第五話:折り紙の作戦会議と地獄のポチ
今日も『白銀輝の園』の朝は慌ただしい朝を迎えていた。
朝食の片付けを終えた私がレクリエーションルームに向かうと、
そこには新たな『記憶の巻き戻し』を引き起こしているおじいちゃんがいた。
彼の名前は、ユグシルさん(790歳)。かつて人類を滅亡寸前まで追い詰めた、元・魔王軍の最高幹部である。
普段はベランダでお茶をすするのが大好きな大人しいお爺ちゃんなのだが、
今日の彼は、現役時代の「世界征服の作戦会議」に魂が巻き戻ってしまっていた。
机には、異国の古い地図を広げてチェスの駒をいくつか立て叫んでいる。
「ええい、おのれ人類め!魔王様が居ないときに調子に乗りおって!
今日こそ我が魔王軍の全戦力をもって、拠点を血の海に染めてくれるわーっ!」
ユグシルおじいちゃんはそう叫びながら、国家最高峰の禁忌魔術を笑いながら展開していた。
部屋中に禍々しい紫色の魔力の暴風が吹き荒れ、空間がミシミシと音を立てる。
「ひ、ひえええっ!魔王軍幹部の禁忌魔術!止めろ、止めないと国が滅ぶ!」
ロイドくんが必死に杖を構えて結界を張るが、魔力の暴風に煽られて
壁まで吹き飛ばされる。いつものように綺麗に黒焦げになった。
「なっ……なんで朝から……」
そんなロイドくんを踏み越えて、私はいつもの真顔でトコトコとユグシルおじいちゃんの前に歩み出た。
おじいちゃんは両手に凄まじい密度の破壊エネルギーを込めながら
目の前に広げられた『折り紙』に、そのすべての魔力を注ぎ込んでいた。
そう、彼は禁忌魔術の全てを注ぎ込んで、めちゃくちゃクオリティの高い折り紙を量産していたのである。
世界を滅ぼす魔力で作られた折り紙のドラゴンは、今にも動きを開始しそうなほど震えだし
暗黒な色と濃い紫色のオーラで輝いている。
私はすかさず、マジックペンでスケッチブックに文字を書き、おじいちゃんの目の前に掲げた。
【折り紙の使い方がとっても上手。100点満点(花丸の絵)】
ユグシルおじいちゃんは、ハッと動きを止めた。その禍々しい魔力の暴風が、一瞬でピタッと収まる。
「ふ、ふん……当然よ。我が魔王軍の作戦(折り紙)に抜かりなどあってたまるか……。
べ、別に褒められても嬉しくなどないわ……」
世界を滅ぼしかけた大悪党が、少女のカンペ1枚で顔を少し赤らめてモジモジし始めた。
私はスケッチブックを机に置いた後、ゆっくり拍手をする。
おじいちゃんは
「ふん、小娘よ。おだてても何もでないぞ……?100点なんて魔王様にも言われたことなかったな……」
ブツブツ小声でつぶやき始めると、それ以降は完全に大人しくなった。
魔力を出し切ったのか?思考が切り替わったのか定かではない。
どちらにせよ、黒紫のゆらゆらした光も折り鶴も何事もない状態になって一安心する私とロイドくん。
ユグシルさんは身を乗り出した姿勢から、椅子に座って次の折り紙を折り始めた。
「ま、魔王軍の最高幹部を、ただの褒め言葉だけで手懐けた……!?精神操作系の固有スキルか……!?」
壁際で少し黒焦げになったロイドくんが、手を口にあてガタガタと震えながらルルを見ている。
(いや、ただ折り紙を褒めただけなんだけどな……)
私が心の中でため息をついていると、今度は廊下の向こうから
この世のモノとは思えない低い獣の唸り声が聞こえてきた。
「ガルルルゥゥ……」
「ポチ~。今日は、ご機嫌ななめじゃな~? 」
現れたのは、これまた別の巻き戻りおじいちゃん。
元・世界最強の召喚術士である、ルシアンさん(81)。
彼は「ペットの散歩」をしようとしたらしいのだが、記憶が巻き戻りを起こして全盛期の魔力を使ってしまったようだ。
異世界の地獄から3つの頭を持つ巨大な魔獣『地獄の番犬』をうっかり召喚してしまっていた。
「ポチ、ほら、散歩に行くぞ〜?あ、そんなに引っ張っちゃダメだぞ〜」
ルシアンおじいちゃんは、魔力でできた透けている赤色のリードで、
3つの頭から激しい地獄の炎を吹き散らす巨大なケルベロスを引っ張って廊下を歩いていた。
「ギャァァァァッ!ケルベロス!?なんで施設の中に神話級の魔獣がいるんだよぉ!」
黒焦げから復活したばかりのロイドくんが再び絶叫する。
「規格外すぎる!もう家に帰りたい!!ヤダ!ワタクシは、お家帰るうぅぅ!
プロテクション!プロテクション!」
杖で結界を作る度に、炎で消されていく。
(ロイドくん。語尾が子供に巻き戻ってるね。はぁ……この大きい、ワンちゃんどうしようかな)
私は腕を前に組み考えていた。
ケルベロスの吐き出した炎が廊下を焼き尽くし、ロイドくんは本日2回目の黒焦げとなった。
巨大な魔獣は、行く手を阻むように立ちはだかる私を見下ろし、3つの口から牙を剥き出しにして、今にも噛み付こうと飛びかかってきた。
私は逃げない。動かない。ただ、おやつの時間を邪魔されたことに少々イラッとしながら、
怒りを隠すような真顔(ただの凄まじいジト目)で、ケルベロスをじっと見つめた。
そして、無言でスケッチブックをバッと突き出した。
【※ペット禁止。お家(地獄)に帰りなさい】
少女の放つ、一切の容赦のない「威圧が漂う表情(ただのご飯の時間を守りたい真顔)」。
それを正面から見た神話級の魔獣ケルベロスは、本能的な恐怖を察知してしまった。
(わ、我を見ても動じない……。本能が言っている。この人間の小娘……このじじい……よりも強い。)
「クッ、クゥーン……」
3つの頭が同時に情けない悲鳴を上げ、ケルベロスはブルブルと震えながら、自ら進んで足元に爪で召喚陣を描き、大慌てで地獄の底へと帰っていった。
「ポチ?どこに行くんだ〜?おーい!」
ルシアンおじいちゃんは不思議そうに首を傾げている。
【ポチは家に帰った。ご飯たべよう】
私はおじいちゃんの手を引き、食堂の椅子へと案内した。
その背後で、全身から煙を上げ、アフロヘアのようになったロイドくんが、涙を流しながら床に両手を突いていた。
「もうやだ……!なんなの!魔力ないって嘘でしょ?!
神話級の魔獣すら、あの顔と紙切れ一枚で戦意喪失させて送還するなんて。
あの人はやっぱり、世界の理を超越した絶対神……我が主、マスターなんだ……!」
後ろから聞こえてくるロイドくんの早口を聞きながら、私は食事の配膳をしていく。
(いや、ただペット禁止のルール守っただけ。
ロイドくん、服が焦げすぎだから早く着替えてきてね……)
今日も今日とて、彼女の『マスター』としての神話は、さらに強固なものへと塗り替えられていくのだった。




