第七十九話『backroom maneuvering』
俺の悪い癖だ。考えてもわからない場合は、放置するか、もしくは、適当に選んで後は結果に委ねる。悪い癖だと思いながらも、いざその時になるとやっぱり癖というものは出るものである。この時もそうだ。
「麗美香さん以外には話してませんよ」
下手な駆け引きをしたところで誤魔化せるとは思えなかったのもあるが、ずっと黙っているプレッシャーに耐えかねたのと、もうどうでもいいから早く結果が出て欲しいという半ば投げやりな気持ちが在ったことは否めない。
正直に事実を述べた。これで終わるなら終わってしまえ。ただ、nullさんのことだけはしゃべるまい。今回の件が、nullさんにだけは飛び火しないようにしたかった。俺のできる最後の一線は、そこに在った。
「結構」
爺様は眼を細めて満足そうに頷いた。そもそもに本当のことを言ったから特に疑われるはずは無いと思った。ある程度誰か他に知っている人間が居るように仄めかした方が良かったかもしれないが。後の祭りである。
「屋上の一件のこと、公にはできない。そのことは理解していると思うが、まあ、麗美香からは話を聞いている。ので、今ここで話したことは良しとしよう」
学校側から正式に言われたわけではないが、というか、学校側が正式に言ってしまうと認めたことになるからだろうな。確か、摩耶先輩からそれっぽいことを示唆されたような覚えがある。
事が事だけに、安易にしゃべったりしたらやばそうなのは肌に感じていたのも事実だ。ここで話したのも、爺様からの指示で麗美香が学校に来たことを麗美香本人から聞いていたのと、屋上での件を麗美香が爺様に話していることが充分に想定出来たからだ。
ここであらためて秘匿事項で在ることを強調するのは、念押しのためなんだろう。
「君の、ええっと、名前、なんだったかな?」
「ポチ」
ずっとスマホ弄っていた麗美香が、その姿勢のままそこだけ反応した。
「ポチじゃねえよ! お前、なんでそこだけ反応すんだよ! ちゃんと会話に混ざれよ!」
麗美香の言葉に、ついいつも通りアンドずっと他人のフリしてる彼女への怒りが爆発してしまった。
しかし麗美香は、素知らぬ顔でスマホを弄ったままだった。
彼女に掴みかかろうとして、向けられた掌に止められる。
「話を続けて」
麗美香の言葉は冷たく、短かった。
その言葉で現実に立ち返る。爺様の前で、その愛孫娘に食って掛かってしまった事実を認識して、冷や汗が出たが、爺様から出た言葉は意外なものだった。
「ポチ君か。麗美香と本当に仲良くしてくれてるみたいだね。ありがとう。嬉しいよ」
爺様は破顔して、どう見てもただの好々爺にしか見えなくなっていた。
「麗美香はなあ、我侭で、自分勝手な振る舞いが多い。それで周りをよく振り回す。よく注意をするんだが、私も忙しい身でなかなか面倒も見れん。また、麗美香の周りに居る連中も、私の孫という事で遠慮がある。あるいは、下心があるので機嫌しか取らん。そうやってポチ君のようにちゃんと叱ってくれる人が居ると安心だ」
この爺様、麗美香に甘すぎるだろ。麗美香をちゃんと叱りたいなら自分でこの子の今の態度を叱りやがれ。と、言いたかったが、すんでのところで飲み込んだ。
せっかくいい感じになったんだから、下手に事を荒立てない方がいいよな。
「あの、ポチじゃなくて、山根耕一です」
とりあえず、そこだけは訂正しとこう。まあ、この先、この爺様と関わりたくないので、呼ばれる機会はもう無いだろうけど。
「山根耕一君ね」
爺様は何度かもごもごと反芻して、名前を覚えようと努めた後、居住まいを正した。
「では、山根耕一君、きみの質問に答えよう。
ユニーク枠の目的は、世間一般から認められていない特殊な能力――例えば超能力やら魔術やらその他もろもろの力を持つと言われる者を探しだしてスカウトし、学園に集めることだ」
超能力とかいう特殊能力というのは、時折テレビ等で特集される眉唾な物だと思っていたが、どうやら爺様は本気で信じている様子だった。かく言う俺も、この目で見ていなければ信じていなかっただろう。麗美香のサイキックや、舞の歪みの封印などを直接見たがゆえに、在ると信じた。そう考えれば、爺様は麗美香の爺様だから、信じて当たり前か。麗美香の能力は本物だからな。
「集めて、どうするんですか?」
「それは、誰もがそうした能力を発揮できる方法を見つけるためだ。調査実験を重ねてね。
私はね、超能力というものは、特別な人間が持っているものだとは思っていない。人間が本来持っている能力だと考えているんだ。訓練などで開発していけると信じているんだよ。
そして、超能力の開発方法が見つかると、それは金になる。
詳しいことは言えないがね。欲しがっているクライアントはたくさんいるのだよ」
これは後で麗美香に聞いた話しだが、麗美香の爺様は金の亡者で、金を儲けることが生きがいなのだそうだ。麗美香はその話をしたとき、吐き捨てるような言い方をした。彼女自身、そのことに不快感を感じているようだ。ただ、一方で、爺様っ子とも言っていた。きっとその思いは、俺が考えつく以上に複雑なものなのだろう。
「ご納得、頂けましたかな?」
一通りの説明を終えた後、爺様は柔和な笑顔を作りながらも鋭い眼光を向けた。
これ以上の深入りは、さすがに身の危険を感じた。和やかな雰囲気を演出しながらも、俺を見定めようとしている感が拭えない。やっぱり爺様が本当のことを、全部言っているとは思えなかった。
そもそも、無理やり連れてこられての会見だ。俺の一番の目的は、ここで事実を知ることではなく、この場を巧くやり過ごし、無事に脱出することだ。できるだけ、充分に納得したふりを装い、会見を終わらせようと席を立ったとき
「あー、今の話は、他言無用ですので、その辺、お間違えの無いよう、よろしくお願いしますよ」
「もちろんです」
当然といえば当然の話なので、別に誰にもしゃべるつもりは毛頭ない。
ただ、nullさんに報告するかどうかは迷っていた。確定しているような情報ではない。当事者の供述のみだからその信憑性がどこまであるものかわかったものではないからだ。それにnullさんとどうやって連絡を取ったらいいかすらわからない状況である。ただ、爺様に見透かされているような気がしてならなかった。
「企業秘密ですのでね。よろしく頼みますよ。山根耕一君。きみは、麗美香の大切な友人ですからね」




