第六話:魔王の復活とハンバーグ
「はい!皆さん!今日から新しい仲間が来ましたよ~!」
施設長がニコニコしながら、大きい男と一緒に部屋へ入って来た。
「皆さんへ自己紹介お願いしますー!」
「我、魔王なり」
腕を前に組み、堂々と言う本物の元魔王。一瞬、室内の皆はシーンと静まり返った。
だが、すぐ笑い声があちらこちらから沸いた。
「アハハハ!居るよね~。自分のことドラゴンとか魔王だっていう人!」
「いいじゃない!面白い人ね! で、あなたの本当の名前は?」
おばあちゃん達は笑っていた。
「魔王は、本当だ!!疑うでない!! このオーラが見えぬか?!……
我はベルゼだ……」
恐怖に震え、静まり返るどころか室内は笑いに包まれていく。
(良かった。なんだか皆、楽しそう)
そう私が思ったのもつかの間。
この平和な時間は、1時間持たないという事を……。その時は誰も分からなかった。
『白銀輝の園』のレクリエーションルームに、この世の終わりを告げるような地鳴りが響き渡っていた。
「ククク……ハハハハハ!ついに、ついにこの時が来たぞ!我が真の姿を取り戻す時がなぁぁぁ!」
中心で禍々しい漆黒の球体を撒き散らしているのは、フォードおじいちゃんでも、マーサおばあちゃんでもない。
この施設に新しく入所してきた、かつて世界を暗黒で包み込もうとした『元魔王』ベルゼさん(1200歳)。
今の彼は、記憶の巻き戻りが限界突破中。
自分が『世界を滅ぼす直前の最強の魔王』だった瞬間に巻き戻ってしまっていた。
「見よ!この溢れ出る暗黒の魔力を!これさえあれば……
この小っぽけな館ごと、この国と共に地図から消し去ることなど造作もないわ!」
ベルゼおじいちゃんの背後に、巨大な魔王の幻影が浮かび上がる。
部屋のガラスがビリビリと割れ、天井からはパラパラと塵が落ちてくる。本物の、世界滅亡のカウントダウンのようだった。
「ここは私が食い止めます」
ロイドは真剣な表情で杖を構え、皆の前に一歩踏み出した。
(足はすごい震えているけど、カッコイイぞ。ロイドくん)
「ロイド君。頼んだよ!」
施設長は巻き戻ってない者たち優先で誘導を始める。
「あらあら、今日はお天気が悪いのかしら?風がすごいわ~」
【違う部屋へ避難しましょう】
私は、入居者を施設長と一緒に移動させるのを手伝った。
元の部屋に戻ると悪化していた。
(あ……ロイドくん……)
「やっぱり……。だ、誰か、誰か助けてくれーっ!本物の魔王が全盛期の力を取り戻しちゃったよおぉぉぉ!
こんなの講義と本でしか知らないよぉぉ!お母さあああぁぁん!」
ロイドくんが涙目で杖を掲げ、全魔力を注ぎ込んで三重の防御結界を張る。
しかし、魔王の放つ漆黒の小さい球状がかすっただけで、その結界は一瞬で消滅。
ロイドくんは派手に火花を散らしながら壁に激突し、本日一発目の「極上の黒焦げ」へと成り果てた。
そんな地獄絵図の中を、私は溜息をついた後トコトコと真顔で歩み出た。
右手にはいつものスケッチブック。
左手には、お昼ご飯のメニューが書かれた小さな魔道具のホワイトボード。
私は、世界を滅ぼそうとしている魔王の目の前に立ち、マジックペンを走らせた。そして、バッとスケッチブックを掲げた。
【ベルゼさん、昼食のハンバーグ冷めるよ】
魔王が、ピタッと動きを止めた。漆黒のオーラが、一瞬でシュン……と霧が散るように消えた。
「ん?なっ何?は……?はんばーぐ……?」
【チーズハンバーグ。早く席につかないと、フォードさんに食べられちゃう】
「な、何だと……ッ!あのお調子者の剣聖に、我が至高のハンバーグを奪われるというのか……!?」
ベルゼおじいちゃんはハッと我に返った。
彼の頭の中で、記憶の巻き戻りが『世界征服』から『今日のお昼ご飯の楽しみ』へと奇跡的なシフトチェンジを起こしたのだ。
「ええい、世界征服などいつでもできる!今は後回しだ!
チーズが固まる前に、我が胃袋へ収めてくれる!」
さっきまで世界を滅ぼそうとしていた魔王が、星柄の青いパジャマの裾を気にしながら、そそくさと食堂の席へと向かって走っていった。
私はそれを見送りながら、スケッチブックのページをめくった。
(いや、本当にただのお昼の案内なんだけどな。ハンバーグの力ってすごい……)
壁際で煙を上げているロイドくんが、白目を剥きながら私を見上げてガタガタと震えている。
「ま、魔王の『世界滅亡の衝動』すら、ハンバーグの誘惑で完全に無力化するなんて……。
あの人は、魔王の精神をも支配する、本物の『魔皇』なんだ……」
(いや、ロイドくん。早く着替えないとハンバーグ無くなっちゃうよ?)
その日の夜。
皆、各自の部屋で眠るだけになった時間。施設長室は逆に騒がしかった。
「施設長!なんで元魔王がここに入居してるんですか!!」
ロイドは施設長室で机を叩きながら叫んでいた。
「ん~なんか面白そう……だ・か・ら!」
ウィンクをしながら答える施設長。ロイドは唖然と口をパクパクさせて固まってしまった。
「はっ……。はい?」
「いやあ、他の施設で断られ続けてるって聞いたからさ。可哀想じゃん?」
「何?ロイド君は、可哀想な人見ても見放す人?えーそんな薄情だったの~?悲しいなぁ~」
施設長はペンで遊び始めながらも、チラリチラリとロイドの顔を見ている。
「いや!そっ、そんなことは……」
ロイドは勢い余って身を乗り出した体を、椅子へと戻した。
「そうだよね?ね?うんうん、君は優しい人だ。そして天才で魔術も使える!
元魔王の面倒見てたって肩書があれば、今後どこ行ってもすごいって言われるしさ。頼りにしてるよ~ね?んね?」
そう言うと施設長は、ロイドが欲しがっていた貴重な薬草を引き出しから静かに出した。
「そ!それは!!」
「どうする?たまに君が研究材料の貴重な薬草を……。給料日に1つ支給するとか?」
不敵な笑みをしながら首をかしげる施設長。
「うっ……そうですね……分かりました……もう少し頑張ってみます」
ロイドは施設長に言いくるめられて部屋を出る。
「くっ……屈してしまったぁぁあ……」
目をぎゅっと瞑り、拳に力を入れて握りしめたロイド。
深いため息と共に肩を落とし、トボトボと自分の部屋へ歩いていく彼の足取りは重たかった。




