけの時間と技能と労力を使ったと思ってるの!
「ふん。麗美香は私にぞっこんだからな。そんな事は起きんよ。」
「ふん。どうだか。精々お幸せ時をお過ごし遊ばせ。」
麗美香のやつ、随分とお爺様を誑し込んだものね。不愉快だわ。
あの娘の仮面をいつか剥いでやる。
顔を思い出すだけでも腹が立ってきたわ。
あー、だめだめ、考えちゃだめ。あの娘の事なんて考えちゃだめ。
「実は、頼みがあるんだが。」
「わたしに頼み? お爺様が? ご冗談を。ご命令のお間違いでしょう。」
何が頼みだ。いつも頼みと云いながら、こっちが断れない事がわかってるくせに。
実に陰険だわ。
「なんとでも云え。」
「それで? 今回は何をしろとおっしゃるの?」
そう、お爺様はいつもいつも、厄介な事をお命じになる。
命令をお聞きしたところで、わたしに何の見返りも無い。
ただ、いいように使われているだけ。
このままではいずれ・・・・・・
「ああ、簡単な事だ。」
お爺様の声音が1トーン下がった。
お爺様の真剣な顔付きを観て、此方も釣られて顔を引き締める。
きっと、引き受け無い方無難なご命令である事は、確かの様だ。
ツーっとこめかみから汗が流れ落ちる。
通信を切りたい衝動に駆られながらも、身動きが出来ないでいた。
モニター越しに映るお爺様の、にっこりした笑顔、そして冷たい眼を観た。
「人を一人、行方不明にして欲しいだけだよ。」
※※※ ※※ ※※※ ※※
リムジンは家の前で停車した。時間はだいぶ遅くなっていた。スマホを取り出して時間を確認すると、22時頃になっていた。リムジンの扉を開けようとして手を伸ばすと、麗美香に腕を掴まれた。やっぱりこいつは金太郎だ。掴まれた腕から麗美香の握力の強さを感じる。軽く掴んだつもりなのだろうが、がっしりロックされている。何事かと思い、隣に座している麗美香を振り返る。すると彼女は、顎をクイッとドアの外の方を示した。ドアの外にはいつの間にかリムジンを降りてドアの外に立つ運転手の姿があった。
そっか。なるほど。運転手に開けて貰うのが通例なんだな。と、納得した。
ドアが開けられ、軽く謝辞を述べながら、外に降り立つ。外は、傘を差すかどうか悩む程度の小雨が降っていた。生憎、傘を持っていなかったが、もう家の前なので問題ない。
そそくさと、家に入ろうと思ったら、麗美香の奴が続いて下車してきた。こちらの訝しげな視線に気づいた麗美香は、「あの・・・」と呟いてから俯き、顔を逸らした。
「なんだよ。らしくねえな。」
仕方なく、麗美香の方に歩み寄り、言葉の続きを促す。
麗美香は視線を彷徨わせ、落ち着かない様子で両手をぶらぶらさせていた。
「麗美香はね、ポチの味方だから。」
それだけ呟くと素早く車に乗り込んだ。
運転手が扉を閉めるのをぼんやりと眺めていて、ようやく何を云われたのかを理解した。
「おい、どういう意味だ?」
走り寄ると同時に、リムジンは走り出した。
リムジンの窓越しに麗美香の姿を探したが夜の暗闇に溶け込んで、見つける事が出来なかった。
走り去っていくリムジンを眺めながら、麗美香の言葉を反芻する。
彼女は味方だと云った。
爺様と合わせた目的は何だ?
今日のこの時、このタイミングでのそれは、つまり・・・・・・
額から流れ落ちる雨の雫で、我に返り、いままでずっと雨の中、立ち尽くしていた事に気が付いた。