第四話:管理者と言っただけなのに
横領事件の一件以来、施設内の空気が明らかに変わった気がする。
「あんたは誰だい?」
お昼過ぎ。
食堂で日向ぼっこをしていたフォードおじいちゃんが、お茶を運んできた私を見て不思議そうに、首を傾げながら聞いてきた。
今日も少し記憶があやふやなようだ。
私はいつものように、自分の役割をしっかりと説明するため、スケッチブックに定番のフレーズを書いて掲げた。
【私はここを管理するもの】
契約書に書かれていた、施設管理業務。つまりチーフですよ、という意味である。
だが、それを見たフォードおじいちゃんは、ガタガタと体を震わせ椅子から転げ落ちるようにして床に跪いた。
「ハッ……!そうか、あんたがこの館の『主』か……!我ら伝説の英雄すら一言で平伏させる、神の如き絶対強者で管理するもの……。
失礼した、我のマスターよ……!」
(え、何で急に平伏したの?まぁいいか、お茶置いておきますね……)
私が困惑しながらお茶を置くと、隣のテーブルにいたマーサおばあちゃんも、深く頷いた。
「そうだねぇ。あの不届き者を一言で生け捕りにした手際、まさに裏の世界の『マスター』にふさわしいよ」
(うん?いつのまにか私がやっつけた事になってる……?)
さらに、通りかかったロイドくんまでもが、敬礼をしてきた。
「チーフ……いや、マスター!本日の結界維持訓練、完了いたしました!自分、一生貴女についていきます!」
「ねぇ、ロイドさん。なんであの子、マスターって呼ばれているの?」
ここで長く働いている洗濯係のお姉さんが、ロイドくんに耳打ちしているのが聞こえた。ロイドくんは、深刻な表情で首を振る。
「君は何も知らなくていい。ただ、あの人は自ら名乗ったわけじゃない。
伝説の英雄たちが、圧倒的な器にひれ伏して、自然とそう呼ぶようになったんだ……。
天性の支配者なんだよ、あの人は……!」
あまりの勘違いの連鎖に、私はスケッチブックに素直な気持ちを書き殴って、新入りのお姉さんに見せた。
【分からない。勝手に呼ばれるようになった】
それを見た新入りのお姉さんは、
「ひ、否定しない……一人で自然発生的にあの化け物たちを従えたっていうの……!?」
と恐怖で顔を真っ青にし、その場で少しよろけてしまった。
(いや、本当に何でそうなるの……?私はただの雇われチーフだよ?
住み込みで、おやつ美味しいし、お給料いいから働いてるだけなんだけど……)
少女の知らぬところで、彼女の二つ名は『記憶を巻き戻りし者達のマスター』として
国家の裏社会、果ては王宮にまで轟き始めていく。
だが、少女の願いは……。ただ一つ。普通に働いて、普通に暮らすこと。
(……はぁ。また話が変な方向に。とりあえず気を取り直して、お昼の片付けをしないと)
私が空いた皿を下げようと手を伸ばした、その時だった。
「マスター。裏庭で『密偵』とおぼしき影を確認しました!尋問の許可を!」
大きい声がして振り返ると、庭師の少年の首根っこを掴んでいるマーサおばあちゃんがいた。
(いつの間に……移動したんだろう)
「ルルちゃん。た、助けて……」
庭師の少年は涙目で訴えてきた。
隣ではフォードおじいちゃんが、靴に仕込んだ隠し刃をカチッと鳴らし出した。
「うあ!物騒な物仕込んでる!」
ロイドが騒ぎだした
(はぁ……皆、落ち着こうよ……。)
私は慌ててスケッチブックに書き殴り、二人の目の前に掲げた。
【ただの庭師。不審者じゃない。離してあげて】
二人はピタリと動きを止めたが、顔を見合わせて深々と頷いた。
「……なるほど。あえて密偵と泳がせ、組織の全貌をあぶり出す算段か。さすがはマスター、我らのような短絡的な真似はなさらぬ」
「おっしゃる通りです。我ら、浅はかでございました……」
(いや、ただ庭師さんが可哀想だからなんだけど……)
私がため息をつきながら皿を運んでいると、今度は別のおじいちゃんが深刻な顔で突進してきた。
「マスター! 裏の門が壊れそうです! 防衛戦の準備を!」
(またか……)
私は、あえて食堂の入り口に一枚のカンペを貼り出した。
【門は私が修理する。みんなはおやつ(クッキー)を食べてて。】
それを読んだ老英雄たちは、目を見開き口を開きだした。
「お一人で防衛も修復もされると……!? 一人で十分、菓子でも食べて待ってろと言いたいのですね?!さすが、マスター……謹んでクッキーを頂戴し、静かに待機いたします!」
(違います。ただのネジ締めです……)
裏門は木にネジを留めてある簡易的な物。
ルルはサクサクッと草の地面を進み、門の横のネジを留め始めた。
(そういえば、マスターと呼ばれ始めてから……皆、私の事だけ覚えていてくてる気がする)
修理をして部屋に戻ると、美味しそうに食べている皆の姿があった。
巻き戻りが無ければ、穏やかで皆落ち着いた大人たちなのだ。
「美味しいね、このクッキー」
「ああ、店のクッキーより素朴なこの味がまた良いんだよな」
(早起きして作って良かった。皆の笑顔が見れて……なんだか心がポカポカする)
そんなことを考えながら後ろの席で、皆が食べ終わるのを私は待っていた。
【皆さん、お昼寝の時間。部屋を移動しましょう】
彼女が掲げたそのカンペに、今日も世界最強の老人たちは、声を揃えて「御意!!」と叫ぶのだった。




