第三話:不届き者は生け捕りで(ボコボコにしましょう)
勤務開始から一ヶ月が経った。この施設のシステムがようやく分かってきた。
ここにいるおじいちゃんやおばあちゃん達は、普段はとても穏やかで優しいお年寄りなのだが……。
たまに魂が全盛期に「巻き戻る」と、国家転覆レベルの暴走を始めてしまう。
それを、同僚のロイドくん(平均して週に3回は黒焦げになる)が身を挺して止め、
私がスケッチブック(カンペ)で大勘違いを誘導して鎮める、というのが我が職場の日常だった。
そんなある日の深夜。私は、おじいちゃん達の夜間の見回りのために、静まり返った廊下を歩いていた。
(魔法が使えたら、重たいランプ持たなくていいのにな……。)
真っ暗な長い廊下に、ランプの小さい光が照らしていく。
すると、事務室の部屋から、ガサゴソと不審な物音が聞こえてきた。
(おじいちゃんの徘徊かな?それとも、おばあちゃんがおやつを盗み食いしてる?)
私はそう思いながら、事務室のドアをそっと開けた。
だが、そこにいたのは、お年寄りではなかった。
この施設の運営費や、おじいちゃん達のおやつ代を管理している、本部会計スタッフの男だった。
男は金庫を開け、中にある大量の金貨を大きな袋に詰め込んでいた。
「くくくっ……どうせボケた老人と、声の出ない小娘、それに使えない新入り魔導士しかいない施設だ。
少しくらい横領で、くすねても誰にもバレやしない!」
男は、ニヤニヤしながら従業員用の小袋まで袋に入れ出した。
「これだけあれば、高飛びして一生遊んで暮らせるぞ……!」
(絵に描いたようなゲス横領野郎さん……。)
眉間にしわが、どんどん深くなってくる私。
(それに私のお給料まで……。許せない!!警備兵を呼ばなきゃ)
私は扉の隙間から男を睨みつけていたが、警備を呼ぼうと立ち去ろうとした。
その時、男の背後の闇から、スッと人影が現れた。
花柄のネグリジェを着た小柄なおばあちゃん。
彼女の名前は、マーサさん。普段はニコニコとお菓子をくれる優しいおばあちゃんだが……。
その正体は、かつて大陸全土の要人を恐怖させた元・伝説の『神速の暗殺者』である。
マーサおばあちゃんは、気配を完全にゼロにしたまま横領スタッフの真後ろに立っていた。
その目は、完全に現役時代の冷徹な暗殺者のそれに「巻き戻って」いる。
「おや……若造。いい手際だねぇ。昔の私を見ているようだ。
……で?この私に気づかないとは、いい度胸じゃないかい?」
暗闇の中で、おばあちゃんの目がキラーンと赤く光った気がした。
「ひ、ひえぇっ!?だ、誰だお前は!いつからそこに――」
横領スタッフが腰を抜かしてひっくり返り、投げ出された袋から金貨がこぼれていく。
騒ぎを聞きつけたロイドが、パジャマ姿で杖を構えて飛び込んできた。
「何事ですか!?泥棒か!?ルルチーフ、危ないですから私の後ろに――」
私はロイドくんの手を制し、いつもの真顔のままササッとスケッチブックに文字を書いた。
盗む不届き者には容赦しない。
私は、暗殺者モード全開のマーサおばあちゃんに向けて、そのページをバッと掲げた。
【やるなら生け捕りで!情報きかないといけないから】
ササッと二枚目を見せる。
【どこから情報が漏れたか、裏の組織を暴きましょう】
横領スタッフの顔が、一瞬で真っ青になった。
「おっおい!何言ってんだガキ……!(このガキ、俺を拷問にかける気か……!?)」
私は、事務的な再発防止策と施設の安全(始末書の回避)を考えていた。
ページの余白に追撃の指示を書き加えた。
【静かにボコボコタイムしましょ】
私は書き終えると、サムズアップで親指を立てた。
(施設の備品を壊すと始末書が大変なので、静かにお願いします)
それを見たマーサおばあちゃんは、嬉そうにニヤリと口元を歪めた。
「嬢ちゃん。まかせな!あたしゃプロだよ。こんな子ネズミ一匹静かに葬り去れるさ
あんたが誰だかわからないけど、情報を吐き出させるとか分かってるじゃないか!」
口角を上げ、ジリジリと男に近づくおばあちゃん。
「よーし、情報を引き出して死なない程度に……たっぷり可愛がってやるかねぇ!」
「ひ、ひぃぃぃっ!助けてくれ!警備兵を呼んでくれぇぇぇっ!」
横領スタッフが絶叫するが、すでに遅い。
次の瞬間、マーサおばあちゃんの身体がブレたかと思うと、事務室内を縦横無尽に黒い影が駆け巡った。
ドガァァァン!バキッ!ドカッ!メキメキッ!
「ギャァァァァァッ!!!」
国家最高峰の暗殺技術による、慈悲なきボコボコタイム。
私は横で、スケッチブックをパタンと閉じペコリと丁寧にお辞儀をした。
「いや、全然静かに処理してねぇって!誰か止めろ!!
おい!チーフも場を収めました感ださないで?!」
ロイドの絶叫ツッコミが事務室に響き渡る。
ロイドと犯人の視線の先には、もはや恐怖しかなかった。
(ルル……あいつを怒らせたらきっと終わる。
あいつは心の中で笑いながら……。
伝説の暗殺者に『生け捕り』を命じる、裏の支配者なんだ……!)
翌朝。
あれからあまり眠れなかった。気怠さのまま朝の業務に取り掛かる。
【おはようございます。昨日はありがとう】
「おはよう。えーっと、お嬢ちゃんは誰だい……?昨日の夜……はて、なんのことだい?」
マーサさんは昨日の記憶も、私の名前も忘れている。
私は、そのまま適当な会話をして窓辺にあった花瓶の花を変えていた。
いつも通りの朝。
ロイドに呼ばれて一階に戻ると、人だかりができていて中に施設長も居た。
数時間しか離れていない間に、ロイド君は随分老け込んだ気がする。
目にはクマが出来ていた。私と一緒で眠れてなかったのだろう。
「まさか、真面目だと思っていたのに残念だよ」
施設長は少し元気がないように見えた。
ボロボロなって縄で縛られた横領スタッフが、駆けつけた騎士団に引き渡されていく。
男は連行される間際、私を見てガタガタと震えながら叫んだ。
「あ、あの女だ……!あの無口な女が、化け物どもを裏で操る本物の黒幕だァァァッ!」
「何言ってんだ。こんな華奢な子がそんな訳ないだろう。おら!早く歩け!」
騎士団は男を小突くと馬車へ乗って小さくなっていった。
私は手を小さく振って見送り、業務に戻るのであった。
(バイバーイ。子ネズミさん)




